第40話 “謝る”事の難しさ
グレイスさんが訪ねて来て、数時間。
今は、馬車に揺られている。しかし、その揺れとは別に俺の体は震えていた。
怖いからだ。
だが、この恐怖はスキルの人恐怖症の効果では無い。
俺の恐怖心。
グレイスさんはあんな風に言っていたが、どうしても安心できない。
『俺を家へ連れて行き、エアリスさんと数人で俺の事を痛めつけるんじゃないか』
そんな事を想像してしまう。
彼女達が、そんな事をする人じゃないことくらい分かっている。だが、不安と恐怖……そして、過去の記憶よってそんな考えが生まれてしまう。
さっき……グレイスさんが言っていたことは本当なの……?
俺だって、彼の言うような謝り方をした事くらいある。
でも……親、奴隷商人……どれも許されたのは、暴力の後だった。
いつどの時も、“暴力”無しでは、どれだけ謝っても意味は無かった。
だから……きっと……。
「カイト君。大丈夫かい?」
その声で我に返った。
横を見上げると、グレイスさんが心配そうな表情でこちらを見ていた。
俺はどう答えたらいいのか分からず、再びうつむく。
「……聞いてくれ。本当の事を言おう」
本当の事? ……家に連れ帰ったら袋叩きにするとでも言うの?
「君は、エアリスが怒っていると思っているだろう?」
「……うん」
「そうか……さっきも言ったが、彼女は全く怒ってなんていないんだ」
「ぇ……?」
なんで……? 怒ってないなんて……それにさっきも言った? 覚えてない……。
「君は彼女に酷い事を言ったと言っていたね。だけどね、君は『どうせ最後には捨てられるんだ!』と彼女に言ったんだ」
「……え……?」
「決して君は、酷い事を言ったわけではないんだよ」
それを聞いて俺は、自分が何を言ったのか分かった安心感。そして、お世話になった人に対して、決めつけたような発言をしたという事への、罪悪感を同時に感じた。
だが、多少は落ち着いてきた。俺は大きく深呼吸をする。
「ありが、とう……ござ……少し、落ち着いた……」
「そうか……それは良かった」
そう答えると、グレイスさんは嬉しそうな反応を見せた。
「でも……ちゃんと謝る。悪い事、言った……の、変わら無い……」
彼女は俺の事を、心の底から想ってくれていただろう。
しかし、混乱していたとはいえ、ありもしない事を口走った上に謝りもせずに逃げ出したのだ。
謝らなくていい理由など無い。
「そうか……いや、そうだな。そう思うのは大切な事だ」
あの家に到着するまで数日かかる。
それまでに、どうやって謝るかを考えておこう。
森の家から出発て2日目。
遂に領地に到着した。この門をくぐるのは、これで2回目。
初めての時と違い、周りの人に対する恐怖心はほとんどない。
しかし、震えは収まるどころかひどくなっていく。
これから“謝りに行く”と考えると、怖くてたまらない。
大きな家が見えてきた。領主であるグレイスさん達の家だ。
今日1番の緊張に襲われる。口から心臓が飛び出そうだ。
家の中はあの時とほとんど変わっていない。リハビリの時に見慣れた光景。
グレイスさんと進むのは2階へ続く階段。登りきると、右に曲がり突き当たりまで進む。進み終わったら右を向く。
エアリスさんの部屋だ。
彼女は俺がここを飛び出してからというもの、元気が無くなり、仕事にも手がつかない状態だという。
それを聞いて更に罪悪感を覚えた。
固唾を飲み込み、ドアノブに手をかける。再び、過去の事が頭をよぎった。
必死にそれを振り払い、ゆっくりとドアを開けた。
「……ぁ」
そこには机に突っ伏したエアリスさんの姿があった。こちらには気づいていない。
あ……謝ら……ないと……。
「……ェァ……ィ……うぅ……」
声をかけようとしたが、上手く声が出ない。
すると、グレイスさんの手が、俺の肩におかれた。見上げると、『大丈夫』と言うように頷いてくれる。
それに勇気付けられる。
両手を握り胸に当てた。そして、彼女の名前を呼ぶ。
「ェ……エアリス……さん……」
名を呼ぶと、彼女はこちらへ顔を向けた。その顔は少しやつれているように感じる。
そんな彼女を見て、言葉を失ってしまった。
しかし、俺とは裏腹に彼女の顔は次第に明るくなっていく。
「カ、カイト君……!」
彼女は立ち上がり、涙を浮かべてこちらに駆け寄って来た。
だが、距離が縮まるに連れて、より一層強い恐怖心が芽生える。
過去のあいつらとは違うのは分かっている。
しかし、どうしても思い出してしまう。
耐えられなくなり、胸に置いている両手を強く握る。すると、突然エアリスさんが立ち止まった。
「……?」
何かと思い、彼女の視線を追うと、グレイスさんが手のひらを向けて“待て”と合図していた。
彼は彼女が足を止めた事を確認すると、優しく俺へ話しかけてきた。
「ほら、言いたい事があるんだろう? ゆっくりでいいから、言ってごらん」
「……!」
そうだ……怖がってないで、ちゃんと言わないと……!
振り返ると、エアリスさんはしゃがんで俺に目線を合わせた。
「……何かな? カイト君」
彼女は笑顔で問いかけて来る。
近くで見ると、目の下には濃く大きいクマがあり、肌荒れもしているようだ。顔色も悪い。
きっと、俺がここを出て行った事が原因……。
「……」
グレイスさんに言われた事を思い出す。エアリスさんの目へまっすぐ、目を向けた。
「あっあの……ひ……ひどっ……うぅ……あの……」
なかなかその続きを言えない。
しかし、ここで止めてしまえば……過去のあいつらと同じになってしまう気がした。過去に縛られ続けられる気がした。
唇を噛み締め、意を決して再び口を開く。
「ひ……酷い事、言って……ごっごめ……ん、なさい……!」
ようやく、思っていた事を言うことが出来た。
しかし、すぐには返答は聞こえなかい。
やっぱり……許してはもらえないのかな……。
そう思った時。
突然、エアリスさんの手がこちらに伸びてきた。
「ぁ……」
痛みを覚悟して目を瞑る。
しかし痛みは無く、見ると、その手は頰に添えられていた。
「ふぇ……?」
思いもよらない事に、情けない声が出る。
彼女の表情を伺うと、先程と変わらぬ笑顔のままだ。
そして優しく言った。
「大丈夫……怒ってないわ」
俺はキョトンとした顔をしていたと思う。
こんなにあっさり許されると、思っていなかったからだ。
足から力が抜け、床にへたり込んでしまう。
「だっ大丈夫!?」
「どうした、大丈夫か?」
「ぁ……ぅ……」
突然膝をついた俺に驚き、2人が気に掛ける。
「……ほ、ほんとに……ゆる……し……て……?」
目の前で起きた事が信じられず、無意識にそう尋ねる。
すると、エアリスさんが体を寄せて俺を抱きしめてきた。
「当然でしょう……?」
「……お、怒って……ない……の……? なんで……」
「あなたはちゃんと謝ってくれた……なら、私達もちゃんとそれに応えるわ」
生まれて初めて、“暴力無し”で許された。
その事実に加え、エアリスさんに嫌われずに済んだ。
そう思うと……力が抜けて、安心して、嬉しくて、嬉しくて……。自然と涙が溢れ出た。
「うぅぅ……ぐすっ……ごめんなさい……ごめんなさいぃ……」
「……あらあら」
俺は彼女にしがみつき、泣きながら謝り続けた。
それに対して、彼女は優しく抱きしめたまま頭を撫でる。
……なんだか、よく分からない気持ちだ。
だけど、悪い気はしない。
「ひぐっ……うああん……」
涙は拭いても拭いても溢れてくる。
そんな俺の手を エアリスさんの温かい手が包んだ。
「……戻ってきてくれて、ありがとう」
「……ぐすっ……うん……うん……ごめんなさいぃ……」
「大丈夫……もう、どこにも行かないで……ずっと、一緒にいようね……」
どこにも……ずっと、一緒……?
彼女に撫でられるに連れ、1つの思いが生まれる。
「……うぅ……うああああん……」
その思いは、流れ出た涙に比例するようにどんどん大きくなっていった。
その日の夜。
エアリスさんとグレイスさんはずっと俺のそばにいてくれた。
そんな2人に、相談があると話しかける。
「相談ってなにかな?」
エアリスさんが問いかけてくる。
相談、というよりは決心したある事を頼むためだ。
「あの……お願い、ある……です……その……」
なかなか言い出せない。
「ぼ……僕を……その……」
1度決心したとは言え、実際に言うとなってはどうしても言い出せない。
「う……うぅ……」
「大丈夫よ。言ってごらん?」
彼女のその言葉に励まされ、ようやく決心した事を言い出せた。
「ぼ、僕を……エアリスさんとグレイスさんの……子に……してください。一緒に……いたい……の……」
目をつむってそう言った。
決心とは、彼女達に養子にしてもらう事。
テイルが勧めてきたという事も、確かにある。
でも、俺がこう決めたのは、俺自身がこの人達と一緒に居たいと思ったから。
しかし、目をつむったまま返答を待つも、すぐに返事は無かった。
……まさか、事前に何も言わずに勝手に決めて、いきなり頼んだから怒ってるの?
慌てて目を開けて弁明する。
「あっあの、ダメ……なら、出てく……お、怒らな……」
しかし、エアリスさんが俺を抱きしめた事により、言葉が遮られた。
「ダメなわけ無いじゃない。そう言って貰えて……嬉しいわ」
彼女は怒ってなどいなかった。それどころか、喜んでくれている。
ふわっ……と、身を包むような暖かさを、微かに感じた。
「え……じ、じゃあ……」
「ええ、もちろん良いわよ」
彼女は笑顔でそう答えた。
返事を求めるように、グレイスさんを見る。
「もちろん、断るはずないだろ?」
彼はエアリスさんと俺を包むように、抱きしめた。
「……ふぁ……」
先ほど感じた身を包むような暖かさ。それが、『微か』ではなく、『確か』に感じられる。
この時、初めて自分以外の人の温もりを感じた。
今まで、1度たりとも感じたことの無い、心の底から安心できる暖かさ。
「あったかい……」
『君は自分の欲にもっと正直に、そして忠実でいいんだ』
テイルが別れ際に言った言葉だ。
『2人の家族として、ずっと一緒にいたい』
それが今、俺が欲している事。
俺は2回の人生を終え、1度は人と関わらない人生を求めた。
だけど……。
「お……おかっ……おかあ……」
「なぁに?」
「お……お母さん……お父さん……大好き……」
「ふふっ……ありがとう、大切な私の子……」
「うむ、今日から……ずっと一緒だ」
新しい家族と一緒に……そして、新しい家族のために生きるのも悪く無いと思う。
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