70話 ワイバーン事件 1


「情報収集ですか?」

「そう。例えば群れは何匹だったか、どれくらいの大きさかとかね」


 ワイバーンって情報収集が必要なほど、強力なのかな?


「この世界のワイバーンは“モンスター“と呼ばれる生き物の中で最上位種の中に分類される程強力なんだ。討伐依頼は国家騎士団か、Sランクの“ハンター”しか受けることが出来ないんだ」


 国家騎士団、それか“冒険者”の上の“ハンター”、おまけにその最上位ランクしか受けられないとなると、どれだけ強力な存在かが分かる。


「そうだ。今から対ワイバーン訓練に参加するんだけど、見てみるかい?」

「いいんですか?」

「うん。まぁ大丈夫でしょ。ちょうどそっちに用があるし」


 若干雑な気もするが、彼はこの国の騎士団長だ。文句を言う人も少ないのだろう。

 彼について行くと、何度か来たことのある演習場に出た。

 だが、いつもと違うのはそこに大勢の兵士がいた事だ。


「ほら、あれがワイバーンと戦う陣形だよ」


 指を差された方向を見ると、確かに兵士達が一定の並びをしていることが分かった。


 大盾、槍、弓、魔状……様々な武器を持った兵士達が一定の陣形に並んでいる。


「あれが基本的な陣形だね。それで俺とミフネはあの1番前に立つんだ」

「え、1番前って……まさか大盾の前ですか?」

「そうだよ」


 盾があるのにその前に立っちゃったら、意味無くない?


「……あ、コウさん達は強いから前に立っても問題ないんですね?」

「違うよ」


 違うんだ……。


「俺は空を飛べないからね。ワイバーンが飛んだらどうしようもない。俺とミフネが前に立つのは“士気”を上げるためさ」

「士気……ですか?」

「そう。だって自分達のトップの人物が安全な位置から指示を出してるだけだったら、やる気が出ないだろ?」


 確かにその通りだ。俺だってそんな状況であれこれ言われたら不満を抱く。


 そんな会話をしている時だった。

 視界の端に人影が映り、そちらを見ると男女6人ほどが木製のナイフを持って組手をしていた。


 あれはなんだろう? 討伐隊ではなさそうだ。


「コウさん、あれはなんの部隊ですか?」


 指を指して尋ねてみた。


「ああ……あれは救出部隊だよ」

「え!? たったの6人ですか!?」

「そう、たった6人でワイバーンの巣の中に侵入するんだ」


 いくらなんでも少なすぎないか!?


「……ワイバーンを討伐する方法は、巣の外へ誘い出す方法だから巣の中へ入る必要は無い」


 すると、コウさんの表情が悔しそうなものに変わった。


「だけど……救出部隊は、巣の中へ侵入しなきゃいけない。でも、いくら討伐部隊が気を引いているとはいえ、全てがそっちに行くわけじゃないんだ」


 彼の表情がさらに悔しそうなものへ変わる。


「もし、途中でワイバーンに見つかれば……彼らは1人づつ囮として離脱することになっているんだ」

「え!?」


 それは……なんと言っていいのか……。


「コ……コウさんが救出部隊に行けば……少しは……」

「……それも提案したけど、“生きているか分からない人の救出”より“今後の被害を抑える為の討伐”が優先されるのは必然だからね」

「そんな……で、でも、そんな部隊に配属されてあの人達は不満に思わないんですか? 武器も小さなナイフですし……」


 しかし、彼は首を振る。


「彼らが大きな武器を持てば、救出の時や逃げる時に邪魔になるからね。それに……彼らは自ら志願して部隊に入ったんだ。命の保証が無い事も承知でね」


 この時、何故か胸が熱くなった感じがした。

 幼児化の影響かは知らないが、彼らの事を“カッコいい”と思ったからだろう。

 そして同時に、そんな人達を見す見す死なせて良いのだろうか。そう思った。


 そう考える俺の視界に、再び彼らが入る。

 短い木製ナイフで攻撃では無く、防御の型の動きを繰り返している。


「そんな事でワイバーン相手に時間稼ぎが出来ると思ってるのか! もっと腰に力を入れろ!」

「はい!」

「奴らに掴まれたら、もがいても無駄だ! 全力で突き刺せ!」

「はい!」


 そんな彼らの声を聞いていると、ある事を思いついた。


「……コウさん」

「なんだい?」

「僕が救出部隊に入る事って出来ますか?」


 俺が救出部隊へ入れば、少しは役に立てるはずだ。


「……それは何故だい?」


 何故そう思ったのか、理由を話す。


「……僕は、コウさんの保存能力に似た“収納部屋”と言う魔法を使えます。でも、それは大きさを問わず容量もほぼ無限で、僕から半径30メートル以内ならどこでも収納可能です」

「……」

「人も収納できます」


 それを聞いたコウさんは、顎に手を当てて聞いている。


「もちろん人体に影響はありません。僕が行けば救出した人を走らせる事も担ぐ事もしなくて済みます」

「なるほどね……」

「今言った通り、僕は救出部隊に適任だと思うんです。……ダメですか?」


 彼は考える様子を見せた。


「……君が適任なのは分かった。参加してくれるならとても助かると思う。だけど、どうしてそこまでしようとするんだい? もしかして、その村に知り合いでも?」

「……いいえ」

「なら、君にそこまでする義理はないんじゃ無いかな?」

「……」


 確かに彼の言う通りだ。俺には参加したところで得はないだろうし、その義務もない。

 それに彼は国家騎士団長だ。いきなり隊に入れろだなんて言われても、そうやすやすと了承する訳にも行かないのだろう。

 悩む俺の様子を見て、彼は真剣な表情で続ける。


「カイト君。君はこう言ったよね? この世界に生まれて幸せだって。その幸せを手放すリスクを自分から負う必要は無いんじゃないかな?」

「……」

「ワイバーンはとても強いんだ。君に勝った俺でも1匹に勝てるか分からない。それに、君が得意な魔法に対して、耐性まで持っている個体もいるんだよ?」

「そんな……」

「君は“人間”の中ではとても強いだろうね。でも、この世界はそれだけで漫画や小説の様に無双できるほど、甘い世界では無いんだ」


 コウさんの説得を聞いて考えた。

 盗賊や聖騎士長などを倒してきて、俺に敵う者がコウさん以外にいなかった事。

 そして、読んできたラノベの影響で、無双する主人公にでもなったつもりだったのかも知れない。


 だから、心のどこかで“ワイバーンもなんとかなるかも”と思った事から今回の事を提案したのもある。


 だが、もちろん理由はそれだけではない。


「あの……偽善者と思われるかも知れないんですが……」

「……言ってごらん」

「……コウさんが言った通り、僕はこの世界での生活がとても幸せです。でも……それは、僕だけで手に入れた訳ではないんです」

「………それで?」

「僕は……なんというか、“助けられた”と思ってるんです」

「……助けられた?」

「はい……」

「どういう事だい?」


 よく分からない事を言っている自覚はある。

 だが、俺はそう思うのだ。


「もしテイルのミスがなければ“この人格の僕”は寂しい人生を終えていました。……今の両親が僕を家に迎え入れてくれなければ、今も森で孤独な生活を送っていました」


 さっきも言ったが、こんな事を言えば偽善者と思われても仕方ないと思う。

 たが、俺は本気でそう思っていて心の底から感謝している。


「僕が勝手にそう思っているだけかも知れませんが……僕は結果的に多くの人に助けられたと思うんです」


 コウさんは腕組みをして黙って聞いており、その姿に若干威圧される。


「ですから……僕も助けられる人がいれば助けたいなと……僕ばっかり助けられるのはダメかなって……」


 それに、前にお母さんにどんな冒険者になりたいかを聞かれたとき、俺は言った。

 “人を助けられる冒険者”になりたいと。

 今回の件は冒険者としてではないが、俺の理想の冒険者像に近づくためには、ここで引き下がってはいけない気がした。


 想いを伝え終わり、彼の顔をうかがうと何故が少し驚いた顔をしていた。


「カイト君……君、本当に子供かい?」

「……へ?」

「いや、言ってる事が大人びててびっくりした」


 失礼な。中身は大人だもん。


「それで、君の入隊の話なんだけど……」


 少し言うのをためらっているように見える。


 やっぱりダメかな……?


「良いよ。許可してあげる」

「……え?」


 思っていたより許可があっさり出たので、拍子抜けしてしまった。


「い、良いんですか? そんなにあっさり……」

「うん、良いよ。元々反対する気もなかったしね。君が気を使って言っているだけなら、許可はしなかったけど」


 気を使ってるって思われたらダメだったのか。


「相手はワイバーン。君のその意思が本気なら、協力を断る理由なんてないよ。ただ、君は子供だから、戦地に行かせて良いのかって事でも悩んだんだけどね」

「……僕はおとn……」


 俺の目の前に彼の人差し指が立った。


「だから、君が入隊するための条件を1つ考えた」

「……条件、ですか?」

「そう、条件だ」


 条件ってなんだ? まさか、無理な条件を出して、結局俺を入隊させないつもり?


「ご両親から入隊の了承を得てきてほしい」

「……え」


 身構えていた俺だが、その条件を聞いて固まってしまった。

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