60話 今日も冒険へ 2
「検討した結果、“盗賊討伐”の報酬に加え、“攫われた人命の救助”の報酬が払われることになった」
なるほど、協会側も色々手を回してくれたらしい。
3人は目を輝かせている。最低ランクの冒険者からしたら、この額の報酬はとんでもないものだろう。
しかし、会長の表情が曇った。
「……で、ここからが本題だ」
会長は俺を見ながらそう言った。
な、なに? 何か良くない事が……。
「ランクアップについてなんだが……」
ランクアップ? それって朗報だよね。なんで表情を曇らせるの?
「規定によればBランクの盗賊を討伐した事で、お前達はHランクに昇格されるのだが……その、何というか……早すぎる」
どうも会長は、俺達が昇格されるのを渋っているように見える。
……そういうことか!
俺は出来るだけ目立たないようにしていきたい。
だが、あまりに早くランクアップしてしまってはそれこそ目立ってしまうだろう。
そうなれば、最初にBランクを捨てた理由がなくなってしまう。
会長はそれを心配してくれているのだろう。
すると、何かを話し合っていたジーフさん達が何を勘違いしたのか、ある提案をして来た。
「あの、会長。今回の盗賊を討伐したのはミウちゃんです。俺達は彼女に助けられただけですから、ランクアップは彼女だけにしてください。報酬も彼女のもので俺達は受け取れません」
「え!?」
「お前達もそれでいいだろ?」
「もちろんよ」
「もちろんだ」
驚いて声をあげた俺に、3人は笑顔で頷いた。
「ほう……ランクアップも報酬もいらんか。今時、お前達の様な奴は珍しい」
感心している会長に対し、俺は困り果てた。
物凄く断りづらい……。
この『手柄はお前のだ』みたいな展開はラノベでよく見た展開だ。
だいたいここで主人公は仲間の大切さや優しさに気づいて……という良い話になるのが定番なのだが……。
もちろんこの人達の大切さや優しさなんて、とっくのとうに感じている。
ただ、俺は目立ちたくないという理由でBランクを断ったのだ。
だから、初日だけでランクアップしたとか噂を立てられたりして目立ってしまう事は避けたい。
断りづらいけど断らないと。
「……と、なるとミウ、お前だけHランクに昇格するか?」
「あ、いやその……」
「お前の言いたいことは分かるが、はっきり言え」
「……えと、すいません。ランクアップの件は先送りに……してください……」
俺は次に3人に目を向けた。
「あの、先程報酬を全て私に渡すと言いましたけど……ちゃんと4人で分ましょう?」
すると、会長がため息をついた。
「はぁ……こいつらもこいつらだが、お前もお前だな。お人好しすぎる」
そして手をひらひらと振り呆れた声で続けた。
「まぁ良いだろう。ミウ、お前のランクアップの件は先延ばしにしてやろう」
「……良いんですか?」
「ああ、ランクアップに本人が乗り気じゃなかったら意味がないからな。それじゃあ、お前達も良いんだな?」
会長に問いかけられた3人は元気よく返事をした。
「……よし、ではこれでお前達への用件は終わりだ。呼び止めて悪かったな」
「いえ、わざわざありがとうございました」
「おう……あ、そうだ」
何かを思い出した様子の会長は俺に顔を近づけ、耳打ちをして来た。
その口調は“素”の彼女だった。
「あのですね……あなた達が倒した盗賊が討伐対象だった依頼を、受けていたBランク冒険者なのですが……一応、情報提供報酬を渡したものの、討伐報酬があなた達の手に渡ることに不満を抱いていた様なんです」
……何となく言いたい事が分かった。
「絡まれるかもしれないので、気をつけてください……というか絡まれても何もしないでください」
「何もしませんよ……っていうかフラグ建てないでください」
「ふらぐ……? と、とにかく、気をつけてくださいね」
「……わ、分かりました」
忠告を受け、ジーフさん達とお礼を言って部屋を出た。
もらった報酬を分けるため食堂のテーブルを囲い座る。
渡されたお金を4人分に分け、それぞれの前へ置いた。
「……はい、これで4等分です。それでも結構な額になりましたね」
「ああ、だけど……本当に良いのか? 俺達は何もしていないのに」
他の2人も同意見の様だ。表情がどうもパッとしない。
「……私は皆さんに受け取ってもらいたいんです!」
少し大きめの声で意思を伝えるが、まだ納得していない様だ。
こういう時はどう説得すれば受け取ってくれるんだ? ちょっと怒れば良いのだろうか?
えーと……。
「私は皆さんに、感謝してるんです! えっと……受け取って貰えないなら……んと、私の分も押し付けます!」
途中でよく分からなくなり、よく分からない事を言ってしまった。
なんだよ、受け取らないならもっと増やすぞって脅し。
だが、3人は笑っていた。
「……はは、ミウちゃんは本当に良い子だね」
「ええ、そうね」
「そうだな」
「分かった。このお金はありがたく貰うよ。ありがとう」
彼らは笑顔を見せ、受け取ってくれた。
説得ってこうするものなのか? なるほど……。
「……で、依頼はどうする?これから行くか?」
「んー……でもちょうどお昼頃よ?」
「お金もあるし、ここで何か食べていくか?」
この後どうするかの相談が始まった。
依頼を出した村に今から向かっても、夕方前には到着するだろう。村付近で一泊する予定なのでそれほど急ぐ様な時間でもない。
であれば、ラングさんの提案通り昼食をとってからでも大丈夫だろう。
「そうだな、じゃあここで食べていくか」
「やった! 実は前から、ここの料理食べてみたかったのよね!」
「たまには店で出される肉も、食べてみたかったんだ」
その決定に喜びの声が上がる。その声を聞いているとなんだか俺まで嬉しくなってきた。
しかし注文を決め、店員を呼ぼうとした時だった。
「ちょっといいかしら?」
後ろから女性に話しかけられた。
振り返ると、そこには女性と2人の屈強な男性が立っていた。
女性は装備から見るに魔術師の様だ。男性はいわゆる細マッチョとゴリマッチョで、女性の左右についている。
「……何かご用ですか?」
「ええ、そうね。でも、まずは座らせてもらおうかしら?」
俺の真向かいに移動した女性に合わせ、男性達が椅子を素早く持ってきた。
なんか、パシリ感がすごい。
そして、椅子に座った女性の自己紹介が始まった。
「さてと、あなた達。私の事は知ってるわよね?」
「……いえ、知りません」
いきなり何言ってんだ。
「はぁ? 全く、これだから駆け出しは……私はBランク冒険者のシシリよ。結構有名な冒険者なのよ?なんで知らないの?」
……訂正。自己紹介ではなくただの自慢だった。
だが、Bランク冒険者と聞けば、要件は何となく分かる。
「流石に分かってるでしょうけど、あなた達がもらった盗賊の討伐報酬は本来、私達の手に渡るものだったのよ?」
やっぱりか……会長! 見事なフラグ建築だよ!
「……ですが、盗賊を倒したのはうちのメンバーです。あなたではありません。であれば報酬がそちらに行かないのは当然でしょう」
めちゃくちゃなことを言う彼女にジーフさんが反論した。
「んなこと分かってるわよ。バカなの? 別に報酬を寄越せと言いにきたわけじゃないわよ」
「……じゃあ何の用ですか」
ジーフさんが呆れた様にそう聞くと、彼女はゴリマッチョの方の男性から袋を受け取った。
その袋からはジャラジャラと音が鳴っている。
「この中にはあなた達がどれだけ頑張っても稼げない様な額の金があるわ。ま、私達からすればはした金なんだけどね」
いちいち言い方が腹立つな。しかし、何でお金を?
「……それをどうするつもりですか」
「なに? 分からない? これだから駆け出しはダメなのよ」
彼女はそう吐き捨て、その袋をジーフさんの前に置き、衝撃の一言を言い放った。
「その白髪の子、私達に寄越しなさい」
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