64話 やっぱり勝てない 2
「ほら、好きなの食べなよ。あ、もちろん奢りだから心配しないでね」
「は、はい」
彼をついて行った結果、いかにもな高級料理店に到着した。しかも、案内されたのは店の最奥にある部屋だ。
広い部屋にテーブル1つと椅子2つ、それ以外は美術品だったり絵画などが置かれている。
手渡されたメニューを見たが、よくわからなかったので適当にいくつか注文した。
やはり緊張する。この雰囲気の空間に慣れていないからだ。
「どうしたんだい? そわそわして」
「こ……こんなお店に入ったのは、初めてですから……」
「そうなんだ。実は俺も初めてなんだ」
「……え」
初めてかよ。
「え、でもさっき……良い店を知っているって……」
「あー、ここは知り合いが経営してる店で、良い店なのは聞かされてたんだ。でも、来るのは初めてなんだよね。俺こういうごちゃごちゃしたところはあまり好きじゃ無いからさ」
じゃあなんでここにしたんだよ。
「……頭の中でツッコンでるね。顔に出てるよ」
「え、あ……ごめんなさい」
「いいよいいよ。緊張もほぐれたみたいだしね」
「……え」
もしかしてわざとツッコませた? 確かに緊張はさっきよりマシになったけど……。
コウさんはにこにこしながらこちらを見ている。
よく分からない人だな……。
そうこうしているうちに、頼んだ料理が運ばれてきた。
メニューには料理名しか書いてなかったのでどう言う料理かは分からなかったが、なかなか美味しそうだ。
「じゃあ食べようか。いただきます」
「……!」
コウさんは両手を合わせて食事の挨拶をした。
この国には食事の前に挨拶をする事は無く、家では特に何も言っていなかった。
だが、きっと倭国には日本のような文化があるのだろう。
ここは彼に合わせておいた方がいいかもしれない。俺も挨拶しておこう。
「はい。いただきます」
料理はどれも美味しい。食べるうちに残った緊張もほぐれていった。
「そういえば、だいぶスラスラ話せるようになったね」
「……そうですね。だいぶ良くなりました」
そんな会話をしていた食事中、コウさんが話を切り出してきた。
「実はね。今回君を呼んだのは、君と戦いたかったのもえるけど、君と色々話したかったのもあるんだ」
「話……ですか?」
「うん……君の話を聞いてね……」
彼は俺について話を聞いた時、幼い頃の自分にそっくりだと思ったのだと言う。
彼も幼い頃に色々とあり、人間不信に陥っていたそうだ。
その過去の自分と姿が重なり、どうしても1度、顔を合わせて話したかったのだという。
それ聞いていると、変に警戒する事はなかったのかもしれないと思った。
こちらを観察するような視線も気のせいだったのかもしれない。
「それでね。良ければ君について色々教えてもらえないかなって思ってさ。あ、もちろん話したくなければ話さなくてもいいからね」
そんな彼の願いに応えようと思い、部分的だがお母さんたちに出会うまでの出来事を話した。もちろん“孤児設定”の体ていでだ。
「そっか……大変だったんだね」
「はい。でも、今のお母さんとお父さんに出会えて幸せです」
「それは良かった」
すると、コウさんは何やら寂しそうな表情を浮かべた。
「話してくれた君にだからこそ言おうと思ったんだけど……実は俺も孤児だったんだ」
「え!? そうだったんですか…」
これは凄いカミングアウト来たな……こっちは“設定”だから心が痛い……。
「森に捨てられて、彷徨ってるところをミフネに見つけてもらったんだ。それ以降はミフネの家族に迎え入れてもらってね」
「……って事は、ミフネさんは本当の妹では……?」
「うん、違うよ。だって似てないだろ?」
まぁ……確かに、髪の色とか人相も全然似てないな。
「ミフネは昔、本当にいい子でね。罵倒どころか、怒ったことがないほど優しかったんだよ」
ミフネさんの顔が頭をよぎった。
まじか……信じられない。
そこまで話すとコウさんは両手を顔に当てて、見るからに悲しそうな様子を見せた。
「なのに……今じゃあんなに鋭く尖っちゃって……俺以外にはツンデレなのに俺だけツンしか無いんだよ……」
「あー……確かにツンデレでしたね」
彼の口からツンデレという言葉を聞いてこの世界にもその概念がある事を知った。
「だろう? 成長するにつれてどんどん尖っちゃってさ……」
その後は彼を慰めたり、世間話をしたりしながら食事を楽しんだ。
「ご馳走さま」
「……ご馳走さまでした」
料理を完食し、2人で一息ついた。店員が空いた皿を運んでいくのを眺める。
しかし、テーブルから皿がなくなってもコウさんは席を立とうとしなかった。
まだ何か頼んでいるのだろうか? だが、何も運ばれてこない。
「あ、あの……コウさん?」
「ん? ああ、すまないね。少し頭の整理をしていて」
整理? 一体何を?
……なんだか、先程よりも空気が重い気がする。それに、なんだか嫌な予感もする。
「さて、カイト君。今日は俺のわがままに付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ。それに色々君について教えてくれてありがとう」
すると、お礼を言う彼の様子が一変した。
「だけど、すまない。もう少しわがままに付き合ってくれ」
その彼の目を見た瞬間、背筋が凍りついた。様子が明らかに違う。
説明できない恐怖心を感じた。
彼の目から目を外せない。
「まず結論から言えば、君何か大きな事を隠しているよね?」
「大きな……こと……?」
それを聞いた瞬間、ドキッとした。
と、とにかく心を落ち着かせないと…
1度大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。そして彼に聞き返す。
「な、何故そんな事を?」
彼はそう思った経緯を説明した。
「前に手合わせした時に君、“漢字”を知っていただろ? それで、何かを隠しているって思ってさ」
やっぱり……あれはまずかった……。
「ずっと気になってた事に加えて、今日話した内容の中からも気になる事が出てきたんだよね」
ずっと気になっていた……という事は今日の話は、俺に気を緩めさせて色々聞き出すための嘘だったの?
彼は右手をテーブルの上に出し、人差し指を立てた。
「疑問に思ったことの1つ目は、さっきも言った通り漢字を知っていたこと」
続いて中指を立てた。
「2つ目、ツンデレといただきます、ご馳走さまの“意味を理解した”ことだ」
「……え?」
意味を理解した事……? どう言う意味だ? 特におかしくない言葉なんじゃ……。
「気づいていないようだから教えてあげるけど、この3つの言葉はね、この世界には存在しない言葉なんだよ?」
「……えぇ!?」
「倭国は食事をする前と後に手を合わせる文化があるけれど、“いただきますとご馳走さま”と言う文化はないんだよ。“ツンデレ”に関してはその概念すら無いね」
まじか……完全にやらかした。あれは誘導されていたのか……。
……ん? ちょっと待て。存在しない言葉なら、なんでコウさんは知っているんだ?
それに、“この世界”なんて変な言い方……。
「……それで、結局は何が言いたいかって言うとね」
コウさんは両手の指を組み、そこに顎を乗せてまっすぐこちらに目を向けた。
そして、真剣な表情で問いかけて来た。
「君、“ニホン”という国名に覚えがあるんじゃないかな?」
「……ぇ……」
以前……1度目の人生で暮らしていた国名を突然聞き、硬直してしまった。
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