第39話 正しい謝り方
カイト君が家を飛び出して4日たった。
私は護衛の3人を連れて彼を探しに、以前彼と出会った森に来ている。
「……ほんとにここにいるのでしょうか?」
「……エアリスを信じるしか無い」
彼を探すと決まったものの、どこを探すかがなかなか決まらなかった。
そこで、エアリスの“あの子は同じ森にいると思う”という意見に従ったのだ。
目的の1つ目は彼を連れ戻す事。
だがそれは、絶対という事では無い。彼が望まなければ、連れ戻す事はない。
目的の2つ目、こちらが本命だ。
それは彼の誤解を解く事。
家を飛び出す直前、彼はエアリスに叫んだらしいのだ。
『どうせ最後には捨てられるんだ!』
あの日、あの子は裁判や聖騎士との戦いなど、経験のないことばかりに力を使った。
きっとその事で錯乱してしまったのだろう。
言い放った直後、彼はひどく後悔した表情を見せたらしい。
その様子から、本音ではない事は伝わってくる。
だが、もし本当にそう思っているのならば誤解を解かなければならない。
しかし……“どうせ捨てられる”? それではまるで、自分が捨てられたと分かっているような……。
しかし、彼の言動からは捨てられたことを理解していたとは思えない。
……とにかく、今は彼を探すことだけに集中しよう。
森に入り数時間。
そろそろ以前、彼が住んでいた湖のほとりに到着するはずだ。
茂みをかき分けると、光を反射して光る湖が姿を現した。
「本当にあったぞ……」
そのほとりには見覚えのある一軒家があった。
ここを出るとき、カイト君が“収納部屋”に丸ごと入れた一軒家だ。前と同じ場所に建っている。
「エアリスの言う通りだったな……」
そう呟き、ゆっくりと一軒家のドアに向かって進む。
カイト君……いてくれよ。
ドアをノックする。少し経ち、ドアは内側から開いた。
「……!」
その影から出てきたのは、ひどく怯えた様子のカイト君。
「久しぶりだな……カイト君」
「……ひっ……」
そう声をかけると彼の体は大きくビクリと震える。
「ぁ……ぅ……久し……ぶり……で……」
弱々しい返事が聞こえた。彼の体は、かわいそうな程震えている。
「……ぅ……」
「だ、大丈夫か?」
彼は突然、口に手を当てた。吐き気がするらしい。
「……はぁ……ふ……あの……中、に……」
「……分かった」
家の中へ招き入れられる。中は綺麗だが、以前と比べるとどこか暗い印象を受けた。
「こ……これ……」
私達を椅子に座らせると、コップにお茶を注いでくれた。
「ぁ……あ……」
しかし、手が震えてしまって上手く注げていない。テーブルの上へお茶が大量に溢れてしまっている。
「ぁ……ぁ……ご、ごめんなさ……」
「だ、大丈夫だよ」
落ち着くよう言って椅子に座らせたが、未だに震え続けている。
「カイト君……そう怖がらないでくれ。私達は何もしないよ?」
座ってから話しかけると、再びビクリと震えた。
「ぅ……で、でも……」
先程から、彼は一向に目を合わせようとしない。
「でも……なんだい?」
「ぼ……僕、エアリスさんに……酷い事を……」
「……!」
やはりその事を気にしているようだ。
「なのに……何を言った……のか……思い出せなくって……」
うつむいている彼の顔から、ポタポタと水滴が落ちている。
泣いてしまったのか……。
この様子から、あの時錯乱していたという予想は当たっているようだ。
これで、あの発言は本心ではないと分かった。
子供が本心でない事を言ってしまう事は、よくある事だ。
しかし、彼はその事で自分を異常なまでに追い詰めている。きっと、過去に彼の身に起きた出来事が原因だろう。
大人の勝手な行動が原因で、子供が辛い思いをしているなど……あってはならないことだ。
一刻も早く、彼の不安を取り除かなければならない。
「カイト君。エアリスは怒ってなんていなかったぞ? 当然私達もだ」
しかし、そう伝えても彼の表情は晴れない。
私達の事を、信用しきる事が出来ていない故だろう。
そこで、せめてエアリスだけでも信用してもらおうと思い、ある事を話す事にした。
しかし……。
本当にこれは、話しても良いのだろうか?
話す直前にそう思った。
話そうとした事は、あの闘技場で選手用の入口からエアリスが入って来た理由。
実はあの時、彼を森へ逃す計画を立てていたのだ。
そして、エアリスは身代わりとして聖騎士長と対峙する事を申し出た。
当然止めたが、彼女の意思は強くその計画に移す事となった。
しかし、彼が思っていたより早く闘技場へ到着してしまった上、聖騎士長との剣闘が早く始まってしまった事で上手くいかなかった。
結果的に、最悪の事態は免れたので良かったが……。
彼の顔を見る。その顔は青ざめており、涙がボロボロと流れ落ちていた。
この子は、自分が何を言ったのか分からないのに、ここまで自分を責めるような子だ。
この事を伝えれば、更に罪悪感を感じてしまうかもしれない。
この事は伝えないほうがいいだろう。
「不安があるならちゃんと謝ればいい。そうすれば許してくれるさ」
すると彼は顔を上げた。しかし、まだその表情は晴れない。
「もしかして、謝り方が分からないのかい?」
そう質問するも、首を横に振った。
「それなら、1度私で練習してみよう」
「……ぇ……」
彼の口から小さくそう聞こえた。
分かってくれたかと思ったが、どうも様子がおかしい。
「やっぱり……怒ってる……の?」
「いや、怒ってなんていないよ?」
「……」
彼は黙ったまま、別の部屋に移動した。と思えば、すぐに戻って来る。
その手には、木製の棍棒らしきものが握られていた。
そして、それを私に手渡してきたのだ。
その時の彼の目に、光はなかった。絶望した様な表情をしている。
渡された棍棒は、彼が扱うには少し太め。
大人である私の手には、ちょうどいいくらいの大きさだが……。
それを渡した彼は、座っている私のすぐ横に立ち、目を強くつぶっている。
まるで、何かに耐えようとしている様だ。
渡された棍棒と彼を見て、何を考えているのかが分かったような気がした。
しかし、『それはあり得ない』とその考えを振り払う。
「カ、カイト君? この棒は何なんだい?」
訊くと、彼は涙を浮かべながらキョトンとした表情を見せた。
まるで、『どうしてそんなこと聞くの?』と言いたそうな表情だ。
「ぇ……それで、僕を……叩く……殴る……?」
説明を求められると思っていなかったのか、言葉の最後に疑問系がついていた。
彼の言動から、冗談や嘘をついている様には見えない。
それが当たり前だと思い込んでいるように思える。
なんて……ことだ……。
この行動は、彼が過去にどんな扱いを受けてきたのかを理解するためには、十分すぎるものだった。
棍棒を机に置き、彼の肩に両手を置いた。その際も、彼の体がビクリと震える。
できる限りの優しい声で語りかけた。
「カイト君……謝る時に、こんな事しなくて良いんだよ?」
すると彼は、またもキョトンとした表情を見せた。
「え……え……? だって……それが、1番良い……謝り方……じゃ?」
「……それは違うぞ。謝るというのは、棒で叩かれながらするものではないんだよ」
そう伝えると彼は、ゆっくりと顔を上げた。
しかし、その顔はまだ変わっていない。
そしてこう言った。
「なんで……?」
その一言で、事の重大さに改めて気づいた。
彼は幼少期から、そのような扱いを受け続けた為に、それが“普通だと思い込んでしまっている”のだ。
それに加え、過去の経験から相手の怒りの度合いを、過剰に高く想像しているのかもしれない。
むごすぎる……。
とにかく、彼に事実を教えるべきだ。
間違った知識のままでは、いつまでたっても救われる事はない。
「いいかい? “謝る”というのは相手の目を見て、気持ちを込めてするものなんだ。決して暴力はそこに存在しないんだよ」
しかし、彼の顔から不安の色はなかなか消えない。
「本当……に?」
「本当だとも。そうすれば、誰だって許してくれるさ」
彼はどうしたら良いか分からない、といった様子だ。
だが、エアリスに謝りたいという気持ちはあるように見える。
ならば、私は後押しをしよう。
「カイト君、君はエアリスに謝りたいと思っているんだよね?」
小さく頷いた。
「そうか……なら1度、戻らないか? そしてエアリスにちゃんと謝ればいい。私もついていてあげるから」
その提案に彼は、おどおどしつつも賛成した。しばらくして、領地へ出発する準備が整った。
「行こうか、カイト君」
「……」
彼は再び小さく頷いた。
彼の震える小さな手を握り、馬車を止めてある場所へ向かう。
しかし、以前のように、一軒家が収納される事は無かった。
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