72話 ワイバーン事件 3
今日は再び王都へ戻る予定だ。
まだ討伐決行日ではないが、部隊の人との顔合わせや、諸々の説明を受けるため早めに出発するのだ。
玄関扉の前で両親から激励を受け、馬車へと向かった。
馬車に乗ると、両親が駆け寄って来て窓からこちらへ顔をのぞかせた。
「いい? 約束を忘れないでね? 危なくなったらすぐに逃げるのよ」
「人を助けるのは立派な事だが、自分を犠牲にしてしまえばそれまでだからな。無理は絶対にするんじゃないぞ」
「うん……分かった。行ってきます」
馬車の窓から、両親が遠ざかっていく。
遂に家から出てしまった。それを見ていると、そう思ってしまう。
次に家に帰って来るのは……両親に会えるのは救出作戦が終わった後だ。
「……やっぱり、ちょっと怖いな」
嫌な想像が頭に浮かぶ。
必死に両親と再会することだけを考えるが、やはり暗い想像もしてしまう。
もし、酷い怪我をして帰ることすら、ままなら無くなってしまったら……死んでしまったら……。
そんな想像が頭から離れない。
「……うー……」
きっとこの嫌な想像はこの先消えることはないだろう。
俺が決めた事なんだけどな……。
ため息をつき、馬車の中で横になった。
「やぁ、ご両親の了承は得られたかい?」
「はい」
「それは良かった。それじゃあ、救出部隊の人達に紹介するからついてきてね」
王都へ到着し、コウさんと合流した。
今から俺が参加する部隊へ顔合わせに行く。
正直、少し緊張している。
彼の後をついて行き、ある部屋へと案内された。
「みんな良い人だから心配しなくて良いよ。それじゃあ先に俺が入るから、呼んだら来てね」
「わ、分かりました」
彼が部屋に入ったのを確認し、聞き耳を立ててみた。身体強化の効果もあり、はっきりと会話が聞こえて来る。
コウさんと会話している男性が、おそらく部隊のリーダーだろう。
「団長、お疲れ様です」
「うん、お疲れ様。ちゃんと全員いるかい?」
「はい」
「それじゃあ早速だけど、前に話した協力者を紹介するね」
そう聞こえ、呼ばれるのかと身構えたがそれを止める声が聞こえた。
「団長、1つよろしいですか?」
「なんだい?」
「協力者はありがたいのですが……こんな急に来た者で大丈夫なのですか? 我々のような訓練は受けていないのでは?」
確かに……聞いた話だと、彼等はワイバーンが村を襲ったと言う報告を受けてから、毎日訓練をしているらしい。
でも、俺は訓練を受けていない。彼の不安も仕方ないだろう。
しかし、コウさんは声色を変えずに続けた。
「大丈夫。確かに訓練は受けていないけど、実力は俺とミフネのお墨付きだよ」
「そう、ですか……」
「ああ、だから心配する事はないよ。じゃあ呼ぶね」
ハッとして聞き耳を立てていた態勢を整える。
「カイト君、入って」
「は、はい。失礼します」
ドアを開け中へ入ると、訓練をしていたた6人の男女が視界に入ったが、その全員の表情はどれも驚愕していた。
そして、そのうち1人が声を上げた。他の者も続くように声をあげる。
「こ、子供!?」
「まさか、この子供が協力者!?」
「冗談だろ!?」
あー……まぁ、そうなるよね。
「まぁまぁ、落ち着いて。紹介するよ。彼が協力者のカイト君だ。彼の身の安全上の理由で、素性の全ては話せないけどね」
「はじ、めまして」
ぎこちなく挨拶をすると、1人の男性がコウさんに声を荒げた。おそらく先程から彼と話していたリーダーらしき男性だろう。
「団長!本気ですか!?訓練を受けていない事に目を瞑るとしても、いくらなんでも子供なんて…」
「まぁまぁ落ち着いてってば」
しかし、コウさんがその話を遮った。
「君の言う通り彼は子供だよ。でも、さっきも言った通り実力は確かだし、信用できる人物なのは間違いない」
男性は少し考え込むような様子を見せ、コウさんに問いかけた。
「では、彼の実力を分かるように説明してください」
すると、コウさんが一瞬ニヤリと笑ったような気がした。
「ギールを倒した、救世主の少年って言えば分かるんじゃないかな?」
「「「「「「!?」」」」」」
その瞬間、再び6人は驚愕した様子を見せる。
だが、彼らの視線を集めている俺は別の事に気を取られていた。
ギール……って誰だっけ? あと、救世主って聞こえたんだけど……何の事?
「だ、団長……本当ですか?」
「もちろん。嘘をつく理由なんて無いだろ?」
腕組みをして悩む俺に、リーダーらしき男性が話しかけてきた。
「カ、カイト君と言ったか。君は本当にギール倒したという“あの少年”なのか?」
そう訊かれたが、俺はまだギールが誰なのか分からない。
「あの……すいません。ギールって誰ですか?」
「「「「「!?」」」」」」
すると、再び驚愕する6人。
「カイト君カイト君。ギールってあの聖騎士長だよ」
コウさんが小声でそう教えてくれた。
「聖騎士長……? ああ! アレですか!」
「そう、アレだ」
思い出した。テイルに加護(間違い)を受けた勘違い野郎だ。
「カイト君にとっては、存在を忘れてしまうほど弱かったんだね」
「そ、そういう訳では……」
単純に名前を覚えてないだけなんだよね。
すると、椅子に座っていた男性が、目の前まで近づいてきて俺の顔をまじまじと見てきた。
「……?」
「……間違いない。あの時、ギールを倒した少年だ」
男性は何かを思い出したかのようにそう呟いた。
「……あの時? あ、もしかして闘技場にいました?」
首をかしげると、男性はハッとして説明した。
「す、すみません……私はあなたがギールを倒した時に闘技場にいた者です。あなたに、ずっとお礼が言いたいと思っていました」
「お礼?」
あとなんで敬語?
男性は頭を俺へ深々と下げた。
「息子の仇をとっていただき、本当にありがとうございました」
息子の仇……?
すると脳内にあの時の記憶が蘇った。
「もしかしてあの時、一番最初に叫んでくれた人ですか?」
「そう! そうです!」
確か、あの聖騎士長と対面していた時に、最初に叫んだ人がこんな感じだった気がする。
こんな偶然あるのか……。
「まさか、本当にあの救世主なのか?」
「その救世主が協力者なんて、そんな事あるの?」
「でも、噂の通り黒髪黒目よ。話も噛み合っているし……」
その男性の後ろにいた、他の部隊員の話し声が聞こえてきた。
それには聞き間違いかと思った単語が含まれている。
救世主って、何のことだ?
疑問に思ったのでコウさんに尋ねてみた。
「あの、救世主って何のことですか?」
「あれ、知らないのかい? 君、“救世主”って呼ばれてるんだよ?」
「えぇ……」
理由を尋ねたところ、この様な返答が来た。
『聖騎士長の座が悪人に渡り、聖騎士は廃れていった。悪人は各地で殺人を繰り返すが、権力もその実力も高く、王族ですら手を出せなかった。しかし、突然どこからか現れた黒髪黒目の少年が聖騎士長を屠り、人々に廃れた聖騎士の終わりを告げた』
「……みたいな感じで語られてるよ。今のは君を題材にした詩だね」
まじか……全く知らなかった……詩まで作られてるなんて……。
あとその詩、完成度微妙だな。もうちょっと上手い人いなかったのか。
「で、その悪の聖騎士長を倒した君は“救世主”って呼ばれるようになったんだよ」
若干ニヤケているコウさんに対して、俺はがっくりと肩を落としていた。
まさか、そんな事になっているとは思わなかった……更に外へ出づらくなった。
「ハイ。それじゃあ、カイト君が救出部隊に参加する事に反対の人は?」
両手でパンッと音を鳴らし、そう尋ねたコウさん。
それに対し、手を挙げる者はいなかった。
「よし。じゃあ、カイト君は正式に救出部隊に配属決定だね」
「……ありがとうございます」
「決行日は2日後、それまで7人で訓練に励むように」
「「「「「「「はい」」」」」」」
この後、俺含め7人は自己紹介をしあい、早速訓練を行った。
飛び入り参加になってしまったが、しっかり役に立てるよう頑張らないとね。
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