63話 やっぱり勝てない



「カイト君、こんにちわ」

「こんにちわ、コウさん。じゃあお母さん、お父さん、行ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい。頑張るのよ」

「行ってらっしゃい。無理だけはしないようにな」


 両親に別れを言い、コウさんが乗っている馬車に乗り込んだ。程なくして馬車は走り出す。


「急にごめんね? 驚いたかい?」

「い、いえ……でも、確かに驚きました」


 持ってきた鞄の中から1枚の紙を取り出し、それを見た。

 そこにはコウさんの名前があり、とある旨の文章が書かれていた。


「まさか……コウさんから再戦願いが来るなんて」




 数日前、その手紙は突然我が家に届いた。

 王都からの手紙で、最初は両親宛かと思ったが俺宛の物だった。


 その内容は“再戦願い”。


 急とはいえ、騎士団長からの誘いを断る訳にもいかず、想像魔法で了承の意を伝えた。


 そして今に至る。


「色々と予定があっただろうけど、こっちを優先してくれてありがとう」

「大丈夫です。……でも、なぜ急にこんな事を?」


 すぐに返事をしてしまってあまり深く考えなかったが、今になるとこれに裏があるかどうか心配なのだ。例えば騎士団入れようとか…


「あー、そんなに心配しないでいいよ? 別に君を騎士団に入れようとか、企んでなんていないから」

「な……なんで分かったんですか……?」

「顔に出てたよ」

「そ……うですか……すいません……」


 最近、幼児退行が深刻だな……嘘だって上手くつけなくなってる気がするし……。


「それでね。なぜ君と再戦をするかって話なんだけど、完全な俺の興味なんだ」

「興味……ですか?」

「そう、興味だ。以前君と手合わせした時は魔術や魔法の使用を禁止しただろ?」


 確かにそうだった気がする。


「つまり、あの時の君は全力では無かったわけだ。まぁ、あれだけ捌ければ十分だとは思うけれどね」

「……」

「全力じゃ無かったのに負けたと評価されて、俺に勝ち逃げされるのは君だって悔しいだろ?」

「……確かに、あの時は悔しかったです」


 そう答えると、彼は笑顔を見せ明るい声で続けた。


「だろう? だから今度は、魔術や魔法の使用有りで手合わせしよう。それなら例え負けても清々しく終われるんじゃないかな?」

「……」

「どうかな? これは本当に俺の個人的な興味なんだ」


 正直に言えばやはり不安だ。しかし、もう馬車は出発してしまっている。

 何より両親にも応援され送り出されたのだ。今更帰りたいだなんて言えない。


「分かりました。ご期待に沿えるかは分かりませんが、全力でやります」


 と、言いつつも不安は完全には消えない。だが、その不安は嵌められる事への不安は少ない。


 どちらかと言えばそれはコウさんに対する不安だ。


 戦っても勝てる気がしないというのもあるが、問題は彼の表情だ。

 まず彼は、いつも優しい表情でいる。

 だが、それがどうしても作り笑顔の様に感じてしまう。


 そして、とても優しい人相と表情で話しているのだが、その目はどこか俺の事を観察しているような……そんな風に感じられるものだった。




 王都に到着してから一晩過ごした。

 コウさんに連れられあの時と、同じ演習場に足を踏み入れる。


「まず、ここには俺たち以外はいないから、安心して。君が心置きなく本気を出せるようここには誰も来ないよう頼んだから」

「分かりました」

「それじゃあもう一度確認するね。君は魔法、魔術の使用可。武器も君がいつも使っているもので良い。そして、君のいつも通りの戦い方で良い。それで大丈夫かな?」

「はい。分かりました。……でも、その……」

「どうかしたのかい?」

「いえ、コウさんの武器が気になって……」


 こちらは手作りのだが、刀を手に持っているのだ。それに魔法と魔術の使用も有りだ。


 それに対して彼は木刀一本。

 いや、木刀と呼べるのかどうかも怪しい木の棒。それも、刀で真っ二つどころか両手で簡単にへし折ることが出来そうな細さだ。

 ていうか葉っぱついてる。枝じゃんそれ。


 流石に武器の差があり過ぎる気が……。


「大丈夫だよ。こう見えてこの道は長いからね」

「そ、そうですか……」


 こ、この道……?


「準備が出来たなら、いつでもいいよ?」


 そう言いながら彼は細い木刀を八の字に振っている。


「……分かりました。では、行きます」


 目を閉じて大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。吐き終わったと同時に目を開いた。


 “火球”


 放った火球の陰に隠れて距離をつめる。


「おお、やっぱり無詠唱も出来るんだね」


 彼は呑気に感想を言いつつ、その火球をいとも簡単に避けた。その避けざまに、真っ直ぐ刀を振り下ろす。


「うん。太刀筋もなかなか悪くない」


 しかし、その振り下ろしは、細い木刀えだに簡単に受け止めてしまった。


「えっ!?」


 思わず声を上げてしまった。慌てて彼との距離を開ける。


 ……鉄で受け止められたみたいだった。


「はは、驚いたかい?」


 コウさんは笑いながらゆっくりと木刀えだを頭上に上げ、続けた。


「ちょっと見ててごらん」


 そう言い、地面へ木刀えだを振り下ろした。

 硬いもの同士が、激しくぶつかり合う衝撃音が轟く。


 あの木刀えだで、あんな音がなるものなの!?


 そう疑問に思った俺の目に、またもや衝撃的な光景が映り込んだ。


 なんと、木刀えだが石材にめり込んで穴を開けていたのだ。


「えええ!?」

「見た目に騙されてはいけないよ?」


 見た目って……どう見ても木刀えだは木にしか見えない。 

 そもそも別の素材だとしても、あの細さで石材は破壊出来ないよね……?


「あーあと、もう1つ言いたい事が」


 木刀えだが真っ直ぐこちらに向けられる。


「さっきの攻撃、全然殺気がこもってなかったよ?」

「……殺気?」

「まぁ、武器がこの見た目じゃ手加減するのも、分からなくはないけどね」


 確かに…さっきの俺は、刀を寸止めするつもりで振っていた。見た目だけで判断して勝手に手加減していたのだ。


 だが、彼は手加減など出来る相手ではない。  

 実践なら多分、今頃死んでいるだろう。


 まだ彼の本気を見たわけではないが、本能で感じ取ったとでも言うのだろうか。そんな気がするのだ。


「……分かりました。本気で行きます」


 深呼吸をして刀を構え直した。


「お、いいね。殺気を感じるよ。その調子でかかってきて」


 俺は刀を強く握りしめ、コウさんに真っ直ぐ向かって行った。



「……お疲れ様。ふぅ……ここらでやめにしよう」


 その言葉を聞いた瞬間に地面へ倒れ込む。


「ハァ……ハァ……ハァ……」

「流石に1時間ぶっ通しで戦うのは、疲れたかい?」

「疲れ……ますよ……」

「だよね。俺もいい運動になったよ。久しぶりに汗をかいた」


 1時間本気で戦い続けたが、結局一太刀も当てられぬまま終わってしまった。

 俺は息も絶え絶えなのに比べて、コウさんは汗こそかいてるものの、余裕を見せている。


 やっぱり……とんでもない人だった……。


「よし、それじゃあ君が壊した石材の整備は任せて、俺達はご飯食べに行こっか。いっぱい動いたし魔力も使ってお腹すいただろう?」

「あ……はい……すきました」

「よし、じゃあ行こうか。良い店知ってるからさ」


 俺は笑顔で案内をする彼の背を見ながらある事を考えた。


 それはコウさんの異常な強さだ。


 俺は『俺TUEE!』と言うような性格ではないが、かなり強い方だと思う。

 だが、そんな俺の力が全く通用しなかったのだ。


 読んでいたラノベでも、チートな主人公より強い剣の達人とか賢者とか仙人とかはよく出ていた。

 しかし、それは全て老人とか、少なくとも彼のように若くは無かった。


「……」


 ラノベでは転生する時には何かしらのチートを手に入れるのが定番だった。俺だってそうだ。


 だが、彼の力はなんだ?


 “倭国”の人間はあれくらいが普通なのか? それとも、見た目通りの歳ではないのだろうか? エルフみたいに。

 ……いや、いくらなんでもそれは無いだろう。


 努力して手に入れた力だと言われれば、それで終わりだ。俺に否定する権利などない。

 だが、ラノベ脳の俺はどうしてもこんな事を思ってしまう。


 コウさんもチート持ち……?


「……それは流石にないか」


 俺は苦笑いをしながらそう結論づけ、彼の背を追った。

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