88話 意識が戻った



 目を覚ました時、上空の雲には歪んでいるものの、見覚えのある穴があった。


 俺が撃った極炎魔術が開けた穴だ。改めて見てみるとかなり大きい。

 その穴から覗く空はオレンジ色だ。夕日は見えないが、夕暮れであることが分かる。


 ふと、体が動かないことに気がついた。よく見れば、体中傷だらけだ。

 ぼーっとしながらも、治癒魔法を使う。


 不思議と心は落ち着いている。ここがワイバーン山岳であることに間違いはないが、なぜか危機感を感じない。


「あ……そうだ。ワイバーンは……」


 仰向けに寝転がったまま、記憶を遡る。


 たしか、1回目の極魔術が避けられて……2回目の極魔術の発動中に、大岩をワイバーンの頭上に移動させた……。


 首を傾げる。そのあとの記憶が曖昧なのだ。

 ただ、なんとなく覚えているのは、ワイバーンと殴り合った記憶。


「……殴り合ったぁ!?」


 信じられない記憶に、思わず大声が出る。

 接近戦をしようとは思ったが、あんな巨大な生物と殴り合おうだなんて思っていなかった。

 しかし、おぼろげな記憶では殴っては殴られ、殴っては殴られを繰り返している。


「……とりあえず、生きてて良かった」


 今こうして生きているのも、きっと殴り合いの末に撃退したのだろう。

 ワイバーンは倒したのか、それとも逃げたのか分からないけど……。


 体も着ている服もボロボロ。しかし、傷の治癒はあらかた終わったようだ。

 ここにいる理由は無い。早く下山をしないと。


「……?」


 しかし、上体を起こして立ち上がろうとしたところ、足に力が入らなかった。

 不思議に思いつつも、なんとか踏ん張ろうとするが全く変わらない。


「なんだろ……あ、もしかして……」


 おぼろげな記憶から考えるに、かなり体を酷使したはず。ならば、これは“反動”的な状況だろうか。

 使ったこともないような魔術を連発したんだ。無理もない。


 そういえば、最終的に魔力量はどれくらい減ったのかな? たしか、最後に確かめたときは40万くらいだったよね。


 そう思い、おもむろにステータスウインドウを表示してみる。


 魔力 90350/630000


「……30万くらい減ってる!」


 驚愕な事実だ。

 あれから色々な魔術を使ったと思うけど、そのほとんどを2回の極魔術に使ったと考えれば……。


 1回に15万くらい!? この世界の魔力量の平均が1000〜1500くらいって聞いたから……。


「そりゃあ……使ったなんて記録、あるわけないよね……」


 平均値の100倍もの魔力を使う魔術なんて、そもそも存在自体知られていなくてもおかしくない。


 と言うか、そんな魔術じゃなければ倒せない(本当に倒せたかは分からないけど)ワイバーン……。

 やばすぎない? それがあと何匹、この山岳にいるんだって話だ。


「……」


 そう考えると、欠如していた危機感が顔をのぞかせ始めた。他のワイバーンに見つかる前に、ここから逃げた方が良いかもしれない。


 なんとかしないと、他の移動手段と言えば……。


「瞬間移動は……やめとくか」


 今の魔力残量は過去最低だ。魔力消費の多い瞬間移動を使って、魔力切れなんて起こしたら大変……、


「……あ!」


 魔力残量を考えた時、助けた女の子を思い出した。


 今は収納部屋に避難させているが、彼女は無事だろうか?

 ワイバーンを収納部屋に収納する事が出来なかった事を考えると、この魔法に何かしらの不具合が起きたのかも知れない。


 ……ん? でも、ワイバーンと戦ってるとき、岩は収納できたような……。


 と、とにかく、このまま収納したままでは危険だ。早く出さなければ。


「……」


 一瞬、こんな所で出してワイバーンに見つかったら……なんて考えてためらったが、すぐに女の子を収納部屋から出すために手を横に振った。


 無事女の子を収納部屋から出すことができた。ひとまず胸をなでおろす。

 両手で女の子を受け止め、自分の前に寝かせた。

 とりあえず息はしている。怪我も無く、どうやら問題はなさそうだ。


 それにしても……。


「見慣れない服だな……」


 彼女が着ている服はあまり見たことがないデザインだ。材質もなんだかよく見る服と違う気がする。


 女の子は黒く綺麗な髪を腰まで伸ばし、顔立ちはまるで作り物かと思うほど整っていた。


「でも……あれ? 黒い髪って普通じゃ無いんだっけ?」


 確か、黒い髪は魔力の関係で染まるんじゃなかったっけ? 俺は例外だけど……少なくともこの国には黒い髪の人はいないと聞いたんだけどな?


 黒く長い髪をまじまじと見ていると彼女の顔が目に入った。

 すると、少し懐かしい気持ちになった。


 この子……どこかで見た気が……?


 そう思い、顔をよく見ようとかかっている髪をどかした時だった。


「……え!?」


 どかした髪の下からは耳が出てきた。いや、驚いたのはそこではない。


 その耳は自分のと比べ、長く尖っていた。


 以前読んでいたラノベで、このような特徴を持つ“種族”をよく登場していたのを思い出した。


「まさか……エルフ……?」


その女の子の耳はまさしく、ファンタジーラノベの定番の種族、“エルフ”のものだった

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