58話 初めての冒険 7



「……皆さんに、嘘をついままではいけない……と思うので、その……怒らないで聞いてください……」


 彼女はためらう様子を見せながらも、自分について話し始めた。


「まず、平民というのは嘘なんです……」

「……」


 平民では無い。つまり、街の住民では無いということか。


「私は今まで、森の中で1人で暮らしていて、最近街に来ました……森の歩き方……お母さんに教わった、というのも嘘……です……」


 長い間森で1人……精霊様は森で暮らしていると聞いたことがある。


「使える魔術……炎魔術だけじゃないです……全ての魔術、魔法も使えます……」

「全て……それに魔法まで……!?」


 この話が本当なら……いや、本当なのだろう。

 この話から彼女が、普通の人間では無い事は明らかだ。


 ただ、彼女は“自分自身がなんなのか”は言明していない。


「僕……考えたんです。昨日初めて会った僕に……ここまで優しくしてくれた皆さんに、嘘をついたままでいいのかって……」

「……」

「ですから……皆さんに……謝ろうと思って……」


 すると、彼女は泣きそうな表情で続けた。


「でも……全部を明かす事は出来無いんです……本当にごめんなさい……」


 そう言って、頭を下げた。


 “察しろ”という事か。


 彼女が言っていることは、精霊様の特徴と一致している。


 森で暮らしていたこと。様々な魔術、魔法を扱えること。しかし、“精霊”である事は直接明かす事は出来ないようだ。


 だが、ここまで聞けば十分だ。


「大丈夫だよ」

「そうよ。正直に話してくれてありがとう」

「気にしないでくれ」


 その答えを聞くと、彼女はきょとんとした表情を見せた。


「……ぇ? あの、怒らないんですか?」

「怒る? どうして?」

「ぇ……だって、私は皆さんを騙していたんですよ?」


 確かに騙していたのかもしれない。

 しかし、それは彼女の立場では仕方のないことだろう。

 それに、正直なところ、あまり隠しきれていなかったので、騙されたという感覚はそんなに無い。


「大丈夫だよ。ミウちゃんにも事情があったみたいだしさ。2人も怒ってなんていないだろ?」

「ええ、もちろん」

「当たり前だ」


 しばらくは変わらずきょとんとしていたが、次第に安堵した表情に変わってきた。


「あ……ありがとうございます」

「ああ、仲間だろ? 当然さ」


 そう言うと、彼女はとても嬉しそうな表情を見せ、繰り返しお礼を言い続けた。

 その後は道具を片付け、磁石を頼りに街を目指した。


 ちなみに、建物の火が森に引火しないかと彼女に聞いたら、『じゃあ消しましょう』と言って一瞬で火を消してしまった。


さすが精霊様だ。



 何とかごまかせたな。嘘はとりあえず訂正したし。

 ただ、一応俺は貴族だけど、それを言うことはできないけどね。


 それにしても、この人達は本当に良い人だ。騙していた事を伝えても全く怒らなかった。

 この人達と同じパーティでいたいと、心の底から思える。


 しばらくして無事に街に到着した。


 人目がつかないところで、収納した人達を出し、衛兵へ事情を話して引き渡す。


 その時に「聖女様!」とか「救世主!」とか言われたけど……恥ずかしかったので逃げた。


 ハンター協会へ着くと、まずは依頼の森ネズミ討伐の報酬を受け取った。


 盗賊の件も話したのだが、討伐証明出来るものが無い。

 そもそも、討伐依頼がかかっているのか、懸賞金がかけられている盗賊だったのか……それすらも分からず、話は終わった。


 全員で報酬を分け合い、建物の出口から出た時、すでに日は沈みかけていた。


「残念でしたね。盗賊……」

「いや、仕方ないよ。証明するもの全部燃えちゃったんだから」

「ごめんなさい……」


 謝ると3人から同時に『謝る必要はない!』フォローされ、ちょっと気まずい雰囲気が流れた。


「……とにかく! 今日はもう夜になるから家に帰ろう」

「分かったわ」

「そうだな」

「分かりました」


 全員が家の方へ一歩進んだ。

 3人は東の方向で、俺だけがみんなと反対側に家があるようだ。


「皆さん、お疲れ様でした。またよろしく、お願いします」

「ああ、また明日な」

「またねミウちゃん。明日もよろしくね」

「お疲れ様、ゆっくり休んでな」


 別れの挨拶をすると、みんな笑顔で手を振って帰っていった。


「……ふぅ」


 3人の姿が見えなくなり、家に向かい歩き始めた俺はため息をついた。


 ……俺の初めての冒険、事件ありすぎるだろ!俺がトラブルを引き寄せる体質だとでも言うの?


 そんな事を考えるうちに家へと着いた。家に入るとまず、両親に迎えられた。

 それは今までに無い経験なのでとても嬉しかった。

 風呂に入り、両親と食事をとる際に今回の出来事を話す。


「……そうか。それは大変だったな」 

「大丈夫だったの? 怪我とかしてない?」

「うん。パーティ組んでくれた人が庇ってくれたりして」


 そんな事を話していると、とある事を訊かれた。


「ねぇカイト。あなたは冒険者を続けるとしたら、どんな冒険者になりたい?」

「どんな……?」

「そう。今回、冒険者としてお仕事をしてみて、なにか感じる事はなかった?」


 どんな……かぁ……。


 今回の初めての冒険には、色々な出来事があった。そんな様々な記憶の中で、特に色濃く残っている出来事がある。


 それは、ジーフさん達や盗賊のアジトから助け出した人達に感謝されたこと。


 終えた2度の人生で、感謝されたことなど1度も無い。

 しかし、今日はたくさん感謝された。その時のむず痒さと言うか、照れくささと言うか……。

 とにかく、その時の感情は今でも忘れない。


 人を助けて感謝される。それは、素直に嬉しかった。


「僕……人を助けられるような冒険者になりたい」


 綺麗事と言われてしまえば、なにも言い返せないだろう。

 だが、あの時の俺は、今までに感じたことのないタイプの、“嬉しい”を感じていた。

 あの感情を感じるために、人を助ける。これをきっと“うぃんうぃん”と言うんだと思う。


「そう……それはとってもいいことね」

「ああ、素晴らしいことだ」


 すると、お母さんは俺を持ち上げ、膝の上へ座らせ、お父さんは頭を撫でてきた。


「あなたのその力は、そうやって使うべきね」

「カイトがそう言ってくれて嬉しいよ」


 両親に笑顔で褒められる。すると、感謝とは別の“嬉しい”を感じる。


「えへへ……」


 こうして、俺の目指す冒険者像が決まった。と言っても、冒険者以外でも当然人助けはする。


 今後も無理のない範囲で、冒険者を続けていくつもり。

 貴族という立場で、俺の好きなようにさせてくれる両親には感謝しか無い。

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