87話 vs.ワイバーン 再戦 4



 山岳の中腹に、翼を羽ばたかせた黒い影があった。傷だらけの体で息を切らし、何もない空間をただ見つめている。

 その目からは虚無が感じられる。


 カイトと交戦していたワイバーンだ。


 彼を地へと叩き落とし、追い討ちのブレスを放ち、その命を奪ったワイバーン。

 しかし、ブレスが作った漏斗じょうご状の穴から、その姿を見上げる者がいた。


「……“極魔術”……かな……」


 ブレスの直撃を受け、死に至ったはずのカイト。不思議なことに、彼は生きていた。

 ワイバーンに勘付かれないよう、ほとんど声にならないような声で呟く。


 『極魔術』


 それは、魔術に階級をつけた際に、最高の威力を発揮するものに分類される魔術だ。

 しかし、その分“発動までの時間”や“消費魔力”も桁違い。


 故に、この世界では使われたと言う記録が残っていない。桁違いの魔力量を誇るカイトでさえ、そのようなものがあると認識しているだけだ。


 当てることさえできれば、この上のない被害を敵に与えることが出来るだろう。しかし、様々な理由によって実戦には向かないと断言できる。


 しかし、工夫さえすればそんな攻撃も当てることも不可能ではない。今現在、カイトが置かれている状況もその1つ。


 つまり、『奇襲』だ。


「ふぅー……すぅー……」


 立ち上がり、呼吸を整える。見つかれば一巻の終わり。


 目を閉じたまま、両手をワイバーンのいる上空へ向けた。

 見つかれば終わるという恐怖心。そして生まれて初めて使う、得体の知れない極魔術を使う緊張感。

 早まる動悸を、深呼吸でなんとか抑える。


 ステータスウインドウを表示し、横目で確認。


 魔力 400940/630000


 残りの魔力量は約2/3。これが、極魔術を放つために必要な魔力量に達している事を祈るばかりである。


「よし……やるぞ……」


 両足を踏みしめ、両手の先にワイバーンがいる事を確認し、遂に極魔術を使った。


「ぐっ!? うううううう!!」


 今まで経験した事のないような感覚に襲われる。

 痛みは無い。しかし、全身から血を1度に抜かれたような感覚。

 同じ対象に使っていた上位魔術では、感じることのなかった不思議な感覚に、思わず口からは耐える声が漏れる。


 ワイバーンが、その声の元へ目を向けた。


 片目で確認したその光景に驚愕する。

 その声の主が、先程完全にブレスが直撃し、確実に屠ったと思った相手だったからだ。


 ワイバーンは咆哮した。それが、なんの意が込められたものであるかは不明。

 しかし今言えることがある。それは、ワイバーンが再び戦闘態勢に入ったことだ。


 目からは赤い光を揺らし、頭を下げるルーティンのような動作。

 1つ1つが剣の切っ先ほどの大きさの牙が上下にずらりと並んだ口からは、赤く揺れる炎が大量に漏れ出し始める。


 一方カイトは、まだ漏斗状の穴の中心で魔力を溜めていた。

 溜め時間が長ければ、その分威力が増す。しかし、これは長すぎないかと内心で思う。


 視界の端に、口から炎を漏らすワイバーンの姿が映った。あれは、光線のようなブレスを放った時と同じ態勢だ。


 もはや、あれがいつ放たれるか分からない。この極魔術が間に合うかも分からない。


 奇襲が失敗した今、出来ることはこの極魔術を確実に発動させること。


 カイトは術の発動に集中すべく、早まる気持ちを抑え静かに目を閉じた。



 ワイバーンの口から漏れ出す炎が、カイトへ光線状のブレスを放った際と同程度の火力になる。

 しかし、ワイバーンはそれをまだ放たなかった。頭を垂らし、口内の火力を増加させ続けている。


 そして……それが、以前と比べ数倍の大きさへと変貌する。


 おそらく、これがこのワイバーンの全力なのだろう。それが、カイトの放つ強力な攻撃を察知したからか、本能的に危機を感じたのかは不明だ。


 しかし、いかなる理由があろうと、今カイトを襲おうとしている危機があるのは確実。

 すると、漏れ出していた炎が消え、ワイバーンの口内へと消えた。わずかに開いていた口の隙間も閉じ、完全に動きが止まって静寂が広まる。


 そして、その時が容赦なく訪れた。


 ワイバーンが勢いよく頭をカイトへ向け、口を開く。そこから、赤い光線状のブレスが放たれた。


 赤い光を放ちながら、漏斗状の穴の中心へ向かうブレス。その先のカイトは微動だにしない。

 ブレスが地上へ迫り、周囲の物体が吹き飛び始める。


 そして、ブレスが漏斗状の穴……カイトのすぐ頭上へ差し掛かった時だった。


「よしっ!!」


 その言葉と同時に、カイトの両目が開く。

 彼の両手の先に、小さな魔術陣が出現。瞬時に、その上にそれよりも大きな魔術陣が現れる。

 その上には更に大きな魔術陣。

 段階を経て、彼の前方に5枚の大小の魔術陣が出現した。


 その出現時間。それは刹那の出来事。


 それらが交互に回転し始め、1番大きな魔術陣から巨大な火柱が上がった。



 『極炎魔術 火焔業波かえんごうは』



 それは、地を照らす太陽とほぼ同格の温度を誇る炎を、一方向へ放つ極魔術。

 周囲へ広がることなく一点に集中する炎は、飲み込んだ物を跡形もなく焼き尽くす。


「おおおおおっ!!!」


 叫びながら放った極炎魔術と、ワイバーンの全力のブレスが直撃する。凄まじい衝撃と共に、赤い光が飛び散った。


 そのぶつかり合いは、極炎魔術が優勢。

 ブレスを押し除け、ワイバーンへ一直線に向かう。


 極炎魔術による火柱は、黒い雲が広がる空へどこまでも登っていく。

 火柱が通過した部分の雲が消え去り、そこから青空が覗く。その穴を中心に雲が蒸発し、空は青色の穴をどこまでも広げていった。


「……っ!!」


 しかし、本題のワイバーンは体を捻り、それを回避。直撃を免れている。

 だが、その時にバランスを崩したのか、ワイバーンは先程カイトが登っていた岩山に衝突。

 そのまま岩肌を崩しながら、カイトのいる地上へ滑り降りてきた。


 それを見たカイトは好機と判断。

 地面を蹴り、岩肌を滑り降りるワイバーンへ走り出す。


 だが、ワイバーンがそれに気が付かないわけがない。こちらへ走ってくる敵へ、咆哮を浴びせた。


 極魔術とて、空を飛ぶワイバーンは避けてしまった。しかし、接近戦に持ち込めば避けられるリスクも減るはず。


 そこに勝機はある。


 カイトは走りつつ両手を力一杯に握り、次の極魔術を発動させる。

 彼の両手首を中心に、魔術陣が出現。それは、魔力を吸いながらゆっくりと回転している。

 発動するまで時間はかかるが、常に魔力を流しておけばいずれ自動的に発動するだろう。


 それまで、ワイバーンが再び空へ飛び立たぬよう足止めしなければない。


 ワイバーンは斜面に爪を食い込ませ、こちらを見下ろし、睨み、唸っている。

 それに向かって構え、戦闘態勢を整えた。


「やってやる……」


 そう覚悟を決めたカイトの目に、恐怖の色はなかった。

 ただ目の前の強大な敵を見据え、必ず討ち取ると言う闘争心の炎が燃える。


 今、小さなカイトと大きなワイバーンの、命をかけた最終ラウンドのゴングが鳴った。

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