90話 エルフの女の子 2



 今回の件が落ち着いたら、弟さんとなんとか再会させてあげられないかな……。


 クゥ。


「……ん?」


 どこからか、情けない音が聞こえた。顔を赤くしているリティアさんが目に映る。


「あ……う……ご、ごめんね。こんな時に……」

「気にしないでください。……手持ちの物でよければどうぞ」


 そう言いながら、収納部屋からティカさんに作ってもらった料理を全て出した。もしもの時の非常食として、用意してもらっていたものだ。


 かなりの量がある。肉や豆のスープ、サラダから魚料理まで。

 あの時、『色々あった方がいいでしょう』と、たくさん用意してくれたティカさんに感謝。


「えっ!? 今どこから出したの!?」


 当然、なにもない場所から大量の食べ物が出現したことに、リティアさんは驚いた。


「魔法で保存しておいたんです。ただ、エルフの人って何を食べるのかが分からないので、全部出しました」

「魔法なんだ……すごいね。え、えっと……お肉は食べられないから……サラダと豆のスープを貰おうかな……」


 どうやら、この世界のエルフは肉を食べられない様だ。

 リティアさんはその2つの皿を手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。


「美味しい……」

「良かったです」


 リティアさんはあっという間に、2つの料理をたいらげてしまった。よほどお腹が空いていたのだろう。


「良ければ豆のスープのおかわりありますよ」

「あ、ううん大丈夫……」


 再び腹の虫の音がした。同時に、赤面するリティアさん。


「……パンもあります」

「……ありがとう……」


 彼女は恥ずかしそうにスープのおかわりとパンを受け取った。

 それを食べている最中、俺に尋ねてきた。


「ね、ねぇ……人間って、皆んなこんな凄い魔法が使えるの?」

「いえ、私だけです」


 きっぱりと答える。あ、いや……コウさんも使えるんだっけ……?

……まぁいいか。


「そっか……じ、じゃあ、上手すぎて気がつかなかったけど、人間って皆んなエルフ語をはなせるの?」

「うーん……話せる人もいるかも知れないけど……ほとんどいないと思います」

「そっか……」


 しばらく沈黙が続いた。お互い何も言わずに、ただ料理を食べ続けている。

 気まずくなり、リティアさんの顔を窺うと、彼女も気まずそうにしている。


 こんな空気の時ってどうすれば良いんだろ? 何か、話題はないかな?


 考えるも、なかなか思いつかない。だんだん焦ってきた。


「そ、そういえば、忌子……黒い髪の子供は罪人から産まれるって言ってましたけど、リティアさんのご両親はそんな事ありませんよね? ……あ」


 テンパった結果、とんでもないことを訊いた気がする。という事に、訊き終わってからそれに気がついた。


「あ、いや……何でもありませ……」

「……うーん、それがね、私にはよく分からないの」


 俺は慌てたが、彼女はあまり気にしていなさそうに答える。……ホッとした。


「分からないって、どういうことですか?」

「えっとね……まずエルフってね、長生きだけど子供が生まれにくいんだって」


 そうなんだ……確かに、長命なのにいっぱい子供が出来たら、人口過密とか起こしそう。


「特に王様は、たくさんのお嫁さんがいるんだって。だけど、ママは他に好きな人がいたみたいで、王様の子供じゃなくてその人の子供を産んだんだって。それが私とカイ」


 今、とんでもねぇ事をさらっと言ったね。王族だって!?


 つまり、彼女の母親はエルフ王の数いる許嫁のうちの1人だったけど、許嫁を破ったってこと?


「皆んなママの事を悪い人っていうけど……ママが先に好きになったのは王様じゃなくてその男の人だし……だから、私はママが本当に悪い人なのかは分からない」


 うーん……これは難しい……。


「でも、パパは優しくってね。私とカイを助けてくれたの」


……ん?


「あの……その、“パパ”って……」

「あ、そのパパは王様のことだよ」


 またそんなにさらっと……。


「パパは周りの反対を押し切って、私達を助けてくれたんだって。名前もつけてくれたし、本当の自分の子供のと同じくらいに接してくれたよ」

「そうなんですか……


 それは……変な話だな。

 “王”という立場の人が、“許嫁を破った人の子供“を普通、大事にするかな?


 それに……今の話には出てこなかったけど、彼女の“実の母親と父親”はどうなったんだろ。


 ……いや、それは何となく分かる。王に逆らったんだ、どうなったなんて分かりきってるよね……。


 すると、リティアさんが不安そうに話しかけてきた。


「ねぇミウちゃん……」

「なんですか?」


 彼女と目が合うと、彼女の目が潤んでいる事に気がついた。

何か嫌な考えが浮かんでしまったのかな?


「ここって、人間の国なんだよね……? もし、他の人間に見つかったら私、どうなるのかな……」

「……!」


 最初は意味がわからなかったが、すぐに理解した。

 読んでいたラノベによっては、人間はエルフの事を奴隷にしたりしていた。

 彼女はそういう事を心配しているのかも知れない。


「……うーん」


 この世界の人間とエルフの関係が分からない以上、むやみに彼女を人前に出す訳にはいかない。


 そう考えた結果、1つの案を思いついた。


「では、私の家に来ますか?」

「……ミウちゃんの?」

「はい。いつかリティアさんが国に帰ることが出来るようになるまで、私の家で一緒に暮らしましょうよ」


 すると、彼女は一瞬笑顔になったが、すぐに表情を曇らせてしまった。


「どうしました?」

「あのね……嬉しい、んだけど……その、大丈夫なの? 私、エルフだし……それに、まだミウちゃんのパパとママにも……」

「それは大丈夫です」


 不安がる彼女に、俺は自信を持って答えた。


「私の両親はそんな理由で、困ってる人を見捨てるような人ではありません」


 両親とははっきり言ってまだ、“長い付き合い”ではない。



 だが、そうでないとはっきりと言える。



 彼女達が俺にしてくれてきた事を考えれば、そう信じられるからだ。


「そっか……ありがとう。それじゃあお願いしようかな」

「はい。……ここ出るのは明日になるので、今日はもう休みましょう」


 残りの食事を収納し、焚き火の明かりを最小限まで下げた。

すると、リティアさんが身を寄せてきた。


「ごめんね……なんだか、怖くて……」

「大丈夫ですよ」


 彼女は小さな焚き火を見つめながら、小声で話してきた。


「ミウちゃんって凄いね……私より小さいのに、しっかりしてて……

「そ、そんな事ないです……」


 なんて言ったって中身は大人だからね。多分。


「……きっと、君のパパとママが立派な人なんだね」

「……はい。私の両親は……とっても……」


 ふと、両親の顔が頭に浮かんだ。

 すると、さっきから両親の話をしていたのに、突然今寂しさを感じてくる。


「……大丈夫? 寂しそうな顔してるけど……」


 リティアさんが心配そうに顔を覗き込んできた。


「あ……大丈夫……です……」


 なんとかそう答えるも、寂しさは治おさまらない。それどころかどんどん大きくなってくる。


 何度も死にかけたこともあり、本能的に両親と会いたいと感じているのだろうか。

 遂に体が震え始めた。


「……っ」

「ねっねぇ、大丈夫?」

「うぅ……ぇ?」


 不意に手に温もりを感じた。

 見ると、リティアさんが俺の手を握っている。


「ごめんね……私にはこれくらいしか出来ないけれど……」

「……ぅ……?」


 そう言うと、次に彼女は頭に手を回して俺を自分の方へ寄せた。そして回した手で頭を優しくさすり始める。


 耳が胸に密着し、彼女の心音が耳に響く。

 すると、不思議と気持ちが落ち着いてきた。


「……どうかな? こうしてると、落ち着いてこない?」

「……あぅ……は、はい……」


 確か、赤ん坊は親の心音を聴くと落ち着くと聞いた事がある。ラノベで。

 それを思い出し、自分のちょろさに恥ずかしくなった。


「良かった。……実は、カイにもよくしてあげてたんだ」


 弟さんにもしていた……俺と同じくらいの背丈なのかな。


 そんな事を考えているうちに、だんだんと眠くなってきた。ずっと気張っていたのが緩んだらしい。俺がちょろすぎてやばい。


 遂に耐えきれなくなり、まぶたが閉じてしまった。


 何も見えない暗闇の中、彼女の心音と頭を撫でる音、そしてその感触だけを感じる。

 時間が経つにつれ、意識が途切れそうになった時だった。


 以前にも、同じような状況になった事がある気がする。それは、誰かと約束をしたあの夢だ。


『“私の代わり“を本当のお姉ちゃんみたいに思って欲しいの』


 ふと、その言葉が頭に浮かぶ。そして、その言葉の意味を今、理解出来た。


 あの夢に出てきたのは……もしかしたら……。


「お……ね……」


 無意識にそう呟いた時、限界に達して意識は完全に途切れた。

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