71話 ワイバーン事件 2


「両親……お母さんとお父さんの、ですか?」


 救出部隊に入る条件として、両親の了承が必要と言われたのだが、俺は何故か分からず首を傾げてしまった。


 そんな俺を見て、コウさんは驚きの表情を見せた。


「……まさか、理由が分からない?」

「は、はい……」


 俺の返答を聞いた彼は、小さくため息をついた。


「自分の子供が危険な戦地に行くとしたら、親はどう思う?」

「……?」

「……そんな事になったら、親は心配するでしょ?」


 心配……?


「……あ! そう言うことか!」


 考えた後に、ようやく理解できた。


 確かに彼の言う通りだ。この様な状況になれば、親というものはきっと心配をするだろう。


 そんな事にも気がつかないだなんて……。

 少し驚いたが、考えてみれば俺は今まで親がいなかったのだから仕方がない、と思う。


「やっと気づいたかい? それくらい分かるだろう?」

「ごめんなさい……その……テイルに言われたんですが、過去の環境が特殊だって……」


 すると、彼はハッとして何かに気がついた様だ。


「……そうだったね。すまない、さっきのは忘れてくれると嬉しいな」

「はい……大丈夫です」

「ありがとう」


 そんな会話をしていると、討伐部隊の方から男性が1人こちらに走ってきた。


「団長、お時間よろしいですか? 第3から第6部隊の編成について少し」

「ああ分かった。カイト君、ちょっといいかな?」

「はい。大丈夫です」


 そう答えるとコウさんはその男性と、編成について話しながら歩いて行った。


「……


 彼らが話しているのを眺めながら、先ほど言われた事について考えた。


 親の了承……どうやって取れば良いんだろ?


 彼が言っていた通り、必ず心配されて絶対に不安にさせてしまうと思う。

 それに、確かに俺に救出部隊の手助けをする義理も義務も無い。完全に俺の個人的な提案な上、命の保証もない。


 ……やっぱり、反対されるかな?

……反対されるだろうな。そりゃあそうだ。反対される理由しかないからね。


 だが……もし、反対されたとしても俺はどうしても行かなければならない。


 理由は先ほどコウさんに話した事以外にも一応ある。



 それは、『どうしても行かなければならない気がする』からだ。



 何故そう思うかは分からない。本当にそんな気がするだけだ。

 テイルの仕業か?


 何かと説明がつかないことはテイルの仕業の気がしてならない。


「……何でもかんでも、テイルのせいにするのはダメだよね」


 俺は苦笑いしながら呟いた。




 コウさんからもう一度説明を受けて、俺は帰宅した。

 両親はすぐに俺を出迎えてくれたが、その時はまだワイバーンの件を話さなかった。

 やはりちゃんと面と向かって伝えた方がいいだろう。


 となると……夕飯の時とか?


 そう思い、夜に食事で呼び出されるのを待った。



「ねぇ、ちょっと良い?」

「なあに?」

「なんだ?」


 3人で食事を取っている最中、俺はあの話を切り出した。


「今、王都の方でワイバーン討伐に行くって話があるのは知ってる?」


 その瞬間、2人の動きがピタリと止まった。


「……ええ、知ってるわ。領の防衛体制を整えておく様に指令が来たの」

「防衛体制?」

「そうだ。もし今回の討伐がうまく行かなかった場合、巣を攻撃されたワイバーンが人里へ降りて襲ってくるかもしれないからな。そうなったら、少しでも領民を避難させられる様にってな」


 まじか……この世界のワイバーンはどこまでやばい存在なんだ。


「カイトにはこれから伝えようと思ってたんだけれど、王都で聞いてきたのね」

「うん……」


 救出部隊のこと……いつ言おうかな……。


「……どうしたんだ?」

「えっと……」


 救出部隊について話そうとしてもどうしても口ごもってしまい、上手く話せない。

 すると2人は俺が何か言いたい事があるが、言い出せないことに気がついたのか優しい笑顔を見せた。


「ねぇカイト。何か言いたいことがあるなら言ってみて?」

「なにを言いだすかは分からないが、頭から否定したりはしないから言ってごらん」

「……!」


 何も不安がることはなかったな。


 そう感じると、しだいに体から力が抜けていった。

 今なら何もためらわずに言えそうだ。


「そのワイバーン討伐隊に、救出部隊があるんだけど、それに参加したいの」


 だが、安心して言った俺と反対に2人は驚愕し、同時に手に持っていたフォークを落とした。と思ったら今度は俺の所へと駆け寄って来る。


「本気なのかカイト!?」

「本気なの!? カイト!」

「え? ……う、うん」


 2人は顔を見合わせ、ゆっくりと自分達の椅子へ戻っていった。


 こんなに驚かれるとは思わなかった……。


「……ワイバーンはとても危険なのよ? それは知っているのよね?」

「うん、コウさんに教えてもらったよ。……コウさんでも勝てるか分からないほど強いって」

「……」


 少し考える様子を見せ、真剣な表情で尋ねてきた。


「カイト、ワイバーンがどれだけ危険か知っているのに、救出部隊に入りたいっていう理由は何?」

「……」


 理由はコウさんに話した事と、行かなきゃいけない気がする、だ。

 だが、これらを理由として両親に話すことはできない。


 コウさんに話した事と同じ事を言うとすれば、転生してきた事を話さなければならないという事だ。いくら両親とは言えそれは避けたい。

 2つ目がダメな理由は、単純に納得してもらえないだろう。


 しかし、両親に嘘をつきたくはないのでかなり端折る事にはなるが本当の事を言うことにした。


「僕が行けば……部隊の人達の助けになるかなって。その……無視出来なくて」


 すると、互いで目で合図を取り合う様な様子を見せ俺に問いかけてきた。


「……それはあなたが決めたことなの? 誰かに頼まれたわけではないのね?」

「うっうん」

「気を使っているとかではなくて、本気で助けたいと思うんだな?」


 黙って頷くと、2人は考え込む様な姿勢をとった。


 やっぱり、ダメかな……?


「……分かったわ」

「……分かった」


 少し時間が経った時、突然2人が呟くように許可を出した。


「……え?」


 あまりに突然な上聞き取りづらかったが、確かにそう言った。


「……え? 良いの?」


 そう簡単には許可を貰えないと思っていた俺は拍子抜けしてしまう。

 そんな俺の横まで2人は近づき、挟むように立った。


「……?」


 その状況に若干肩をすくめる。

 すると、お母さんが俺の頭を撫でてきた。その顔を見上げる。少し不安そうな笑顔だ。


「もちろん、本音は反対よ? でもね……」


 彼女の顔が、いつもの笑顔へと変わる。


「あなたがその力を誰かの為に使おうって、思ってくれたことが嬉しいの」

「その通りだ」


 お母さんは頭を撫でていた手を頰までスライドさせて、お父さんは肩に手を置いて、嬉しそうにそう言ってくれた。


「…ありがとう」

「でも、1つ約束してほしいことがあるの」

「約束……?」


 首をかしげる俺の両肩に手を置き、体を正面へと向けまっすぐ目を向けてきた。


「絶対に。何があっても。必ず。無事に。帰ってくることよ」

「……そ、それは……」


 俺は彼女の目から目線を外す。


 “無事に帰ってくること”……それは、もしかしたら約束できないかもしれない。

 死ぬつもりなど毛頭無いが、どれだけの怪我をするかは分からないからだ。


 ワイバーンとは戦ったことはない。だからこそ俺の力が通用するか、通用しないのか分からない。

 もしかしたら、大怪我を負ってしまうかも……。


「……」

「……ねぇ、カイト」


 黙り込んだ俺の耳に入った彼女の声は、いつもより少し低かった。


 もしかして……怒らせちゃった!?


「お、おかあ……うぐぅ!?」


 様子を窺おうと顔を上げた俺は、突然強い圧迫感を感じた。


「約束してくれないなら、討伐の日が終わるまで絶対に離しません」


 彼女は両手でがっちりと俺を強く抱きしめてきた。ギュウギュウと体が締め付けられる。


「苦し……離して……」

「ダメ、約束してくれるまで離さないわ」


 なんとかして逃れようとしたが、彼女は立ち上がった事により足が床から離れてしまう。

 完全になすすべがなくなってしまった。


「ぅぅ……す、する! 約束するから離してぇ!」


 遂に耐えきれなくなり俺はそう叫んだ。

 すると彼女の腕の力が抜け、ゆっくりと椅子へと降ろされた。


「ケホッ……うぅ」


 椅子に降ろされた後、恐る恐る彼女の顔を窺う。


「お……怒ってる?」


 不安になりそう尋ねたが、彼女はすぐに否定した。


「怒ってなんていないわ。私達はただ、あなたが心配なだけよ」


 そういうと、今度は微笑んで続けた。その笑みにホッとする。


「でも、もう安心ね。だって無事に帰って来るって約束してくれたんだから」


 約束……かなり無理やりだった気がするけど……。


 そう思ったが、彼女の笑顔からはまだ不安そうな雰囲気を感じた。

 それはまさに、無理矢理作った笑顔だ。

 きっと止めたい気持ちを押さえ込んで俺の意思を尊重してくれているのだろう。


「うん……ありがとう」

「いいのよ。救出作戦、頑張るのよ」


 たとえ危険なことでも、俺の気持ちを優先してくれて、本当にこの時は嬉しかった。

 あと、後半お父さんが完全に空気になってた事には全く気付きませんでした。

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