第26話 人恐怖症を克服したい


 

 エアリスさんはすぐに部屋に戻ってきた。


 その手に夕食を2人分持っていて、それをテーブルの上に置く。


 やっぱり始めて見る料理だ。

 魚料理かな? 森では見たことのない魚だ。


 まじまじと料理を観察していると、エアリスさんが悲しそうな表情をしていることに気づいた。


 行儀が悪かったか?


 すぐに観察をやめて食べ始める。するとエアリスさんの食事の手が止まった。


「ねぇカイト君、ちょっと聞いてもいいかな?」

「……う、うん……?」


 なんだろ、またポーション関係かな?


「カイト君は、今の生活をどう思ってる?」


 だが、聞かれた内容はポーションのことではなかった。


 ……急にどうしてそんな事を? どう思ってるって……別に良くしてくれて、ありがたいと思ってる。ただ暇なだけで。


「良い……と思う……」

「そっか……」


 そう答えると、彼女は少しホッとしたような様子を見せた。


「それなら、何かしてみたい事とかは無いかな?」


 してみたい事か……特にはないけど、暇潰しさえ出来れば良い。


 とは言え、ずっとこんな生活をしているわけにもいかないのは事実。

 こう言ってくれてるんだし、そろそろ行動に移さないとな。


「1つ……ある」

「……! 何がしたいの? 遠慮せず言ってね!」


 答えると、彼女は食い気味に聞き返してきた。


 俺が今やりたい事……。


「人恐怖症……」

「……」


 今こんなに暇なのは、人恐怖症のせいだ。別に俺自体はそんな風に思ってないのに。

 これのせいで暇を持て余していると言っても、過言では無い。


 即急に解決するべき事案だ。


「この前……初めて、効果知った。ずっと怖いの、やだ……治したい……」

「……そっか」


 エアリスさんは浮かない顔だ。


 無理もないだろう。そんなこと言われても解決策なんて分かりっこないのだから。


 だが、俺はちゃんと策を考えておいた。


「だから……街、連れて行って……」

「……!」


 街に行けば、大勢の人が近くにいる状態が続く。そうすれば、いやでも恐怖に慣れていくかもしれない。


 恐怖心を克服するには、慣れてしまう事が手っ取り早い。まぁ、スキルがそれで克服できるのかは知らないけど。


「……ダメ?」

「……いえ、もちろんダメじゃないわ。でも、大丈夫なの?」


 エアリスさんの不安も当然だろう。

 だが、ここで1つ、勘違いされたくないことがある。


 それは、“人が怖い”というのは、あくまでスキルの効果であり、俺自身は人に対して全くそんな感情を抱いていないということだ。


 そのことを伝えると、少し驚いたような顔をされた。


 やっぱり誤解されてたか。


「そっか……そうだったのね。ごめんね、少し勘違いしてたわ。……それならどうする? 明日から頑張ってみる?」

「うん……でも……きっと、迷惑……かかる。もし迷惑、なら……」

「そんなことないわ!」

「……ぇ?」


 今の俺が人前に出たら、どうなるかなど想像するまでもない。


 もし、街中で以前のような事になれば、迷惑をかけてしまうのは明白だった。

 だが、彼女にそれを否定された。


「迷惑だなんて、全然思わないわよ。それにね、苦手なことを克服したいって思う事はとても素晴らしいことよ?」


 そう言って俺の頭を撫でてきた。


「あ……ありがと……」

「いいえ、話してくれて嬉しいわ。ありがとう」


 この後は、明日からの予定について話し合った。

 人通りの少ない朝か夕方に外へ出ることが決まり、これのためにエアリスさんは仕事を後回しにしてくれると言っていた。


 本当に有難い。


「……」


 やっと、この面倒くさいスキルから解放されるかもしれないと思うと、嬉しくなってくる。


 さっさと克服して、暇な引きこもり生活とおさらばしよう。



 ……と、思っていた時期が俺にもありました。



 1日目。

 この日は、玄関に向かっている途中でメイド数名と曲がり角で出くわし、腰を抜かしてそのまま気絶。



 2日目。

 昨日の反省を生かし、曲がり角には注意したがものの、真横の扉から執事が出てきて腰を抜かしてそのまま気絶。



 3日目。

 今日は誰とも会わずに門まで行ったが、門番に声をかけられ、びびって動けなくなり断念。



 ……7日目。

 またしても数名のメイドに腰を抜かして気絶。



 ……全っ然、進まないな!!


 本当に、驚く程進展がない。

 領主邸からまだ一歩も出られてないし。あのメイドトラップ(突然出くわす数人のメイド)どうにかならないかな。


 しかし、9日目にてついに進展があった。



 9日目。

 今日もメイドトラップに出くわすも、気絶はしなかった。

 だが、過呼吸気味になり大事をとって中断。

 何故耐えられたのかは、その日の夜に何気にステータスを確認して判明した。



 『耐性スキル 恐怖耐性 Lv1』



 なんと新しいスキルを獲得したのだ。

 これは名前の通り、恐怖心に対して耐性を得られるものの様だ。

 これのおかげで不思議と恐怖を耐えられるようになった。


 これは勝った!


 これからも続けていけば、スキルレベルが上がって人恐怖症にも、対抗できるかもしれない。


 それからはあえて恐怖心を感じられるようメイドや執事など、家の人達と会うようにした。


 基本的には自己紹介だ。


 数人なら、Lv1の恐怖耐性でギリギリ耐えられる。

 そのギリギリを攻めていけば、恐怖耐性も上がるはずだ。


 あと『あの子は誰だ』みたいな事になっていたらしいので、ちょうどやりたいと思っていたのだ。



 恐怖耐性のレベル上げを始めて数週間たった。精神的疲労が激しく、1日中寝込む日もあったが……。



 耐性スキル 恐怖耐性 Lv3



 頑張った甲斐があり、レベルは3まで上がっていた。

 この耐性スキルのおかげで、初めて会う人でも小人数なら、同時でも平常心を保てるようになった。


 この知らせを受け、みんな喜んでくれた。特にエアリスさんはとても喜んでくれた。


 というか、この期間中に気がついたのだが、人恐怖症による恐怖心の度合いは、“人数”で決まるようだ。


 今更気がついたところで、あまり意味はないか……。



 また街へ向かう事になった。今度は門番の声かけにも耐える事ができた。

 門がゆっくりと開く、


 あの部屋からここまで来るのに、何日かけてんだよ、ほんとに……。


 外に出るに当たって、当然エアリスさんと一緒だ。手を繋いで開いた門の前に立つ。


「遂にここまで来たわね。でも、無理だけはしないで。何かあったらすぐに帰ろうね」


 エアリスさんは相変わらず心配そうだ。


「大丈夫……」


 俺はそう答えたが、正直緊張している。不安も感じている。


 するとエアリスさんが、俺の手を握っている手に力を入れた。


「きっと大丈夫よ。今までカイト君はとっても頑張ってきたじゃない」


 少しだが、その励ましで勇気が出てきた。

 エアリスさんに笑顔で返事をして、ゆっくりと歩き出す。



 初めて異世界の街を見て回る。



 そう思うと不安や緊張の中に、かすかに好奇心が生まれたような気がした。



 ……ていうか思ったんだけど、この数週間のうちに言葉の練習もしておいた方が良かったかな……?

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