第20話 カイトについて

ーsideエアリス


「あの子は寝たか? 怖がっている様子は?」


 部屋に入るなり、グレイスにそう聞かれた。


「ええ、近くに人はいないって教えたら、すぐ眠ってくれたわ」


 カイト君は今ここから、数部屋離れた部屋で眠っている。


 今この宿には、カイト君、私、グレイス、護衛の3人の、合計6人しか泊まっていない。

 普段であれば、もっと街の中心にある宿に泊まる。だが、今回はカイト君が怖がらないよう人が少ないことを最優先した。


 突然領主が泊まりに来て、宿主はとても驚いていたが背に腹はかえられない。

そして、私とグレイスが同じ部屋にいるのはある事について話し合うためだ。


「さて……カイト君についてだが、今日の一件から、正直なところ危険は無いとも言い切れない」


 この発言に少し驚いたが、無理もない。


「昼のことね……」

「ああ、確かに彼は我々を救ってくれた。しかし、あの人数を一瞬で葬っておきながら彼は眉ひとつ動かさなかったんだ。もしかすると、彼は残虐な一面も持っているのかもしれない」


 大量に、それも1度に殺めた。それにも拘わらず、彼は終始無表情だった。


「それに……あの子、“魔法障壁”を……」

「ああ、奴が使っているのを見てから、使い始めていたな」


 彼は、私の“想像魔法”と同じように、盗賊団長が使った“魔法障壁”を見ただけで覚えてしまった。

 以前見た彼のステータスに、“魔法障壁”は無かったから確実にそうだ。


「それに加え……信じられんが、あの片刃の剣に炎魔術で火をつけていたのを見た」

「ええ……そうね」


 形ある物に、魔術を被せる事は『不可能』と言われている。


 魔力とは、見た目以上の凄まじいエネルギーだ。そんなエネルギーを被せてしまえば、その被せた物が耐えきれなくなり崩れてしまう。


 それが常識だったのだが、彼は難なくこなしてしまった。

 それがどれだけすごい事なのか、彼はきっと理解していないだろう。


 すると、グレイスが人差し指を立てた。


「あと、1つ疑問点がある」

「……分かるわ、人恐怖症でしょ」

「その通りだ。なぜあの人数を相手にしたのに彼は恐れず戦えたのか……理由があるはずだ」


 グレイスの言う通りだった。


 彼はグレイス達と出会った時は、気絶してしまった。

 それにもかかわらず、今日、何十人の明白な敵対心を持った大人を前にして何も感じないだなんておかしい。


「……」

「……」


 2人とも黙り込み、時間だけが流れていく。


「あ……もしかして……」


 考えが1つの仮説にたどり着いた。


「彼は盗賊を人として見ていなかったんじゃないかしら……?」

「……どういう事だ?」


 世の中には人の道を外れ、人を襲う者達のことを“外道”と呼ぶことがある。

 もし、彼が本能的に盗賊をそのような観点で見たのであれば、相手は“人ではなくなる“ので恐怖の対象外となるのかも知れない。


 そうグレイスに説明した。


「ふむ……否定は仕切れないな」


 この仮説に、部分的ではあるものの納得した様だ。


「それにあの子は、長い自給自足の生活で命のやり取りに慣れていたはずよ。相手を人としてみていなければ、それはあの子がいつも狩っていた魔獣と、なんら変わりないと思うわ」


 グレイスはこの意見に頷いている。


「それに……あの子は自分のためではなく、私達のために戦ってくれたのよ。でなければ“治癒魔法”なんて使ってくれなかったはず」

「……確かにな」

「だからあの子は残虐なんかじゃないわ。とても優しい子よ。優しいからこそ戦ってくれたの」


 あの子は神様からのお告げを受けてようやく出会えた、転生した自分の子。


 自分の子という表現が合っているのかは不明だが、その子が残虐など信じたくはなかった。


「……彼を我が家に迎え入れるのならば、その存在は隠しておいた方がいいだろう」

「ええ、その通りだわ」

「もし、彼の存在を知られてしまったら、軍の連中や王宮が黙っていないはずだ。そうなれば軍事利用されることは、目に見えている」


 あの子はまだ確認されていない魔法を、数多く持っている。その上、魔術の実力は計り知れない。


 そこで出てくる問題は、彼がまだ小さな子供である事、親がいない事だ。


 世間知らずのまま軍事的に利用されたら、口車に乗せられ言いなりになってしまうかもしれない。


 そうなれば、彼は望まない人生を送ることになるだろう。


「ええ、あの子には窮屈な思いをさせてしまうかもしれないけれど……」

「それは最善を尽くしてなんとかするしか無いな。それともう1つ……これが今、1番の問題だ」

「……なにかしら」

「あの子が領民に対して攻撃をしてしまう可能性だ」

「……それは、どうしてそう思うの?」


 彼が領民へ攻撃……!?


「領地に我々を攻撃してくるものはいないだろう。しかし、彼はただ“人がいる”というだけで恐怖を感じてしまうんだろう?」

「……」

「私達の家は領地のど真ん中だ。今回のように人がいない場所を通るのは不可能。そしてその人数も、今までとは比べ物にならない」


 ここでグレイスの言っている意味がようやく分かった。


「もし彼が恐怖に耐えられず、周りの人達を“敵”とみなしたら……」

「被害は想像できない……」

「その通りだ……」


 普通の子供が駄々をこねて暴れる程度の被害など、知れたことだ。

 しかし彼が暴れた場合、下手すれば領地ごと消えてしまうかも知れない。


 そうなれば、もう一緒に暮らすなど不可能だ。絶対にそれだけは避けなければ。


「あの子には私から言っておくわ」

「ああ、そうしてくれ」


 正直それだけで抑えられるのかは分からない。

 もしもの時は……自分の身を犠牲にしてでもあの子を止める覚悟だ。



ーsideカイト


 朝。

 一応寝れはしたが、浅い睡眠だった。

 少し寝足りないが出発の時間があるのでゆっくり起き上がる。


 寝床が変わっても寝られるもんだと、思ったんだけどな……そんな事なかった……。


 水魔術で顔を洗っていると、エアリスさんがノックをして部屋に入ってきた。


「おはよう、カイト君。よく眠れた?」


 彼女は微笑んで話しかけてきた。


 よく眠れた訳では無いので、数回首を横に振る。


「そっか……ごめんね……朝ごはん用意できてるけど、食べる?」


 なぜ、彼女が謝るのか。俺は首を傾げながら後について行った。


 朝食を済ませた後、領地の中心へ出発した。

 夕方頃には到着するとのことだ。


 道中、用意されたお昼ご飯を食べようとした時、エアリスさんが話しかけてきた。


「カイト君。ちょっといいかな?」

「……?」


 フォークを置いて了承の意を示す。


「ありがとう。あのね……1つ頼みたいことがあるの」

「たの……み?」


 深刻そうな顔してる……なんだろ……?


「これから私のお家に行くの。でも、到着するまでの道に人がいっぱいいるわ」

「……」

「だから、きっとすごく怖いと思う」

「……うん」

「でもね。どんなに怖くても、そこにいる人達は悪い人じゃないの」

「……うん?」

「だから、どうか魔術や魔法は使わないで」


 ……は?

 何事かと思った。そんなこと当たり前じゃないか。


「大、丈夫……使わない」


 そう答えると、彼女の強張っていた表情が緩んだ。


「ありがとう、カイト君。ずっと私がついてるから安心してね」


 笑顔のエアリスさんを見ながら頷いた

 だがこの後、俺は悩むことになる。


 そうだった……これから向かう所には人がたくさんいるんだった……不安だ。



 夕方。

 聞いていた通り、領地の中心街の門が見えてきた。立派な門だ。高さは10メートルくらいあるだろうか。


 しかし、その事への感動など一切感じない。


 “これから人が大勢いる場所へ向かう”


 そう思うだけで、とてつもない不安と緊張に襲われた。すでに体は震えてしまっている。


「カイト君……大丈夫?」


 エアリスさんが心配そうにしている。

 答えようとするが、詰まってしまい上手く話せない。


「カイト君……あ、そうだ。ちょっとごめんね」

「...ぇ?」


 彼女は両脇に手を回し、俺を持ち上げた。

 そのまま俺は、彼女の膝の上に乗せられる。


「ふぇ……な、に……!?」

「少しでも安心出来るかなって思って……」


 そして背後から優しく抱きしめられる。


「大丈夫だからね……なにも怖くないよ」

「……」


 とてつもなく恥ずかしくて死にそうだ。


 だって、俺中身は大人なんだもん。あと俺今、かなり情けない声出したな。


「私のお家に着くまでこうしててあげるからね」

「うぅ……」


 恥ずかしいが、森にいた時に手を繋いでもらって安心したのだ。きっと、これなら街の中でも耐られる。……気がする。


 俺が赤面している事には御構い無しに、馬車は中心街へと入って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る