91話 エルフの女の子 3



「……ん……」


 視界が明るくなったのを感じ、目を覚ました。

 ツタの隙間から入った朝日が、俺の顔を照らしている。


 いつのまに朝になった……。


「……ん?」


 右半身に温もりを感じる。

 見ると、俺はリティアさんにもたれかかる様な体勢を取っていた。


 視線を落とすと、俺の手を彼女の手が握っている。それぞれの指と指の間に彼女の指が入り、しっかりと握っていた。


 これって、恋人繋ぎって言うんだっけ……?


 寝ぼけながらそんな事を考えた。


「……ぐぅ……」


 ……寝よ。


「って、寝てる場合じゃない!」


 慌てて頭上を確認した。

 穴の入り口を覆うツタに、乱れは見られない。どうやらワイバーンはここに来なかった様だ。


 ひとまず胸をなでおろす。


 すっかり寝ちゃったな……ワイバーンが襲ってこないか、見張ってるつもりだったのに。


 そんな事を考えていると、無意識に力が抜けた。

 リティアさんの体へ布団に身を沈める様に身を落としてしまう。


「ぅ……ん、あ……おはようミウちゃん」


 リティアさんがあくびをしながら挨拶して来た。起こしてしまったようだ。


「あ……お、おはようございます……お、重くなかったですか?」

「…んーん、大丈夫だよ。それより、よく眠れた?」

「は、はい……」


 彼女と繋がっている手に気づき、昨日の自分のちょろさを思い出す。赤面しながらそう答えた。


「ふふっ……そっか、良かった」


 彼女は笑顔で答えると、繋いでいる方と逆の手で頭を撫でてきた。


「はい……あの、おかげさまで……)

「うん、気にしないで。助けてもらった私に出来ることなんて、これくらい……」


 すると、彼女は何かに気がついた様な表情で頭上に顔を向けた。


「そっか……私達……」


 彼女は空を見上げたままそう呟いた。


「……あ、そうだ」


 ハッとして自分の魔力残量を確認する。



魔力 306500/630000



 30万……極魔術を2回撃てるね。

 足りなかったらここでもう一晩、待つつもりだったけど、これなら……。


 それを確認し、空を見上げている彼女の裾を引っ張った。


「今日、ここから脱出します。リティアさんは絶対に守るので安心してついてきてください」

「……!」


 彼女の表情が徐々に明るくなっていった。


「うん、分かった。私に出来ることがあればなんでも言ってね!」

「分かりました。あの……じゃあ、まずこの手を……」

「え? あ、ごめんね」


 握られていた手と、頭に置かれていた手が離された。ようやく自由になり、体を起こす。


「いえ、大丈夫です」


 ……嫌な気はしなかったし……。


「大丈夫? なんだかぼーっとしてたけど…」

「え、あっ……そっそれより、リティアさんはお腹空いてますか?」

「え? だ、大丈夫だよ……(腹の音)」

「……」

「……」



 腹ごしらえを終え、いよいよこの穴から出ることにした。


 今の朝食が最後の晩餐にならないよう、気を引き締めないと。


 現在の魔力残量は“308500”。出来るだけ魔術魔法の使用を抑えて、魔力を節約する。

 ワイバーン見つかってしまった時のために、魔力を残しておかないと。

 それを意識して行動しなければ。


 2人で穴の端に立ち、上を見上げる。


 静かだ。おそらく今なら、周りにワイバーンはいないはず。


「……リティアさん。行きますよ」

「う、うん……」


 彼女の手を握り、再び目線を上へ移す。


 収納部屋に避難させることも考えたが、あのワイバーンを収納できなかった事が頭から離れない。

 もしかしたら、この魔法に何か不具合が起きているのかも。


 そう考えると、無機物ならともかく生きてる人を収納するなんて恐ろしくて出来なかった。


「……あれ?」


 ……そういえば、刀はどこに行った? 収納部屋にも、辺りにも見当たらない。

 もしかすると、あのブレスを受けた時にどこかへ飛んで行ったか、消滅してしまったのかもしれない。


 あの刀を手放すのは惜しいが、今は探している暇など無い。とにかくここから出よう。


 自然魔法を使い穴を覆っているツタを2本、目の前まで垂らした。


 その先端で輪っかを作り、そこに両足をかける。リティアさんにも同じ事をするよう指示した。


「しっかりつかまっててくださいね」


 ツタはスルスルと上昇し、俺と彼女を上へと運びはじめた。


「あ、わわっ」


 リティアさんは少しぐらついたが、大丈夫そうだ。

 上まで到達し、隙間から頭をのぞかせて辺りを見渡した。


 やはり周辺には何もいない。


 この一晩でワイバーンに襲われなかった事を考えると、ワイバーンは夜行性では無く昼行性なのだろう。

 昼行性と言うことは、夜は寝ていると言うことだ。


 そして今は早朝。色々と準備に時間を使ったがまだ日は高く無い。

 ワイバーンがまだ眠っていることに賭けて、ここから脱出する。


「行きます。静かについてきてください」

「う、うん……」


 ツタを操って穴の淵へ降り立り、彼女の手を引き近くの岩陰に隠れた。


「ねぇ、どっちに行くの?」

「えーと……」


 方向感覚など、もはや無い。

 どちらに行けば討伐隊と合流出来るか分からないが、山岳を出ればひとまずワイバーンの脅威からは逃れられるだろう。

 たが、ここは山岳の頂上付近、山岳から出るには相当な時間がかかってしまう。


「とにかく下へ向かいます。足元に注意してください」

「わ、分かった」


 彼女の手を引き、1番近い崖へと向かった。


「わっ!?」

「きゃ!?」


 しかし、崖へ到着した俺たちの足が止まる。


 崖の下にはワイバーンの姿があったのだ。地面へ伏せ、眠っているように見える。


「か、隠れて!」


 小声で叫び、近くのくぼみに身を伏せた。


「静かに……」

「……! ……!」


 リティアさんは両手で口を押さえ、涙目になって震えている。

 俺も息を殺して隠れた。


 しかし、ワイバーンが襲ってくる気配はない。気づかれなかったようだ。


「……」


 くぼみから頭だけを出し、崖の方を確認し、ゆっくりと音を立てぬよう立ち上がった。


「様子を見てきます……ここにいてください……」

「……!? ……!」


 リティアさんは首を横に振っているが、いつまでもここにいるわけにもいかない。


 くぼみから出て忍び足で崖へと向かう。

 崖下を覗き込むと、やはりそこにはワイバーンがいた。


「……ん?」


 しかし、よく見るとこのワイバーンはピクリとも動かない。呼吸すらもしていないようだ。

 地面へ伏せている格好も寝ていると言うよりかは、倒れている。地面には亀裂が入っていた。


 まるで高いところから落下したみたいだ。


「……あ! 俺が倒したワイバーンか!」


 そこにいたのは、昨日俺が倒したワイバーンの死骸だった。

 死骸なら襲ってくることはないか。


「び……びっくりしたぁ……リティアさん。こっちに来てください」


 胸をなでおろし、彼女を呼ぶ。


「……え!? だ、大丈夫なの!?」

「はい。何も問題ありませんでした」


 そう言うと、彼女は恐る恐るこちらに寄ってきた。


「ほ、ほんとに? 大丈夫?」

「昨日、私が倒したワイバーンでした」

「……へ?」


 崖の下を指差しながら答えると、リティアさんは固まってしまった。

 そして、ゆっくりと崖下を覗き込んだ。


「え……ほんとに死んでる……ほんとにミウちゃんが……?」

「はい、昨日死闘の末倒しました!」


 信じられないと言わんばかりの表情をしている彼女に、胸を張って答えた。


「ほ……ほんとに強かったんだ……」


 リティアさんは口を押さえて小声で何か言っている。

 ……やっぱり信じてなかった?

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