131話 その後 2



 記憶が正しければ、カイトは盗賊団のアジトに監禁していたはず。

 しかし、騎士団が盗賊を雇ったという証拠を少なくなるよう、カイトへ恐怖を植え付ける役目は盗賊の男へ任せた。

 まさか、その男がヘマをしたのか?


「それだけだと思うなよ。……おい」

「はっ」


 ライナが後ろに立っていた男性へ声をかけた。すると、その男性は腰から取り出した紙を広げ、読み始める。


「この男は先日未明、部下の騎士へ英雄カイト氏の誘拐を指示。部下はグローラット家の門番を殺害し、敷地内へ侵入」

「なっ……」

「持ち出した道具を使い、英雄カイト氏の部屋の窓を破壊。眠っていたカイト氏と少女を誘拐し逃走。その道中で等魔の腕輪を取り付けたと予測されます」

「続けろ」

「はっ。その2名を盗賊団のアジトに一晩で輸送、その後監禁。この男は先回りし、そのアジトにて待機」


 それは、アルフレッドが指示を出した部下と、アルフレッド本人の行動が事細かに記されたものだった。


「おかしいなぁアルフレッド? そもそもの話、貴様はこの数日間『近辺の森の魔獣調査』に出ていたはずなんだがな」

「……」

「魔獣調査に、犯罪者を拘束する“等魔の腕輪”は必要ないよな? 管理庫の担当者を買収し、誤魔化していたようだが……本気でバレぬとでも思っていたのか?」


 不正に魔道具を持ち出した事。誘拐のため、盗賊を雇った事。それらは全て知られてしまった。

 もはや、言い逃れは出来ないだろう。


「……なにか言ってみたらどうだ?」

「……分かりました」


 アルフレッドはそう言うと、顔を上げまっすぐとライナの目を見つめ、話した。


「全ては王国を想うが故の行動です。英雄殿をなんとか説得し、我が国を守るために手を貸して欲しいと……しかし、それにより多大な迷惑をかけた事は変わらぬ事実」


 たとえ非を認めたとしても、刑罰がなくなる事は無いだろう。


 だが、全ては国を想っての行動である事を証明する。そうすれば、刑罰はいくらか軽くなる。

 そして、この右手を失ったことで、充分な刑罰は既に受けたと主張することも、不可能では無いだろう。


 ここは大人しく謝罪に徹底するべきだ。


「大変申し訳あ……」

「黙れ」


 しかし、そんな企みから口にした謝罪も、遮られてしまった。


「貴様の上っ面のみの謝罪など、聞きたくも無い」

「……な、なぜですか王よ?」


「『親殺しの愚王』『1番隊の若造共』」


「っ!!」

「その言葉に覚えがあるだろう?」


 アルフレッドの表情が、一瞬にして険しくなる。その様子を見て、ライナは小さくため息をついた。


「誘拐、殺人、盗賊の買収、貴重な魔道具の事実上の窃盗、私の戦友への侮辱。他にも、“アルラード国”……通称エルフ国との国交断絶にも、貴様が関わっているとの情報もある」

「ぐっ……」

「だが……貴様を処刑するためには、国王わたしへの侮辱罪だけで充分事足りる」


 そう吐き捨てるなり、ライナは扉へ向かって歩き出した。


「おい。こいつに肩入れしている者の名を聞き出せ。騎士だろうと貴族だろうと構わん」

「はっ」

「っ……お待ちください王よ!」


 しかし、ライナは呼びかけに反応することなく、扉へ歩き続ける。

 周りにいた男たちが自分へ近づいてくる。


「王よ! どうか話を……王よ……!」


 ライナがドアノブへ手をかけ、ひねる。


「っ! ライナアアアアアアアアア!!!」


 狭い部屋の中に、その名を叫ぶ怒声が響き渡った。ライナはドアノブから手を離し、ゆっくりと振り返る。


 そこには、怒りをあらわにしているアルフレッドの姿。息遣いは荒く、目は血走っている。


「……なんだ? 名を呼ばれたからには、用件くらいは聞いてやろう」


 それに対し、ライナは挑発的な態度で返した。


「ライナ・ラカラムス……貴様はこの国の王に相応しくなど無いのだ! 国を破滅に導く愚王めが!」

「……」


 それは、アルフレッドが心のなかに収めていた、ライナへ対する不満を表す言葉。

 自分に対する罵倒を、黙って聞いている。


「国王という立場でありながら、こなす政は全て生ぬるい! それに比べ貴様が殺した先代は素晴らしかった! 第1に国を考え、国のために働いておられた!」

「……」

「国王が愚かな国は滅びたも同然! 貴様がこの国の王に君臨している限り、この国に明日は無い! そもそも“平民”だった貴様が……」

「……ふんっ」


 アルフレッドの叫び。ライナはそれを、軽々と鼻で笑い飛ばした。


「先代の……“父上”の方が素晴らしいと言うか」


 ドアの前から動き、アルフレッドへ近づいていくライナ。


「私の政は、間違っていると言うか」


 アルフレッドの目の前まで移動した。

 胸ぐらを乱暴に掴み、そのまま身を寄せる。部屋のなかに怒鳴り声が響き渡った。



「ふざけた事をぬかすなあ!!!!!」



 ライナは怒鳴ると、胸ぐらを掴んだまま話す。


「戦友から聞いたのだがな……この世界のどこかに、“絶対王政”と言う言葉があるらしい。愚かな王がいたために生まれた、哀れな言葉よ」

「……絶対王政……?」

「父上の考え……そしてそれに賛同する貴様は、まさにそれだ」


 掴まれた胸ぐらが、乱暴に離される。


「国が栄えるには、民が何よりも大事だと言うことにまだ気がつかぬのか」

「……」

「民を虐しいたげ、才ある子を戦場へ送り、そして得る利益……それが、目先のものでしかないことにまだ気がつかぬか」


 ライナの訴えを、アルフレッドは目を逸らしながら聞いている。


「……貴様は言ったな。我が政は生ぬるいと……ならば、その政の1つを教えてやろう」


 ライナの右手が、彼の胸に力強く置かれた。

 ドンッと言う音が、その自信や決意を感じさせる。


「貴様のようなこの国にはびこる害獣を、1匹でも多く! 1分1秒でも早く! 駆除すること! そして、民と共に生きる善き国を創ることが私の政だ!!」


 そう宣言すると同時に、再びドアへ向かうライナ。しかし、今度はアルフレッドに呼び止められる事はなかった。


「能力の高さを買い、貴様を騎士団へ呼び戻したが……どうやら、間違いだったようだな」


 そう吐き捨て、ドアノブを回し部屋の外へ出て行った。ドアを閉める音が響く。

 部屋の外は長い廊下、左右を見渡しても壁と階段しか無い。すると、ライナはドアのすぐ前の壁を背もたれにし、へなへなと座り込んだ。


「ふぅ……」


 まるで、疲れ切ったかのようなため息をつく。


「やっぱり、ああいうのは疲れるなぁ……」


 額には汗。激しい動悸。緊張による軽い手の震え。そんな自分を見て、ライナは苦笑いを浮かべた。


「はぁ……俺なんか、相応しく無い……か」


 頭に残るのは、先程のアルフレッドの言葉。

 自分の政策が、国民のためになっている自信はある。事実、自分の支持率は高く周辺国との関係も良好だ。


 しかし、中には先程のアルフレッドのような人もいる。自分のせいで今までしていた暮らしを奪われた人……。



『あなたが正しいと思ってやったのなら、それで良いじゃない。あと、ちゃんと責任は最後まで持つのよ?』

『ああ、分かってる。ん? 責任……?』

『あなたがこの国の王の首を取ったのだから、あなたが王になるのよ』

『……やっぱり、そうなるよな』

『安心なさい。私も手伝ってあげるから……』



「……ふっ」


 そんな、とある人物との会話が脳裏によぎる。すると、自然と笑みが浮かんできた。


「はいはい……責任は最後まで持つよ」


 今は訳あってその人物とは会えないが、帰って来た時に失望されないよう、気を引き締めなくては。


「……戻ろう」


 ライナはそう笑顔で呟くと、立ち上がり階段へ向かって歩いて行った。



 - 同時刻、グローラット領主邸。

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