89話 エルフの女の子 1



「ふぅ……こんなものかな」


穴を自然魔法で成長させたツタで覆い、外からこちらを見えづらくした。


これなら完全に塞ぐのと違って窒息の心配もいらないし、もしワイバーンに見つかってもあのツタですぐに拘束できる。


「……」


自分の足に目をやる。

結局あれから脱力感が消える事なく、足が動かないまま日が落ちてしまった。


これは、もうこの穴の中で野宿するしかないだろう。


「さてと……」


視線を足から自分の隣へ移す。


俺のすぐ横で大きなタオルにくるまり、寝息を立てる少女が目に入った。


髪から出た尖った耳が、時折ピクリと動いている。


「やっぱり……エルフだよなぁ……」


何度確認しても、彼女は“エルフ”だ。


俺が知っている“エルフ”は、美男美女ばかりで、“精霊”を先祖に持つ長命な種族だった気がする。


読んでいたラノベによっては、弓の扱いに長けていたり、肉を食べることが出来なかったりしていた。


だが、どのラノベでも共通だったのは、“耳が尖っている”事と、“金髪”である事だ。


しかし、この少女の髪は“黒“であり、“金”ではない。


……もしかして、ダークエルフっていうやつかな?

いや、それ以前に何故こんなところにいるの?


ここはいくら人里から離れているとはいえ、“人間”の王国内だ。

この世界にエルフがいるのはなんとなく分かっていたが、この国内にいるだなんて聞いたことがない。


……いくら考えても無駄か、本人が起きたら訊いてみよう。



「ぅ……ん……」


 何事もなくしばらく焚き火を見つめながら過ごした。すると、エルフの少女から微かに声が聞こえてきた。


 起こしちゃった? いや、気絶してたんだから起きてもらったほうがいいか。


「目を覚まし……」


 少女に声をかけようとした時、ある事を思い出す。


 読んでいたラノベでよくあった展開なのだが、話の序盤で主人公がヒロインを助けて介抱すると言うものがよくあった。

 しかし、目を覚ましたヒロインは“知らない男がいる”とパニックになってしまっていた。


 別に自分を主人公と言い張るつもりはないが、今の状況はそれに似ている。


 だが、物によっては女性が女性を助けると言う展開もあったが、そちらはパニックになっていない事が多かった。


 なら、俺は“男”より、“女”の方がいいんじゃないかな?


 そもそもこの子は別の種族だ。


 目を覚ましたら『別の種族の男がいた』なんてことになれば、本当にパニックになってしまうかもしれない。


「ん……あれ、ここは……」


 少女は目をこすり、今にもこちらに目を向けそうだ。迷っている暇はない。

 急いで身体操作で“ミウ”の姿になった。


しかし、姿を変えるよりも一瞬早く、少女はこちらを向いてしまう。


「え…… ? あれ、今……」

「……」


 誤魔化せるかな……。


「め、目が覚めたんですね! よ、良かったでしゅ!」


 動揺しすぎて噛んでしまった。だが、彼女はそれに気を止める様子はない。


「え……あれ!? ひ、人族!?」


 俺が違う種族と気がついたようで、驚いている。

 慌てて弁明する。


「確かに人間ですが大丈夫です! 僕っ私がワイバーンの子供に襲われていた所を助けたんです」

「ワイバーン……?」


 少女は何の事か分かっていない様子だ。


「あの翼の生えた怪物です」

「え……き、君が……?」


 すると、彼女は少し考え込む様子を見せた。


 まさか、誤魔化せなかった……?


 少女は少しの間黙り込んだ後、寂しそうな表情を見せた。


「そっか……そうだよね……」


 少女はそう呟くと、寂しそうな表情のまま空を見上げた。


 なんか、思ってた反応と違うけど……とりあえず誤魔化せたっぽいからいいか。


 そして、彼女の話す言葉はやはり始めて聞く言葉だ。“エルフ語”かな?

 今初めて聞いたが、加護“言語理解”で完璧に理解できる。


 ここで、とある事に気がついた。

 彼女は黒髪黒目で、人相も“カイト”の姿の俺に少し似ている気がする。


 ……いや、今は関係ないか。


「あ、あの……大丈夫ですか?」

「……ごめんね。大丈夫だよ」


 声をかけると少女は複雑そうな表情で答え、続けた。


「……ねぇ、私を助けてくれた時、本当に1人だった?」

「え……」


 これは……俺が助けたって事に疑いを持ってる?

 と言っても、見た目は子供なのだから無理もない。そう思った俺は、力こぶを見せながら答えた。


「こう見えてぼっ私、結構強いんですよ」


 すると、彼女は愛想笑いの様な表情を見せた。


「……そっか、君があの怪物から私を助けてくれたのね。ありがとう」

「い、いえ、ご無事で良かったです」


 これ、信じてないな。……仕方ないか。


 すると、少女は立ち上がり、こちらへ近寄ってきた。


「隣、良い?」

「あ、はい……大丈夫です」

「ありがとう」


 少女は岩にもたれかかっている俺の横に座った。

 彼女は体格的に“少女”だが、身長は俺より少し高いくらいで、口調は子供らしいものだった。


 だが、エルフは見た目で判断できない種族だ、彼女はどうなのだろう?

 そんな事を考えていると、少女が話しかけてきた。


「ねぇ、君の名前は?」

「カ……ミウです」

「カミウ?」

「……ミウです」


 危ない危ない……素で答えるところだった。


「ミウちゃん……ね。私は“リティア・L・ホームハインド”。えっと、12歳のエルフだよ。よろしくね」


 長い名前だな……家名持ちかな。

 あと、12歳なんだ。見た目通りだね。

 なんだか、『若いエルフ=見た目に合わない歳』みたいな鉄板ネタがあるけど、必ずしもそう言う事では無いみたい。当然だけど。


「……よろしくお願いします」

「それでね、1つ聞きたいんだけど、良いかな」

「なんですか?」

「ここはどこなのか、教えてもらっても……良いかな」


 ここはどこか? まさか……自分がいる場所が分からないの?


「あ、ごめんね。変なこと訊いて……」

「あ、いえ大丈夫です。……ここはラカラシス王国の、ワイバーン山岳です」

「ラカラシス王国……って、やっぱり人族の国……?」

「は、はい」

「……そっか」


 再び彼女は寂しそうな表情をみせ、黙り込んでしまった。

 そこで、今度は俺から尋ねてみることにした。


「あの……リティアさんは何故、こんなところにいたんですか? ……この近くに住んでるんですか?」

「あ、ううん。違うよ。……そっか……やっぱり、気になるよね」


 すると彼女は、複雑そうな表情を見せた。


「あ、話すのが嫌なら……」

「ううん、大丈夫だよ」


 そう言うと彼女は、自分の長い髪に手を回して俺に見えるように持った。


「ミウちゃんって、普通エルフがどんな髪の色をしているか知ってる?」


 ……エルフの髪?


「えっと……金色…だと思います」

「そうだよ。エルフは普通、金色の髪をしているの。でも……私は真っ黒なんだ。ここにいるのも……これが原因かな……」


 黒い髪が原因……? それに、この話からダークエルフって訳ではなさそうだ。


「髪が原因って、どう言うことですか?」

「……あのね、実はエルフってすっごく稀に、髪が黒い子供が産まれるんだけど……」


 彼女の表情が、とても悲しそうなものへと変わった。


「髪が黒い子供はね、“忌み子”って呼ばれてるんだって」

「……!」


 “忌み子”……確か、『生まれる事が望まれない子供』だったっけ?

 ……ラノベにそう書いてあった。


「それでね、“忌み子”は罪人から生まれてくるもので、生きてるだけで厄災を呼ぶって言われてるの」


 なるほど……エルフ特有の言い伝えだね。


 こういうものは“普通ではない者が悪である”みたいな、古い考えから来る事が多い。


「それ……でね? “私達”が産まれる数年前から、国内でモンスターが大量発生していたらしくて……それが、私達のせいだって皆んな言ってて……」


 彼女は無理に作った笑顔を見せた。


「そしたらね……また転移魔法で、ここに捨てられちゃったんだ……」

「……」


 そ、そんな事が……。


 彼女は“言い伝え”の被害者だったのだ。

 彼女達が生まれる前から起きていた問題の責任を押し付けられていた事を考えると、容易に想像出来る。


「……ごめんなさい……」

「え……き、君が謝る事はないよ?」


 気軽に聞いて良い話ではなかったな……そういえば、“私達”とか、“また”とか。かなり意味深なことを言ってるけど……。


 なんとか話題をそらしたい。“また”の方は何となく分かるから、訊かないでおこう。


「あの、さっき“私達”って言っていましたけど、姉妹の人がいたんですか?」


 すると、彼女は驚いた様子をみせた。


「あ、あれ……私そんなこと言った……?」


 もしかして、無自覚で言ってたの?


 彼女は驚いた表情のまま目をそらし、答えた。


「えっと……私、ね……双子の弟がいて……カイって言うの。ただ……今は会えないかな」

「そうだったんですか……」


 なるほど、“今は会えない”と言う事はカイさんは転移魔法で捨てられずに済んだのか。

 今回の件が落ち着いたら、なんとか再会させてあげられないかな……。

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