87話 vs.ワイバーン 再戦 4



 互いを睨み合う存在。

 一方は、ほぼ直角の岩肌に爪を食い込ませ、唸り声を上げるワイバーン。

 もう一方は、その闘争心を一目で感じさせるような目で、ワイバーンを睨みつけるカイト。


 カイトの腕には、発動させた極魔術の魔術陣がゆっくり回転している。

 この魔術陣が、極魔術の形をとって発動するまでの時間、ワイバーンを空へ逃がさないのが彼の目的だ。


 “極炎魔術 火焔業波”を使用した時同様の感覚に襲われるが、今の彼は気にすら止めない。

 目の前の敵に全神経を集中させていた。



 グルアアアアアアア!!



 先に動いたのはワイバーン。

 斜面から飛び降り、カイトへ襲いかかる。振り下ろされた右腕が、地面へ深くめり込み瓦礫を四方へ飛び散らせる。


 カイトはそれを後方に瞬間移動して回避。ワイバーンの立て続けに左腕による横なぎが迫る。


 カイトは地に伏せ、再び回避した。


 間髪いれずに放たれる光線状のブレス。地面をえぐり、轟音と共にカイトへ迫る。

 瞬時の判断で起き上がり、地面を蹴って直撃を免れる。飛び散る尖った岩の破片が皮膚を切り裂いた。


 負けじとカイトは反撃へ出る。

 前のめりにワイバーンの懐へ飛び込み、頭上へ“上位炎魔術 炎弾”を放つ。

 炸裂。

 腹部に激しい爆発を受けたワイバーンの体が、少し浮き上がった。


 悲鳴とも取れる咆哮。それに続いてカイトへ向かうは、尾の先にあるクリスタル状の毒針。

 体を捻り、毒針をなんとか回避。


 しかし、うねる尾が肩をかすめる。カイトは地面を転がり懐から飛び出てしまった。

 だが、痛みが戦意をさらに加速させる。すぐさま起き上がった彼は、周囲の状況を即座に把握した。


 ワイバーンは空中へ飛び立とうと、翼を広げる。羽ばたく風圧に、体の小さなカイトは煽られ思うように動けない。


 ついに、ワイバーンの足が地面から離れた。


 逃すまいとその手を伸ばし、ワイバーンの足元の瓦礫下に空気魔法で圧縮した空気を送り込み、開放する。

 解き放たれた空気は凄まじい力を生み出し、尖った瓦礫を爆散させた。


 それがワイバーンの大きな体躯へ、容赦なく突き刺さる。痛みに耐えかねたのか、再び悲鳴とも取れる咆哮をし、背から墜落した。


「収納っ!!」


 そんな声が響くと同時に、ふっと周囲が暗くなったことを感じるワイバーン。

 頭上にはいつからそこにあったのか、ワイバーンの数倍もの大きさの影があった。


 それは、カイトの収納部屋を通して、岩肌からワイバーンの頭上へ移動した大岩。重力に身を任せ、容赦なく落下する。



 ズズンッ



 低く重く、地響きをさせる。瓦礫が飛び散り、地面に亀裂が入る。

 しかし、余韻に浸る間もなく、その大岩を突き抜ける赤い光線。高温にさらされた部分はドロリと溶け、大岩は真っ二つに分かれた。


 そこから現れたのは、当然の如くワイバーン。

 カイトがそれを確認したと同時に、球状のブレスを放った。


「うああ!!」


 直撃したのか否か。爆発によってカイトは吹き飛ばされ、その場にもうもうと土煙が立ち込めた。


 敵が消えていった土煙を見つめるワイバーン。息切れが激しく、身体中から出血している。

 満身創痍。その言葉が相応しいだろう。


 静寂が立ち込め、唯一の音はワイバーンの荒い息遣い。動く様子のない敵がいる土煙を、ただ見つめ続けている。


 そんな中、その音は突然鳴った。


 土煙から、“パンッ”と言う何かを叩いたような、叩きつけたような音が1回鳴る。それは、決して大きな音では無かったが、ワイバーンの耳には何度も何度もこだました。



 同じ音がもう1度鳴る。それと同時に、土煙の中から姿を現した者。



 頭から血を流しながら、拳を掌に叩きつけたカイトの姿。その両手には、彼の体を照らす炎が宿っている。

 そして、両腕を構えるように引いたと同時に、赤い炎が先程彼が放った極炎魔術が開けた雲の穴から覗く、青空のように蒼く変化する。


 ブレスに吹き飛ばされ、気を失う寸前で極魔術が発動したのだ。



 『極炎魔術 爆轟烬燬之拳ばくごうじんきのこぶし』



 肘から拳にかけて蒼炎そうえんを宿す極炎魔術。

 蒼炎が消えるまで時間、その拳を叩きつけた際に凄まじい熱爆発を起こす。


 しかしこれは、爆発に術者も巻き込まれてしまう、言わば“捨て身の一撃”。腕に宿す蒼炎の熱すらも、術者を蝕み最悪死に至らしめる。


 だが、カイトにとってそれは問題にすらならない。


 かつて、エアリスたちと乗った馬車一行が、盗賊団に襲撃された際に覚えた魔法がある。彼は、それを刀に宿して炎魔術を付与することに成功した。


 “魔力障壁”。彼は、それを全身に纏っている。きっと、蒼炎の熱や爆発からその身を守ってくれるだろう。



 カイトとワイバーン。両者とも満身創痍の身。しかしその目にはもはや迷いなど無い。

 必ずこの敵を討つと言う、不屈の精神が見て取れる。



 グルアアアアアアアアアッ!!!


「オオオオオオオオオオオッ!!!」



 2つの咆哮が山岳に響いた。

 地を蹴り、拳を振りかぶってワイバーンへ跳びかかるカイト。

 それに対し、巨大な腕を振りかぶるワイバーン。


 その大きさの差は歴然。しかし、互角の力同士がぶつかり合い、激しい衝撃波を生む。


 その直後、凄まじい爆発が両者を襲う。それにより、大小異なる腕は弾き飛ばされた。

 体の小さなカイトが、より大きく吹き飛ばされるのは明白。地へ叩きつけられ転がる。


 しかし、彼はすぐに立ち上がり、再びワイバーンへ跳びかかった。


 体躯の大きさが異なる、2つの勢力がぶつかり合う。

 カイトがワイバーンを殴ると、爆発と共に牙を揃えた口から大量の血が吹き出す。

 ワイバーンがカイトへ腕を振れば、その体は地へ叩きつけられる。


 どちらにせよ、地はえぐられ、岩肌は崩れ、周囲の光景が瞬く間に変化する。

 このような異様な殴り合いの光景を、一体誰が想像出来ただろうか。


「オオオオッ!!」


 極炎魔術が発動した頃から、カイトはほとんど気力で立っているようなものだった。

 だが、目の前の敵を……“獲物”を狩るために。彼の背中を押すスキルがある。


 精神系スキル 狩猟本能


 それは、カイトが厄介視したスキル。我を忘れて戦ってしまう。煩わしいとまで思った。

 しかし、これがあって今は動けている。もしこれが無ければ、理性が邪魔をして戦いに支障が出ていただろう。

 我を忘れ、目の前の“獲物”を狩るべく拳を振るうカイト。


 幾度として体を襲う激しい爆発。幾度として体を走る激しい痛み。

 苦し紛れか策を講じてか、ワイバーンは大口を開けブレスを放つ動作へ入る。


 しかし、カイトはそれを許さなかった。

 地を蹴り、ワイバーンの顎下へ潜り込む。その蹴られた地は、2つの穴を中心に大きな亀裂が生じた。


「アアアッ!!」


 その勢いのまま、ワイバーンの下顎に繰り出すのはアッパーカット。大きく開かれた口は、音を立てて閉じられた。

 行き場を失ったブレスが、口内で爆散。剣の切っ先ほどある牙が折れ、周囲へ飛び散った。



 ゴッ……ガァァアアッ!!



 悲痛な叫びとも取れる咆哮が響く。その時、ワイバーンはとあることに気がついた。

 今まで目の前にいた敵がどこにも居ない。



 — 決着は突然訪れた。



 ワイバーンが見失ったカイト。その姿は、ワイバーンの頭部の右側面にあった。刀で潰された右目からは、その視覚的情報が入らない。


 右拳を最大まで引き、左手を覆いかぶせて力を込める。左腕の蒼炎が全て右腕に移り、一層火力を増した。


「オオオオオオオオオオオオッ!!!」


 体に残る全ての力が込められ、死力を尽くした拳が振るわれた。

 その咆哮にワイバーン反応するも、一瞬早くカイトの拳が到達する。


 拳はワイバーンの硬い鱗を貫き、肉を燬やき、頭蓋を砕き、そして……。

 爆轟。

 今までの数倍、規模のある爆発。ワイバーンの頭部の右側面は、内側から爆はぜた。


 爆風に晒されたカイトとワイバーンが吹き飛ばされる。

 ワイバーンが吹き飛んだ先は崖。そのまま崖下へ落下する。その時、残された左目に遠ざかるカイトの姿が映った。

 その目はその状況に反し、穏やかとも取れる。赤く揺れていた妖々しい光は消え、ただ宝石のように赤く透き通った目が、カイトの姿を捉えていた。


 地へ重い物体が落下する音と共に、地響きがする。その崖下から、巨大な体躯が這い上がってくることはもう無かった。



 吹き飛ばされたカイトは偶然か否か、ブレスをまともに受けた際にできた、漏斗状の穴の中心に着地した。

 しかし、そこから体を起こすことは出来ない。もはや、彼には指一本動かす力さえ残っていなかった。


「ハァ……ハァ…………」


 右腕に宿った揺れる蒼炎が、彼の右半身を照らす。

 その火が、消えゆくロウソクのように小さくなっていくと共に、カイトの意識は暗闇の中へ落ちていった。

 

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