第36話 5年ぶりの再会
ついこの前まで当たり前だった人の声は、全く聞こえない。
代わりに聞こえてくるのは鳥の鳴き声や、風が木々の隙間に吹いて揺れた葉が出す音。そして遠くからは滝が流れ落ちる音も聞こえて来る。
ここは俺が5年過ごした森の湖のほとりだ。あの家から飛び出し、もう数日たっている。
かつて住んでいた一軒家を同じ場所に配置して、そこで同じ暮らしを始めた。
「……」
今までの事は全て忘れて、ここでまた1人で生きていく。
……そのつもりなのだが、どうしてもエアリスさん達とあの生活が頭から離れない。
そして、それを思い出すと同時に必ず思い出すことがある。
それは、家を飛び出しす直前にエアリスさんに言い放った言葉。
「俺……なんて言ったんだろ……?」
俺は、その言葉を未だ思い出せずにいた。自分が言い放ったことを思い出せないなんて……本当に情けない。
しかし、その時のエアリスさんの表情から、きっと酷いことを言ってしまったのだろう。
過去に、自分へ暴言を吐いていた人物は大勢いた。
俺は、そいつらと同じことをしてしまったのだ。
「う……ぐすっ……」
そう思うと、自分が情けなくて、憎くて……涙が止まらない。
自分を苦しめていたことと、同じことをしてしまった。それも、自分のことを大切にしてくれていた人に。
ここへ来てから数日間、ずっとそんな後悔と自分への怒りに苦しんでいた。
夜。
今日も空には雲ひとつなく、満月ではないが月が2つ浮かんでいる。いや、月っぽい星か。
滝がある岩山の頂上に寝転んで、ぼーっとしながらその2つの星を見ていた。
「エアリスさんと……話した時もここに来たっけ」
思い返せば、彼女に同行を提案された時もここに来て考えたっけ。
「……っ」
頭を振ってその事を振り払う。
「もうあの生活に戻れないのは、分かってる……」
あの生活はとても楽しかった。 最初は暇つぶしばかりだったけど。
今までに無い経験だったのもあり、純粋にあの生活は好きだった。
自分が後悔している事くらい分かる。
あの時、もう少し冷静になれば……こんな思いはしないで済んだのかもしれない。
「こんな気持ちになったの……初めて……」
これまでの人生、後悔なんてした事がなかった。後悔しても、意味が無いと分かっていたから。
胸に穴が空きそうな感覚。
この森で、5年過ごす中で感じていた心細いような、誰かに会いたいような。そんな感情……。
その理解することの出来なかった……忘れていた感情の正体も、今ならはっきり分かる。
「寂しい……」
そう呟き、今日はそのまま岩山の頂上で眠った。
気がつくと真っ白な空間にいた。見渡しても地平線は見えない。
体は軽く、ふわふわとしている。
この感覚は……。
「カイト! 久しぶりだな!」
声のした方に振り向くと、俺にとって初めてかつ唯一の友人、テイルが立っていた。
「テイル!」
「ああ、少し時間が出来たから久しぶりにお前を呼び出してみたんだ。随分と成長したな」
彼は俺の体をまじまじと見てきた。
「……5年ぶりだね、テイル」
「ん? ああ、もう5年たったのか」
「テイルの世界だと違うの?」
もしかして、“長命な生物は時間の感覚が遅い”的なやつかな?
「そっちで5年だと……こちらでは4年半くらいだな」
「ほとんど変わんないじゃん!」
「……いや、本当は同じだ」
「……」
少し変な空気が流れたが、2人で笑い合って5年間の積もる話で談笑した。
俺からは森での生活の出来事、テイルは他の神(仮)の失敗談を……それ言って大丈夫なのかな?
話しているうち、いつの間にか話題は俺のスキルの事になっていた。
聞くと、どれも珍しいスキルで、特に“身体強化や身体操作”は前例がないらしい。
前例が無い、か。前例がないと言えば……。
「ねぇテイル、この世界に来た時にもらったスキルで人恐怖症っていうのがあるよね?」
「ん? あ……ああ確かにあるな。すまない」
テイルがぎくりと震えた。あと先に謝られた。
彼は初期スキルは1度目と2度目の人生の記憶を元に、作られると言っていた。
だとすれば、人恐怖症は場違いとも言い切れないが、別に俺は人を怖いなんて思った事はない。
「あれって何であるの? 別に、人が怖いなんて思った事ないけど」
すると、テイルは少し考えた後答えた。
「少し長くなる上に、君の心の傷にも触れてしまうかもしれないが……それでもいいか?」
「う……うん」
すると、テイルは少しためらいながらも話し始めた。
「生物と言うのはだな。本能的に自分が恐れる相手に自ら近寄ることはない。例えば、草食の動物が肉食の動物に近づくことはないだろう?」
「……そうだね」
「君の“人恐怖症”も同じなんだ。2度の人生で君は多くの苦しみを与えられた。その苦しみを与えていた相手で、共通するのは『人』であること。自覚はないと思うが、君は『人』に対して恐怖心を抱いていた……つまりそのスキルは、自覚していなかった君の心の病が文字として起こされたものなんだ」
……ってことは……俺は、元々『人』が怖かったってこと……?
「で、でも……前の人生じゃ、人が怖いなんて思ったことないよ?」
「……いや、君はずっと人へ恐怖心を感じていた。しかし、それに気がついていなかっただけなんだ」
「え……?」
「1度目と2度目の人生では、君は常に怯えて生きていた。それ故に、“怯えることが日常と化して”しまったんだよ」
ど、どう言うこと?
「つまりだな。君は恐怖を感じている時の心境を、“普通”だと錯覚していたということだ」
「ぇ……で、でもさ、この世界に来てから急に自覚し始めて……」
「君はこの世界に来て5年間、人恐怖症と無縁の日々をすごした。5年もの間、恐怖を感じなければ、体というのはその感覚を忘れる。そしてこの世界で再び人と対面した時、初めて恐怖心を抱いたように感じたんだ」
……という事は、やっぱり俺は元々人が怖かったんだ……。
「すまないが、そう言うことになる……」
「そっか……」
突然知らされた、自覚の無い心の病。それは、理解しがたいものだった。
でも……。
「今は耐性スキルがあるから……別にいいや」
「そうか……いや、そうだな。なんとかなっているのだから、無理に考える必要もない」
現状で抑えられているのだから、大丈夫だろう。
「そういえば、君の能力には私の加護の影響も出ているぞ」
「加護?」
加護ってあれ? “神の神力に当てられて……”ってやつ?
「普通ならば“魔術や魔法の技術が上がる”とかなのだが、なんせ君は直接会うどころか、私に触れたり友人という関係まで持っているだろ?」
「……そうだね」
「それ故に、普通よりも加護を与えるための基盤が頑丈に作られてな。より多くの加護を与えられたんだ。魔力値が桁違いなのも、それが原因だな」
なるほど、そうだったんだ。
「……どんな加護をくれたの?」
「そうだな。まずは“言語理解”だ。意味のある言葉ならば全て理解出来る」
「……それがなかったら、ろくに意思疎通も出来なかったんだね。でも文字は読めなかったよ」
「ほう、では“言語解読”もおまけしといてあげよう」
そう言ってテイルは指で何かを操作し始めた。こちらからは何も見えない。
「スキル関係で、“特殊スキル獲得率上昇”があるな」
「どういう効果?」
「特殊なスキルを少しの経験で獲得できるようになる。身体強化と身体操作はこれの影響の可能性がある」
なるほど、“特殊スキル”か。それなら、明らかに魔法レベルのことが出来るそれらのスキルも、納得出来なくは無いかな……?
そういえば、この話からは関係はないけど、人恐怖症だって一応スキルに表示されてたな……。
「……スキルって、必ずしも良いものとは限らないんだね」
「ああ、その通りだな。それと、最後に“賢者”だ。即その場で、魔術や魔法を習得できる」
「賢者か……って、ああ!」
賢者の効果を聞いて、テイルにあったら問い詰めようと思っていた事を思い出した。
「テイル! あの時“賢者”って平均値の魔術と魔法しか、習得できないって言ってたよね!? 平均どころか最強だったんだけど!」
「あー……」
問い詰めるとテイルは頰を掻き、答えた。
「すまんミスった!」
まるで「てへ☆」とでも言うかのような顔だ。
「すまんな。魔術や魔法のレベルは、魔力量に左右されやすいのをすっかり忘れていた。君の魔力量じゃあ、そりゃあLv5にもなる」
「えぇ……」
言い返そうとする。しかし……。
「……ぁ」
ふと、ある事を思い出した。
俺はテイルの加護を受けたと言う聖騎士長を手に掛けたのだ。
あいつは最低の人間だったが、もしかするとテイルには何か考えがあって加護を与えたのかも知れない。
恐る恐る、それを聞いてみた。
「ね、ねぇテイル……実は俺、テイルの加護を受けてた聖騎士長と戦ったんだけど……」
「ん? ああ、確かそうだったな」
固唾を飲み込む。
「もしかして、何か考えがあってあいつに加護を与えたの?」
すると彼は、手を高速で横に振った。
「いやいやいやいや、冗談はよしてくれ、そんなのあり得ないだろう。神に誓って無い」
「……あれ?」
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