第29話 胸糞展開だから本気出す
エアリスさんとグレイスさんが、衛兵に連れていかれてしまった。
俺は何も出来なかった。ただ怖かったのだ。
久々に人に対してこんなに恐怖心を感じた……。
その夜、エアリスさんのいない部屋でティカさんと2人きりになった。
「ごめんなさい……僕の、せいで……」
この状況は気まづいどころの話ではない。今すぐにでも逃げ出したい気分だ。
だが、そんな事も出来るはずがなく、俺は謝ることしかできない。
しかし、彼女は首を横に振った。
「カイト様。私はカイト様がそう仰られた時、こう伝えるようエアリス様に申しつけられました」
「エア……リスさんが……?」
「“カイト君のせいではない、だから思いつめないで“……との事です」
「……」
俺はうつむき、黙り込んだ。
「そ、それに、絶対あの御二方は無事に帰ってきますよ」
そう励まされて少し気が楽になるが、そうはならないと思う。
これは明らかに、誰かが俺を奪うために仕向けた事だ。そうなれば、裁判とかでありもしない事を言われるのがオチ。
決心し、拳を握りしめた。
どこの世界にも汚い大人はいるのだ。尋常じゃない程、胸糞悪い。
だが、そんな奴らとは違って、エアリスさん達のように良い人もいる。
今までの俺なら、面倒ごとからは逃げようとしただろう。だが、今は逃げようとは思わない。
俺に喧嘩を売った奴らを後悔させてやる。
それのためなら……何より2人を助ける為なら、能力の出し惜しみなんてしない。
……行動は早い方がいい。
「ティカさん……この、裁判……いつ?」
「裁判……ですか?確か……1週間後と聞きました」
「ありがと……」
タイムリミットは1週間。
その間に必要な情報と“ネタ”を用意しなければならない。
まずやらなければならない事は……。
ティカさんの袖を引っ張る。
「ティカさん、僕に……」
ーsideエアリス
遂に1週間たった。
夫の健闘むなしく、私達は裁判に掛けられる事になってしまった。
衛兵に連れられ法廷に入り、そのまま被告側の席に座らされる。
原告側の席には3人座っていた。
1人目は、カイト君を引き渡すよう要求してきた、王都に近い領地の伯爵夫人。
自分の欲に忠実な事で有名だ。
カイト君を奪われれば、権力に利用される事は目に見えている。
2人目は王国騎士団の2番隊隊長。
自分の隊を強化する事に取り憑かれた男と聞いたことがある。
3人目はなんと、あの時水晶の部屋にいた男性の聖職者だ。カイト君を神官にするつもりか。
裁判官が裁判を始める宣言をした。
すると、なぜか伯爵夫人が罪状を読み始める。
「そこにいる2人は森で出会った孤児を、無理やり連れ出した誘拐の罪があります。そしてその子供の能力を知り、自らの私欲に利用しようとしたのです」
ありもしない事を言っている伯爵夫人を睨みつけるが、鼻で笑われてしまった。
おかしいと思い、裁判官へ目を向ける。彼らはは全く反応しない。
やはり、この裁判は裏があるようだ。
「ですので、その孤児の保護を最優先で行うべきです。その役目はわたくしが引き受けましょう」
すると他の2人が、ちょっと待てと言わんばかりに立ち上がった。
「いえいえ、その孤児はとても優れた力を持っているはず、ならばこの国を守るため、是非とも我が隊に入っていただきます」
「カイト氏は史上初の、10段階以上の御加護をお受けした身。民の希望となる存在になれるよう教会で引き取りましょう」
この人達、自分勝手な事ばかり……やはりこの裁判は彼の為にも踏ん張らなければいけない。
「では、被告人の発言を許可する」
裁判長がそう言うと3人は口を閉じた。グレイスが立ち上がる。
「私達は決して誘拐などしていません。彼の合意の上で保護しました」
すると、またも原告側から鼻で笑ったような音がした。
見るとまたも伯爵夫人が紙を持っている。
「彼の合意の上? ハッ、ならなぜこの報告書には、その孤児は常に怯えている様子だったと書かれているのかしら?」
普通、片方が話している間、もう片方は発言できないことになっているはず。
だが、裁判官も裁判長も何も口出ししてこなかった。
「それは、彼の特殊なスキルの影響です。それも考慮した上での合意です」
「スキル? 話になりませんわね。どうせ、その合意も無理矢理させたのでしょう?」
すると伯爵夫人は裁判長に顔を向けた。
「裁判長、さっさとこの罪人どもに判決を」
「……判決を言い渡す」
「っ!?」
「なっ!? いくらなんでも早すぎる!」
グレイスがそう指摘すると伯爵夫人が立ち上がり怒鳴った。
「黙りなさい! 罪人は黙って裁かれてればいいのよ! ほら! 裁判長!」
「……被告人を有罪とする」
裁判長は完全に言いなりだ。
もうダメね。どうにもならない……。
これ程酷い裁判は初めてだ。
確実に裁判長は買収されているだろう。こちらはもう手出しが出来ない。
こんな事になるのならば、元々巻き込まないよう、カイト君は森にいた方が幸せだったかも知れない。
もしかすると、もう見かねて森へ帰ったかも。こうなってしまったら、彼にとってはその方が良い。
でも、もしまだ家に留まっているのなら、彼を森へ返す前もう一度だけ……あの小さな頭を撫でたい……。
そう考えた時だった。
突然法廷の扉が勢い良く開いた。法廷の全員の視線がそちらを向く。
そこから入って来たのは、見慣れた黒髪黒目の少年だった。
カイト君だ。その後ろにはティカの姿がある。
彼は足早に法廷のど真ん中の位置に移動し、立ち止まった。
「カ、カイト君……?」
名前を呟くと、彼はこちらへ目を向けた。
しかし、すぐに裁判官の方へ向き直す。
そして。
「みっ皆さん、僕はカイトです。はじめまして……孤児だった子供、です」
とても驚いた。
片言しか話せなかった彼が、片言ではない言葉を話し始めたからだ。
まだ一つ一つ短い文にまとめていて、完璧とは言い難いが明らかに以前よりも上達している。
それも、大勢の前でだ。
「この……裁判。参加、します」
ついこの間まで、手を繋がなければ恐怖で震えていた彼とは到底思えなかった。
「エアリス様、グレイス様」
背後から小声で名前を呼ばれた。
振り向くと、そこにはティカが身を低くして居た。
「ティカ!?」
「これはどういう事だ!?」
「エアリス様、グレイス様。お気持ちは分かりますが、まずはカイト様からの伝言をお伝えします。“あとは任せて下さい”との事です」
そう言うとティカは、大勢の前に立つ彼を見て続けた。
「カイト様はこの1週間、お2人の身の潔白を証明するために行動されていました」
私達のために……?
「それは本当なのか? 彼はエアリスと一緒で無ければ……」
「はい。私も驚いたのですが、お2人の事を伝えたその瞬間から、カイト様は行動へ移されました」
「……それには、あなたも協力したの?」
ティカは首を横に振った。
「……私が関わったのは、カイト様が集めた資料の翻訳。それと言葉を話す練習のみです」
「言葉を話す練習……」
すると、彼女の表情が難しいものへ変わった。
「その練習に費やしたのは、たったの一晩です」
「え!?」
「なに!?」
「カイト様は、たった一晩であれ程までに話せるようになりました。そして、『これだけ話せれば十分』と……」
片言しか話せない人が、たった一晩であれ程までに話せるようになるだろうか?
“言葉”と言うものは、身近で、これが無ければ生きるのは困難になる程、あって当たり前なものだ。
しかし、“言葉を覚える”事程、難しい事は無い。
例え話だが、人が全く知らない言語を完璧に覚えるためには、数年かかると言われている。
それ程までに“言葉”とは、複雑な物なのだ。
しかし、片言しか話せなかった彼が、たった一晩であれ程までに話せるようになったのだ。
それも、9歳と言う幼い子供の身で。
常識とはかけ離れた早さだ。
「……」
「エアリス様、グレイス様、どうかカイト様を気味悪がらないでくださいませ……」
「思うはずが無い」
「そんな事思うはず無いわ……」
大勢の前に立つ彼へ目を向ける。
「カイト君……」
今こうしている間も、きっと彼は恐怖を感じているはずだ。
だが、それに負ける事なく、自分達のために行動してくれていると言う事実。
心の底から嬉しかった。
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