第42話 正式な家族へ 1
広い廊下に自分の足音だけが聞こえる。
城下町で“救世主”と呼ばれる、1人子供が話題となっている。
なんでも、あの聖騎士長、ギールを倒してしまったらしいのだ。
あの男はまさに殺人鬼だった。
だが、立場的にも個人の実力的にも、力がありすぎて手が出せなかったのだ。
だから正直に言えば感謝している。
……私の立場的にそれを言うことは出来ないが。
……救世主と言えば、10段回の御加護を受けたという孤児もいたな。
全く……あの時は大変だった。
子供だから手を出すなと言ったのに、騎士団2番隊隊長が裁判まで起こしたのだから。
……あいつめ、しばらく謹慎にでもしてやろうか。
「ライナ国王様」
後ろから自分を呼ぶ声がした。国王、それが私の立場だ。
「なんだ、オーラン」
振り返ると立派なヒゲを生やした男が、こちらに駆け寄って来る。
この男は宰相、国王である私の右腕的存在だ。
「聖騎士長のギールが倒されたことにより、各地の聖騎士拠点で平民による暴動が起こっています」
「ふむ……まぁ、そうなるだろうな」
元々、『聖騎士』というのは教徒により構成された集団で、衛兵のような役割をしていた。
しかし、聖騎士長があの男に変わってからと言うもの、武力的権力を欲した者が入団するようになってしまったのだ。
元々、熱心な教徒しか入団を許されなかったのだが、今ではギールの考えや教えに賛同すれば入団を許されると言う酷い惨状。
だが、ギール以外の個々の能力はそれほどでも無い。平民とは言え、数で押せば圧倒出来る程度だろう。
「それにより各地の聖騎士から、王国騎士団への応援要請が来ていますが、いかがいたしますか?」
「そうだな……お前はどう思う?」
「……そうですなぁ。一応、要請には応えましょう」
するとオーランは一瞬不敵な笑みを見せた。
「しかし、敵となるのは平民。王国騎士団に平民へ手を上げさせる訳にはいかないので、しっかりと策を練らねばなりませぬな。なに、多少時間がかかっても仕方のないことです」
回りくどい言い方をするな。まぁ、立場的には仕方ないが。
「そうだな。仕方なく間に合わなかった場合にはもう1度、ちゃんと聖騎士を構成するという形で、支援を送らせてもらおう」
2人でクックックと笑う。
と言っても、怪我人は多く出てしまうだろう。一応兵を向かわせ、出来るだけ死人が出ぬように努めよう。
「……して国王様、それはどうでもいいのですが、もう1ついいでしょうか?」
表情が変わった。この様子……こちらが本題なのだろう。
というか、今どうでもいいって言ったな。
「うむ、なんだ?」
「聖騎士長、ギールを倒したという子供……救世主とも呼ばれている者なのですが」
「……どうした?」
オーランはそこまで言うと、難しい顔をして言葉を詰まらせている。
「闘技場でギールを倒した際に、その子供が『自分は魔力付与人型兵器』であると言う旨の発言をしたらしいのです」
「……なんだと!?」
魔力付与人型兵器は、“厄災”とも呼ばれる最悪の兵器だ。
だが、理論上の話で存在はしないはず。
この話が本当ならば、その兵器は確実に“意思”を持っている。何かの拍子に暴れ出したら、手がつけられないかもしれない。
安全を考え、それはこの手で管理したほうがいいだろう。
しかし……。
「……いきなり手を出せば、反感を買って何をされるか分からん。時間をかけてその子供に干渉する。居場所を調べるのは良しとするが、私が指示するまでは何もするな」
「はっ」
その後はオーランに部屋に戻る様指示し、王室へと向かった。
部屋に着くと私は勢いに任せて椅子に座り、大きなため息をつく。
“救世主”という言葉に意識が向いて忘れていたが、聖騎士長のギールの実力は確かだった。
国内でも、トップ争いができる程だろう。
“救世主”は、そんな男を倒してしまったのだ。
それも子供の身でだ。普通の人間ではないのは明白だった。
本音を言えば、その子供は目の届く範囲で管理したい。だが、それが出来ない理由は、オーランに話した通りだ。
時間をかけて干渉すると言っても、相手は何処にいるのかも分からない。
そもそも応じるかも分からない。
どうするべきなんだ……。
「……ん?」
頭を抱えたその時、机の上に紙が置いてある事に気がついた。
手に取ってみると、その紙は手紙だと分かった。
誰のものだ?
この部屋に入れるのは、王族と宰相のオーランだけだ。
彼が何も言わなかったと言うことは、王族が置いたのだろうか?
不思議に思い、手紙を広げて読んでみた。
「……なに!?」
私は手紙の内容に驚き、その拍子に立ち上がった。
『初めまして。
まず最初に、手紙の礼儀がなっていないことと、勝手にこの部屋に手紙を置かせていただいたことをお許しください』
ここまではまだ良い、問題はこの後だ。
『私は聖騎士長を倒しました。
この度は国王様と少しお話ししたいことがあり、ここへ来ました。
用件は直接お伝えします。
お時間を頂けるのであれば、姿を見せる許可を下さい』
「……ふむ」
それは“救世主”なる者からの手紙だった。
まさか本人から干渉してくるとはな……だが勝手に手紙を置いた、だって?
部外者がこの部屋に到達するには、数々の厳重な警備をくぐり抜ける必要がある。
誰にも見つからず、ここまで来るのは不可能のはずだ。
……いや、考えても仕方ないな。手紙があったのは事実なのだから。
しかし、姿を見せる?
部屋の中を見渡しても、当然誰もいない。
からかっているのだろうか? 呼べば駆けつけてくるとでもいうのか?
「ふっ……まぁいいだろう。我が前に姿を現わす許可をしよう」
さぁどうだ? 許可を出したぞ?
イタズラか何かかと思い、そう言った瞬間だった。
「ご許可……ありがとう、ございます」
どこからともなく幼い声が聞こえたと思えば、目の前に1人の子供が立っていた。
「……っ!?」
突然の事でよく分からなかったが、何もないところから彼は突然現れた。
「初め、まして……僕……いえ私は、カイトと言います。その手紙を、部屋に……置かせて、もらいました……」
目の前に現れた少年は、手紙の文面とは違い、たどたどしい言葉で自己紹介をした。この様子から、少なくとも敵意はなさそうだ。
「……良いぞ。面を上げろ」
滅多に見ない黒髪黒目の少年だ。見た目からだと8〜10歳程だろうか。
落ち着け。こう言う時こそ、王らしく振る舞うのだ。
「カイトとやら、何か私に用があるようだが、先に私の質問に答えてもらうぞ?」
登場の仕方がとんでもなかったが、探そうとしていた本人が現れたのだ。
このチャンスを逃す手はない。
「……分かり、ました」
「まず、君は聖騎士長を倒したという子供で間違い無いんだな?」
「……はい」
彼はそう言いながら頷いた。
「そうか……」
正直、子供と聞いていたがここまで小さいとは思っていなかった。
「では次だ。君はどうやってこの部屋に入った?」
ここの警備は厳重だ。
“体が小さい”というだけで、侵入出来た訳では無いだろう。
「……魔法……使いました」
「……侵入に役立つ魔法があるのか?」
「はい……こんなの……です」
そう言って、目を閉じたその瞬間、目の前にいた彼の姿が消えた。
「なっ!?」
慌てて彼を探すが、どこにもいない。
「ここに……います」
姿は見えないが、声は聞こえる。
「……そうか。分かった、姿を見せよ」
すると、またも何もないところから突然彼は現れた。
「……」
なんと感想を言えばいいのか分からないな……。
「ふむ……他にも、そんな魔法を使えるのか?」
「はい……多分、僕にしか使えない、魔法……いっぱいある……あります」
姿を消す魔法なんて、聞いたことがない。
……想像以上だ。
今分かるだけでも、姿を消せる上に国内トップクラスの実力。
言葉足らずではあるものの、こちらの質問には正確に答える程度の頭はあるようだ。
ここは心証を良くしておく方が、良いかもしれない。
「すまぬな、もうよい。で、そちらの用件はなんだったか?」
「……もう、良い……ですか?」
「よいぞ」
彼は首を傾げ、キョトンとした表情を見せた。
「……実はこれに……名前を書いて……欲しいんです……」
そう言って彼は紙を一枚手渡してきた。
名前……署名か?
「……なんだ?」
国王である私の署名が必要な物など、新しい領地や国規模で何かをする時くらいだ。
この少年は、一体何をしようとしているんだ?
“養子縁組届”
「……は?」
紙にはそう書いてあった。
「その紙の……証人の欄に、名前を……」
「ん!? ちょ、ちょっと待て。つまり私に君の養子の証人になれということか?」
当然こんな頼み事は初めてなので、少し混乱してしまった。
「はい……僕、グローラット家の子に、なったんです。でも……色々あって」
聖騎士の件のような事だろうか?
「だから、王様に、証明してもらったら……誰も、邪魔出来ないかなって……」
なんともまぁ、思い切った結論に至ったな。
だが、見る限り嘘はついていないようだ。養子縁組届にも偽装の痕跡はない。
これくらいのことなら別に考えずとも了承しても良いが、ここは少しふっかけてみよう。
「ふむ……いいだろう。だが、私は国王。署名の価値は当然高いぞ? 君は対価として何を差出せる?」
「じゃあ、これを……」
この即答には驚いた。
きっと、吹っ掛けられるのを予想していたのだろう。
いや、それ以上に驚いた事がある。
それは、何もないところから紙を2枚出現させたのだ。
そして、それを手渡してきた。
「こ、これは?」
「1枚目は……僕が見つけた、魔獣の飼育方法……です」
「な、なんだって!?」
魔獣の飼育方法だと!?
現在、この国で家畜や飼育のできるのは、豚や牛、鶏などのただの獣類だ。
しかし、魔獣と獣は根本的に違う。
全体的に好戦的な種が多く、生息地も危険な場所。故に観察すらままならないのだ。
もし本当に魔獣を飼育できるのならば、それは世紀の大発見といっても過言ではない。
「……ん? こっちはなんだ?」
もう1枚の紙には妙な絵が描いてある。
半円型の物に革のようなものが取り付けてある。なにかの道具だろうか?
「それ……“鐙あぶみ”って言います。馬に取り付ける……」
「馬具……これがか?」
「はい……馬に乗る時、バランスが悪い、です。足で挟むだけだから……」
たしかにその通りだ。
騎乗した状態での戦闘は難しく、バランスを取りながら剣や槍を振るうため、長い訓練が必要になる。
乗馬しながら戦闘出来るのは、この国にはほんの一握りしかいない。
「でも、それを使えば……誰でも上手く、馬に乗れます」
「……ほう? では、使い方を教えてもらおうか?」
そんな夢のような馬具があるのだろうか?疑わしいな。
「それ、馬の両側から吊り下げる……一言で言えば……“足場”」
「両側から……? ……! そういう事か!」
彼の言っている事を理解した。
その鐙とやらを使えば、馬上でも踏ん張りが効くため、今までよりも騎乗がしやすくなるのは確実だった。
「ふむ……これは素晴らしいな」
そう伝えると、彼はホッとした様子を見せた。
「じゃあ……最後に……」
すると、彼はガラス瓶を渡してきた。中にはピンク色の液体が入っている。
「……これはなんだ?」
「ポーションって言います……僕が作り、ました」
「これが薬……?」
薬にしては、見たことの無い色をしているな。
「……それ、使えば……どんな怪我でも、治ります。飲ませても……かけてもいい」
なんだそれは!? そんな神書にしか記されていないような代物ではないか!
「信じるかどうかは……自由。でも、それは1回分……です」
つまり、使う時はちゃんと見定めろ、と言うことか。
「……」
私は大きくため息をついた。この少年……無用心すぎる気がする。
もし、この話が本当ならば、彼は“神造物クラスの薬”を作り出せることになる。
そんな人物が国王である私に自分の能力を見せているのだ。
私的にも私の立場的にも、放って置くことは出来ない。やはり彼には手の届くところにいてもらいたい。
だが確か、『グローラット家の子になった』と言っていたか……。
グローラット領は王都の隣の領地だ。
そこならば、何かあればすぐに駆けつけられる。
「……分かった。ここまでの物を貰ってしまっては、署名しない訳にはいかないな」
ペンを手に取り、養子縁組届に署名をした。
「これでもう、君に手を出す者はいなくなるはずだ」
「……! ……ありがとう、ございます」
彼は受け取った紙を見て、少し安心したような表情をした。
「これで君の要件は終わりなのか? 帰るのならば付け人をつけよう」
どうやってこの部屋に来たのかは知らないが、城内は案内がいた方が動きやすいはすだ。
しかし、彼はそれを断った。
「1人で……帰れる……あっ」
何かを思い出したようだ。
「どうした?」
「今後……僕を不当に……扱わないで、ください」
……さすがに目をつけられるというのは予想されていたか。
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