第27話 嬉しい出来事



 街中に入り、大きな道に出た。


 左右には様々な家や店が建ち並んでいる。

 街並みはやはり、異世界系のラノベでよく見た、中世ヨーロッパ風だ。


 ここに来た時とは全く見え方が違うな。


 窓から街を見ていた時はただ、ひたすらに怖かった。周りには、化け物しかいないように感じていた。


 だが、今はそうは感じない。


 当たり前の事だが、周りにいるのはただの人だ。化け物ではない。


 多少の緊張や恐怖心はある。と言っても、歯を食いしばれば耐られる程度だ。そんなの1度目と2度目の人生でよくあった事、全然問題ない。


 それもこれも、付き合ってくれたエアリスさんと、恐怖耐性のおかげだな。


「どう? 怖くない?」

「うん……少し……でも、大丈夫」


 エアリスさんにもそのことを伝え、手を繋いだまま本格的に散策が始まった。


 色々な露店や店に入ったりして、無理のない範囲で“人”に慣れる。


 ちなみにエアリスさんは、いつもの格好ではすぐにバレるので変装している。

 大きな帽子に眼鏡、平民からしたらちょっとお高めの服。これが意外とバレない。


 お昼の時間になった。


「カイト君。何か食べたいものはない? 何でもいいよ」


 何でもいい、か……別に俺も何でもいいけどな。

 そういえば、久しぶりに空腹を感じる。歩いて運動したからか。無理もない。


「えっと……1番……近い、お店……」

「分かったわ。それじゃあ、あそこに入ろうね」


 そう言って彼女が指差した方にあったのは、喫茶店の様な小さめの店だった。

 高級店とか酒場みたいなところじゃなくて良かった。


「それじゃあ、行きましょうか」


 その店へ向かって、歩き始めた時だった。


「きゃっ!?」


 突然後ろから細身の男がエアリスさんとぶつかり、そのまま走り去っていった。


 これは……。


「っ! そこの男、待ちなさい!」


 エアリスさんが咄嗟に叫ぶが、その時にはすでに男の姿はなかった。


「ねぇ……大丈夫? ……怪我は?」


 彼女の手をクイックイッと引っ張る。


「……ありがとう、怪我はないわ。大丈夫よ。……でも、ごめんね、お財布を盗られちゃった」


 やっぱりスリだったか。


「1度お家に帰りましょう。別の財布を持ってこないと」


 そう言って帰ろうとした彼女を引き止める。


「帰る、必要ない……これ」


 握っている手に、彼女の財布を渡した。


「……え? はっ……え!?」


 エアリスさんは困惑している。それも当然だろう。

 スリに財布を盗られたと思ったら、隣にいる俺がその財布を渡してきたのだから。


 いつ俺が財布を取り返したのかというと、簡単な話だ。

 スリの男ごと、財布を“収納部屋”に収納し、そこから財布だけ取り出しただけだ。


 男の姿が見えなくなったのも、男が逃げおおせた訳ではなく俺が収納した事によって、物理的に消えたのだ。



 “収納部屋”で物を収納できる範囲は、俺を中心に半径30メートルの円状の範囲。

 その範囲中なら、大きさ問わずに自由に出し入れできる。


その事をエアリスさんに説明した。


「さ……流石カイト君。取り返してくれて、ありがとう」

「うん……」


 こうして無事に、喫茶店へ入ることができた。


 ちなみにスリの男は、路地裏に見えた生ゴミ捨て場に、ちょぉーーとだけ勢いをつけてぶち込んでおきました。



 喫茶店のような店に入った。中はお洒落に飾り付けしてある。


 喫茶店ってこういう感じなのか。初めて来た。


 席に座ると女性の店員が駆け寄って来た。声がハキハキしていて元気そうな印象を受ける。


「いらっしゃいませ! こちらメニューになります! ご注文を決めましたらお呼びください!」


 そう言って女性は文字が書いてある“木の板”を手渡して来た。


 やっぱり、中世ヨーロッパくらいの時代は紙が貴重なのかな。


 文字は読めないのでエアリスさんに読んでもらい、サンドイッチを選んだ。エアリスさんも同じ物を頼むらしい。


 注文すると、すぐに料理が出てきた。サンドイッチだからあまり時間がかからなかったのだろう。

 ごく普通のサンドイッチだ。野菜と肉がいい感じに合わさって美味しい。


 そして支払いをして店を出る時、女性店員が見送りに来た。随分と丁寧な店だな。


 女性店員が俺の事をちらりと見て一言。


「可愛らしいお子様ですね! ぜひまた立ち寄ってください!」


 その言葉が理解できず、少しの間ぽかんとしていた。


 もしかして、俺の事を言った? ……今の俺は、エアリスさんの息子に見えるの?


 手を繋いでいるエアリスさんを見上げる。


 考えもしなかった……。


 俺が息子なら、エアリスさんは母親……。エアリスさんが母親……お母さんか……。


「ふふ、どうしたの? カイト君。嬉しそうな顔をしているわよ?」

「へ……え、あ!」


 いつのまにか笑顔になってしまってたらしい。


 は、恥ずかしい……。


 咄嗟に顔を背け、彼女の手を握っていない方の手で顔を隠す。


「ご……ごめんなさい……」

「あら、どうして謝るの?」

「ぇ……わっ……」


 そう言うと彼女は俺を抱き上げた。そして、目を合わせて笑顔を見せる。


「私はあなたのお母さんの様に見てもらえて、とても嬉しかったわ。それにね?」


 そして、彼女は俺の事を抱きしめた。


「あなたもそう思ってくれたのなら、もっと嬉しいのよ?」

「……!」


 彼女は俺のことを大事にしてくれている。それに、俺が息子だったら嬉しいとまで言ってくれた。


 ……なんだろ……これ、嬉しいのかな……?


 胸のあたりがほんのりと、暖かくなったように感じた。


 この後、突然眠気に襲われたため、家へ帰った。慣れない環境に長時間いたため、思ったより疲労が激しかったのだろう。


 帰る最中、エアリスさんに抱き上げられたまま寝てしまったらしい。


 しかし……これじゃあ本当の子供みたいだ。前の俺は、こんな感じではなかったはずだけど……。


 俺の幼児退行は、人恐怖症以上に深刻かもしれない。

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