132話 その後 3
- 同時刻、グローラット領主邸。
さっき、アルフレッドが処刑されたと言う伝達が入った。ひとまず、胸を撫で下ろす。
俺の腕にはめられていた腕輪は、数時間前にいきなり外れた。王様達がどうやったかは知らないけど、外してくれたようだ。
今はとりあえず、収納部屋に入れてある。
しかし、それによって俺の表情が晴れることはない。正直、そんなこと今はどうでもいい。
そんな事を考えながら廊下を歩き、1つの部屋の前で足を止めた。
ドアノブをひねり、ドアを開ける。
そこには、お母さん、お父さん、ティカさん、お姉ちゃんの姿がある。
しかし、彼らの表情は今の俺と同じ。それが、部屋に入った俺に向けられた。
「お母さん……どう?」
名を呼んで“彼の状態”を訊く。だが、お母さんはだったまま首を横に振った。
それ見て、僅かな希望が消える。重い足を動かして、彼女達の間を歩いて進んだ。
「ポチ……」
そこには、ベットで死んだように眠っているポチの姿があった。
意識を失った時と同様、大きさとシルエットでは人であるものの、その形状はどちらかと言えばワイバーンに近い。
あれからまる1日経ったが、彼はまだ目を覚ましていない。
このままめを覚まさずに死んでしまうのではないか……そんな事を考えてしまう。
「起きてよ……」
ワイバーンの手をそのまま小さくしたようなポチの手を握る。その手はとても冷たく、生きているようには思えない。
しかし、その時だった。
「……主人あるじ……様……」
「!!!」
ポチが目を覚ました。
「ポチ!!」
喜びの声を上げ、彼の顔を見る。周りにいた4人も、俺が声を上げたことで状況の変化に気がついたようだ。口々にポチの名を呼びかけ寄ってくる。
しかし、彼のその表情からは普段の彼は感じられない。
むしろそれを見て思い出したのは、彼が聖騎士長の死体へブレスを放つ直前に見せた、あの表情だ。
だが、彼は目を覚ましたのだ。今は、回復させるために出来るだけのことをする。
「ポチ! 今から治癒魔法をかけるからね」
治癒魔法を使うため、彼の手を握っている両手を離す。
「お待ちください……」
しかし、ポチはそれを止め、俺の右手を握って来た。
「その必要はありません……どうか、今はただこの手を握ってください……」
「え……?」
「どうか、このワイバーンめの最後の願いを……」
その言葉で、全て理解した。彼が伝えようとする現実に涙が浮かぶ。
だが、そんな彼の最後の願いを無視するわけにはいかない。
俺は再び、彼の手を両手で力強く握る。すでに、俺の目からはぼたぼたと涙が流れていた。
「ふふ……ありがとうございます……」
彼は目を閉じ、手を握り返してくる。ほんのりと温かみを感じた。
すると、彼はゆっくりと上体を起こした。かけられていた布団が落ち、その姿があらわになる。
その姿は、昨日と何も変わっていない。
すると、彼はティカの方へ目を向けて話し始めた。
「ティカ様……違う種族である私めに、人族の方々と同等の扱いをしてくださり、ありがとうございました……」
「いえ……私は、当たり前のことをしたまでです」
ゆっくりと頭を下げるティカさんへお礼を言うと、今度はお母さんへ目を向ける。
「母上様……貴方様から教わった隣人愛、それのおかげで、私は人族の皆様と良よい関係を築くことが出来ました……ありがとうございます」
「そんな……いえ、そうね。役立てたのなら、良かったわ」
お母さんは照れ臭そうな笑顔を浮かべながら、涙を拭った。
続いて彼は、お姉ちゃんへ顔を向ける。
「リティア様……主人あるじ様は、貴方様と行動を共にし、本当に楽しそうでした。これからも、そばに居て差し上げてください」
「……うん……もちろんだよぉ……」
お姉ちゃんは俺と同じようにぼろぼろと泣いてる。
そして、ポチはそれを見て微笑むと、ゆっくりと顔を動かした。
「父上様……」
その目線の先にはお父さんがいた。他の人達のように泣いてはいないが、その表情からは悔やんでいるような印象を受ける。
「1つ……ご質問させていただいてもよろしいですか?」
「……なんだ……?」
「私は……主人あるじ様に……いえ、カイト様に償うことは出来たでしょうか……」
その質問に、お父さんは言葉を失った。きっと、それを聞かれるとは思っていなかったのだろう。
みんなの視線がお父さんへ集まる。
すると、彼は大きくため息をつき、答えた。
「……私は、親として君が息子へしたことを許すことは出来ない……」
「……」
それを聞いたポチは、少し寂しそうに微笑む。
「だが……」
しかし、お父さんはそのまま話し続けた。
「君は“誓い”を守った。そのおかげで、息子は助かった……」
「……」
「“親”として、君を許すことは出来ないが……同時に、息子を救ってくれたことを感謝しないといけない……」
お父さんは話しながら、ゆっくりとポチが寝るベットへ近づいてきた。
ポチの手を握り見上げている俺を一瞥いちべつし、言った。
「だから、君の“忠誠心”は信じてもいいと思った」
すると、ポチの笑顔が緩む。お父さんは露骨に目を逸らした。
「ふふ……ありがとうございます」
「……そもそも、カイトは君のことを気に入っているからな」
なんだか、お父さんとポチの距離が近づいたみたいだ。そのことをとても嬉しく感じる。
「主人あるじ様……」
弱々しく名を呼ばれた。
「ポチ……」
「私が今こうして……皆様と話せているのも、全ては貴方様のおかげです」
目を閉じて話しているポチを、ただ見守り続けた。
「あの日……私の願いは叶い、貴方様の召喚獣となった……召喚されるより前の方が長い時間を生きていましたが、ここで過ごした短い時間の方が色濃く記憶に残り、幸せでした」
「……」
「では……主人あるじ様……」
「ぁ……」
ポチは手をゆっくりと動かし、掴んでいる俺の手をほどこうとした。
とっさにそれを両手で掴み、動きを停止させる。
「主人あるじ様……どうされました?」
「……」
その掴んだ手を先程よりも強く、握り締める。そして、にじむ視界にポチだけが映るように目を向け言った。
「ポチは……これからも、ここで暮らすの! ずっと僕のそばに居て!」
すると、彼は少し驚いた表情を見せた。
「……ふふっ……それは、命令ですか?」
「め……命令! お父さんにも言ったよね!? 執事の仕事をこれからもっとするって! 約束ちゃんと守って!」
「そうですか……」
握っている彼の手を引き寄せ、自分の胸に当てた。黒く光沢のある鱗が覆う腕へ、涙がポタポタと流れ落ちていく。
「だから……だからぁ……」
「……主人あるじ様は本当にお優しいですね」
ポチは胸に当てられている方の手を、俺の頬へ動かした。
「命令とあらば、私は従いましょう」
「……?」
「では、こうはしていられませんね。早速、執事の仕事へ行ってまいります」
彼はそう言うなり、布団をどかして立ち上がった。
「……あれ?」
「ふむ、これでは執事服は着られませんね」
彼がそう言うと、無くなっていた片腕と片翼が元に戻り、体は人間のものへ変化した。
「これで良いでしょう」
「ちょ……ちょっと待って」
淡々と体を修復するポチを慌てて止める。
何が起きてるのか分からない。他のみんなも同じ顔をしている。
「どうされました?」
「あ……いや……もう体は大丈夫なの? さっきまで……あんなに……」
「ご心配無く。確かに先程まで私の体に魔力はほとんど残されていませんでした。しかし、主人あるじ様が体に触れられたことで、魔力の供給が再開されたようです」
……手を握ったから、またポチに魔力が供給された?
「で、でも……最後の願いって……」
「仕える身である私が、主人あるじ様へ願いを要求するなど、許される行為ではありません。2度とそのようなことがないよう、その場で宣言させていただいたしだいです」
あー……最後ってそういう……。
「な……なんか、死んじゃいそうな人のセリフだったけど……」
「私は1度も死ぬだなんて、言っておりませんが」
た……確かに……!
「……と、とにかく、君はもうなんともないわけだな?」
しばらく黙っていたお父さんが、ポチにそう訊いた。
「はい。供給が再開され、私の体には以前のように魔力が満ち現在は安定しています。不安要素は無いかと」
「……そうか」
すると、お父さんは少し嬉しそうな表情を見せた。
他のみんなも状況を理解できたのか、安堵の表情を見せ始める。
「どうやら、私の言動により誤解を生んでしまったようです。申し訳ありません」
……悪気は無いみたい。
それを確認すると、俺の体は自然と彼の方へ引き寄せられて行った。
そして、たどり着くと同時に抱きつき、彼の腹部に顔を埋める。
先程のような、生きているかも分からないような冷たさは感じられない。
ポチは生きてる。
「主人あるじ様……」
呼ばれたことに反応して、顔の一部を腹部に密着させたまま、彼の顔を見上げる。
「ポチ……元気になってよかった……」
「ありがとうございます。今後は、このようなことにはならぬように致します」
色々とあったが、こうして今回の件は無事に解決した。
俺もお姉ちゃんもポチも、みんな無事。黒幕だったアルフレッドも捕まり、その仲間も捕まった。
この世界に来て1、2番を争う事件だった。
今後、こんなことがもう起きないよう祈りたい。
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