第38話 神様(仮)に説得された



「実は君の“精神年齢”がほんのちょっとだけ、幼児退行しているんだ。まぁ、親に甘えたがったり、甘味を好んだりな。あとは、言葉使いが幼くなったり」

「……えぇ!?」


 聞いてない!  


「……と言っても、『今は』なのだが」

「……どういう事?」

「今の君の人格は、ほとんど元の君の人格なんだよ」


 つまり……俺は元々、子供っぽいって事?


「……うそだぁ」

「いや、本当だ」

「でっでもさ、俺って中身は大人でしょ? ほら、1度目と2度目の人生を足したら……」

「言いたい事は分かるが、年齢とはそう数えるものではない。そもそも、2度目の人生ではほとんど精神的成長は見られなかったな」


 奴隷になって、なにも考えないようにしてたから?


「あと、自覚はないと思うが、1度目の人生ですら君は上手く話せていなかったぞ」

「そ、そうだっけ……」

「だから、人と対面した時の言葉のたどたどしさは、仕方のない事さ」


 全く記憶に無い。でも、思い返してみたら1度目の人生もほとんど喋らなかったっけ……?


「……まぁいいや。それより、さっき幼児退行で親に甘えたがるって言ったけど、エアリスさんは親じゃないよね?」

「そうだな……」


 テイルは少し悲しそうな表情を見せた。


「君は過去に“親に甘えた”ことがないだろう? だから君は今、とあるものが限界に近い状態で不足しているんだ」

「とあるものって?」

「“親の愛情”だよ」


 そ、そうなのか……? あまり実感は無いけど……。


「実感がないのも仕方がないさ。意識して欲したことが、君には無いのだから」


 あの父親に甘えたいなんて、恐ろしくて考えたことも無い。

 母親なんて、物心ついた頃に出て行ったから顔すら覚えていないし……2度目の人生なんて親すらいなかった。


「君が思っている以上に、子供にとって“親の愛情”は重要な物なのだよ」

「そ、そうなの……?」


 “親の愛情”か……考えた事もなかったな。


「そういえば、私が君をこの世界に送る前の話を覚えているか?」

「うん、覚えてるよ。……多分、この流れだと“君は貴族として生まれて……”の辺りでしょ?」

「そうだ。以前に君が考えた通り、グローラット家は、本来君の親となるはずだった貴族だ」


 やっぱり……。


「だが、君が森の生活を求めたために、彼女の腹にあった体は宿す魂が無くなり空の状態……つまり遺体として産まれてしまったのだ」

「そ、そんな……」


 という事は、俺のせいでエアリスさんは……。


 するとテイルは俺の両肩に手を置いた。


「思い詰めないでくれ、君は悪い事をしたわけではない。君は1度、私のせいで人生を奪われた。だから、望む人生を歩む権利が君にはあったのだ。彼女に辛い思いをさせた責任は、私にある」

「……」

「なぁカイトよ。もう1度、彼女の元へ帰らないか? “親の愛情”と言うのは君が思っている以上に君に必要なものなんだ」


 俺の両肩をつかんでいる手に力が入った。


「彼女が君に向けている愛は本物なんだ」

「そう……なの?」

「彼女と一緒にいる時、心が安らいだだろう?」


 確かに彼女と一緒にいる時は、不思議と安心して人恐怖症も耐える事が出来た。

 それと、何か関係が?


「それは彼女の君に対する思いに、君自身が反応しているからなんだ」

「……」


 今まで考えた事も、感じた事もないものを欲してるなんて……。


「戸惑うのも分かる。だが彼女の元へ戻れば、きっと君も分かるはずだ」

「……」


 俺だって……。


「でも……戻っても……許してくれないよ」

「許してくれるさ。不安なら、ちゃんと謝ればいい」


 ”謝る”……でも今まで、謝ったところで状況が変わった事ないし……本当に大丈夫なのか?


 そもそも……“謝る”って意味のある行為なの?


「君の経験上そう思うのも仕方がないだろう。だが、それは君の環境が特殊だっただけで、意味のある行為なのだぞ?」

「……本当?」

「勿論だ。君の常識はだいぶズレているんだ。……だが、そう言った常識のズレっぷりは、君の孤児設定に見合うかもしれないな」

「な、なんだよそれ……」


 冗談交じりで言うテイルに、苦笑いで応える。


「そのズレを直すにも、彼女達との生活は重要だ。カイトよ、どうだ?」

「わ、分かった……」


 若干押し負けたみたいに小さくそう答えると、テイルは笑顔を見せた。


「ありがとうカイト! なんか加護追加しといてやるからな!」

「う、うん……」


 テイルの調子の変わりっぷりの勢いに少し後ずさった時、体が軽くなった気がした。


 これはまさか……。


「すまぬなカイト! 時間切れだ! これ以上は君をここに留められん!」

「え……えぇ!? 急過ぎない!?」


こ、こう言うのって事前に『そろそろ時間だ』みたいな事を、事前に言われるんじゃないの!?


 そう思っている間にもどんどん体は薄くなっていく。前より明らかにスピードが速い。


「すまない。結構頑張って引き止めたんだがこれ以上は君の身に悪影響がある」

「えぇ……」


 そんな危険な状態だったのか。

 でも、まだ聞きたいことが色々あったんだけどな……。


「ね、ねぇ……謝り方とか聞きたかったんだけど」


 するとテイルは親指を立て、笑顔を見せた。


「大丈夫だ。君なら出来る」

「ほ、本当……?」


 なんか、時間が無いから適当に返された気がする。


「君は自分の欲にもっと正直に、そして忠実でいいんだ」

「……」


 そこで光に包まれ何も見えなくなってしまった。


 目を覚ますと、昨日寝た岩山の上にいた。

 全く場所が変わっていないので、やはり魂を呼び寄せた的な感じなのだろうか。


 にしても……。


「ちょっと急すぎる……」


 終わる時はもう少し丁寧にして欲しい……。


「……」


 それ以上は何も言わず、家に帰った。終わった事はもういい。大事なのはこれからだ。


 テイルとはエアリスさんの家に戻ると約束してしまった以上、戻る策を練らなければならない。


 だけど、どうすればいい? 謝るって言ったって……。


 これまで、俺が謝った時の状況を思い出してみる。


 ダメだ。どれも親とか奴隷商人とかに殴られたり、蹴られたりしながら謝ってる。

 ……なんか、思い返して自分が可哀想になってきた。


 しかし、それらの記憶に共通点を見つけることが出来た。

 それは、いずれも許されたその時に必ず暴力がある事。


「……ぁ」


 もしかして、“謝る”って暴力を振られながらするのが1番効果あるのかな?


 もう1度、過去の状況を思い出す。


「……やっぱりそうだ」


 “謝る”という行為は、暴力を受けている時が1番効果があるんだ。

 それに思い出してみれば、何か道具を使われた時は、許されるのが早かった気がする。


 という事は……俺、エアリスさん達に殴られるのか……。


 そう考えると体が震えてきた。


 いざその時になったら、人恐怖症の効果も相まって泣いてしまうかもしれない。


 でも、許してもらうにはそれしか無いのだから仕方がないな。覚悟を決めよう。



 昼になった。


 しかし、まだ出発できずにいる。

 だって、実際に会うとなったら……。


 ……本当にどうしよう。


 今まで、誰かを怒らせたらその場で許されるまで“謝っていた”。

 “謝りに行く”なんてした事ないから分からない。


 どうすればいいんだろ。泣きながら行けばいいのかな……。


 そんな事を悩んでいると、家の外から足音が聞こえてきた。


 ……足音?


 次第に音は大きくなって来る。足音は4人分だ。


「……ぁ……」


 尋常じゃない速さで血の気が引いていった。

 誰がここに向かってきているのかを、悟ったからだ。


 ドアがノックされた音が耳に届く。


「ひっ……!?」


 おかしくなってしまいそうなほど、心臓が大きく早く鼓動する。


「はっ……はっ……」


 何とかドアまで移動し、ゆっくり開けた。


「カイト君……久しぶりだね」


 そこに居たのは、グレイスさんと護衛の3人だった。

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