第19話 実験

俺はゲイルの前に立ちはだかった。


「カイト君!?」


 ルイスさんが引き止めようとしてくる。


「退がってて」


 振り返りそう一言だけ言うと、彼は手を引いた。


「なんだ?ガキ」


 突然前に出た俺をゲイルは睨みつけた。

 見れば見るほど、悪人ヅラだなこいつは。


 彼らを守るためには、こいつのヘイトを俺に向けさせなければならない。

 こう言うやつには率直に、分かりやすく言った方が良いだろう。


「さっきの魔術、僕」


 その一言で、ゲイルの表情は豹変した。


「テメェかあああ! 舐めた真似しやがってええ!」


 怒鳴ると同時に両手の斧を振り下ろして来た。

 それは難なく躱したのだが……。


 そこまで食いつく?

 疑うとか無いのかよ……怒りで頭が回らないのかな? とりあえず、ヘイトはこっちに向いたな。

 グレイスさん達から離れるように、ゲイルを誘導する。

 同時に、収納部屋からある物を取り出し、身体強化をかけた。


「死ね! クソガキ!」


 俺の頭目掛けて斧が振り下ろされる。

 しかしその斧は何かにぶつかり軌道がそれ、地面へと叩きつけられた。


「な!? テ、テメェ! それどっから出しやがった!」


 ゲイルが驚きの声を上げている。

 俺の右手には柄(持ち手)から刀身の先まで、白一色の刀が握られていた。



 これは森で生活をしている時に作った、自信作だ。



 実は、森での生活の中、数年前くらいにたまたま鉱山を見つけていたのだ。

 鉱石をいくつか採って来て、何かを作ろうと考えた結果、“かっこいいから”という理由で刀を作ることにした。


 だが、正直どれがどの鉱石とか全く分からないので、集めた物の中から1番硬いものを使う事にした。

 始めは失敗ばかりだったが、次第に上手く出来るようになってきて半年くらい前にやっと完成したのだ。


 その結果、元となった鉱石の色が出て、真っ白い刀になった。柄は刀身に合わせて白にしている。


 これはこれでかっこいいので気に入っている。



 あの斧を受けても刃こぼれしていないのを見るに、やはりかなり丈夫なのではないだろうか。


 さて、本題に戻ろう。

 さっきは俺の魔術がどれくらい通用するかを測ったから、次は物理攻撃のレベルを測ろう。


 さっきの様な結果では、ほとんど測れなかったに等しいけど。


 俺の体自体は、普通の子供の物だ。


 それ故に、接近戦をする際は“身体強化”に頼りきりなのだ。

 この世界の人間と戦うのであれば、魔法だけでなく、身体系スキル、“身体強化“がどこまで通用するか確かめる必要がある。


 だけど……。


 自分の後ろを横目で確認する。

 そこには、怪我をしたクリスさんを抱えるグレイスさんと、ルイスさんの姿があった。


 はっきり言って、刀の扱いには慣れていない。

 ここで振り回して、彼らに当たりでもしたら大変だ。


 もう少し離れるか。


 ゲイルの脇を走り抜ける。その時ひと蹴りしてヘイトをさらに稼ぐ。


「待てやクソガキ!」


 思惑通り、ゲイルは顔を真っ赤にして追いかけて来た。

 ここまで離れれば大丈夫だろう。


 振り返ると、ゲイルが両手の斧を振りかぶっていた。


 しかし、身体強化をかけているので余裕でかわせる。


「避けてんじゃねええ!」


 いや、避けないと当たるでしょ。

 ゲイルの猛攻が続く。


 “身体強化”で“身体能力を強化すれば、楽に避けられる事は分かった……。


 次は、“動体視力”だ。


 まっすぐ振り下ろされる斧を、刀身で受け流した。斧は地面へと叩きつけられる。


「クソがっ!」


 続いて水平に斧が振られる。すかさず刀で受け流す。


 うん、余裕だな。

 今は“身体強化Lv5”を使っているが、どれくらい通用するか確かめるために、次は“Lv4”でやってみよう。


 その調子で“身体強化”のレベルを下げていき、Lv2まで下げる事が出来た。


 やはりレベルを下げるに連れ、動きは鈍るし力も落ちる。

 流石にこれ以上下げれば、受け流す際に力負けしそうだ。


「はぁ……はぁ……くそ! なんなんだテメェは!」


 ゲイルはかなり消耗しているようだ。

 剣速……いや、斧速もだいぶ遅くなっている。


「奴をここまで……」


 後ろからグレイスさんの声が聞こえた。

 だが、今はこちらに集中しよう。


 次は魔法障壁という物をどう破ればいいのかを確かめよう。


 とりあえず魔力障壁 = 魔力防御みたいな認識でいいかな。


 じゃあ、まずは普通に。


 斧をかわし、その動きの流れで腹部へ刀身を叩きつける。


 思った通り、弾かれてしまった。

 まるで、目に見えない金属の板を殴ったみたいだ。


 それを確認して一旦距離を置く。


「す、すばしっこいみてぇだが、そんな力じゃ俺は倒せねえぞクソガキ!」


 距離を置いた俺にゲイルがそう言った。


 普通にやってもダメか。

 魔力障壁のメカニズムはいまいち分からないけど……強力な攻撃なら破れるんじゃ無いか?


 と言っても、ただ身体強化Lv5をかけて全力で斬りかかるのはもう検証済みだ。


 ここは何か工夫して倒してみよう。


 魔力障壁って賢者にあるかな?


「うおっ!? な、なんだ!?」


 賢者を発動させるとすぐに獲得できた。

 どうやら“防御魔法”という魔法のスキルの1つらしい。他にも“部位強化”とかあった。


 すぐに使ってみる。


 なるほど体の周りに密度の濃い魔力が集まって、壁みたいになっている。


「な!? テメェも使えるのか!?」


 知った事ではないが、当然ゲイルは驚いている。

 さて、魔力障壁は無事獲得できたが、当然これだけでは奴は倒せない。


 ここで思いついたのだが、この魔力障壁を刀に付与したらどうなるだろうか。


 “防御魔法”と“付与魔法”を掛け合わせて、刀に魔法障壁を付与させてみた。


 それにより、刀が魔力によってコーティングされている。


 ここでゲイルが攻撃を再開してきた。

 しかし、刀に魔法障壁を付与したことには気づいていないようだ。

 付与した刀で斧を受けてみると、重い金属音が響いたが……


 全く手応えがなかった。


 どういう事だ?

 メカニズムは分からないが、魔法障壁の魔力の壁が衝撃を肩代わりしたのかもしれない。


「クソ! こいつの腕力どうなってんだ!」


 ゲイルは嘆いている。


 よし、次だ。


 この付与した魔法障壁の上に、さらに炎魔術を付与してみた。

 実は、前に刀身に直接、炎魔術で火をつけたところ、温度が高すぎて溶してしまった事がある


 だが、これならいけるんじゃないか?


 刀が火に包まれたが、刀身が溶ける様子はない。

 成功だ。


 思ったより簡単だったな。いやLv5の恩恵かな?


「うお!? な、なんだ!?」


 一瞬怯んだ隙をつき、距離を詰めて思い切り刀を横に振った。


「がはっ……」


 盗賊団長は腹部から血を大量に流し、背中から倒れた。

 そのまま動かなくなり、起き上がる様子はない。

 どうやら、俺の炎魔術の威力がやつの魔力障壁の防御力を超えたようだ、


「……あっけなさすぎる」


 誰にも聞こえないような小声で、そう呟いた。

 今は身体強化Lv2しか、かけていない。


 それなのにこんなあっさり……拍子抜けもいいとこだ。

 ……グレイスさんのとこに戻ろう。


「カ、カイト君……」


 グレイスさんの元へ戻ると、なんとも言えない視線を向けられた。

 例えるならば、恐怖の対象を見るような目だ。


 え? なに? 俺グレイスさんに何かしたっけ?


 困惑していると馬車から様子を窺っていたエアリスさんが飛び出してきた。


「カイト君! 怪我はない!?」


 俺に駆けつけるなり体のあちこちを触って確かめてきた。怪我が無いことが分かると抱きしめてくる。


「ごめんね……私怖くて馬車から出られなかったの……ごめんね……」


 ……エアリスさんって、やたら抱きしめてくるな。親が子にする行動ってこういうものなの?


 ……俺には分からないな。


「でも、あなたは怖いのを我慢して私達を助けてくれて……本当にありがとう」


 この言葉を聞いて1つ疑問が生まれた。


 そういえば、戦ってる時に人恐怖症は発症していなかったな。


 グレイスさん達と出会った時はたった4人で気絶した。それに対して今回は、何十人という人と対峙したのに恐怖なんて全く感じなかった。


 前と何が違ったんだ?


 だが、いくら考えても答えは出ない。

 後で考えておこう。今はひとまずこっちだ。


「まだやること……ある」

「やること...?」


 両手を広げ、ある魔法を使った。



 治癒魔法 “範囲治癒”



 負傷しているクリスさんや、兵士達がいる広い範囲に大きな魔法陣が出現する。


 もちろんゲイルは範囲外だ。


「カ、カイト君? 何をしているの?」


 エアリスさんは少し不安そうだ。


 俺は黙って、目を閉じ魔術陣に魔力を流し込んだ。

 すると、そこから暖かく心地いい風が流れ始めた。


「わ……」


 エアリスさんはそう声を漏らしている。次にグレイスさん達の方へ目を向けた。


「こ……これは……」

「き、傷が消えていきます……」


 グレイスさんとルイスさんの切り傷、クリスさんの折れた腕も治っている。


 負傷していた兵士達も次々と起き上がっていた。


 かなりの重症だった者も完治している。 幸い、死者はいなかったようだ。

 あちこちから驚きの声が聞こえてくる。


「……これは君が?」


 エアリスさんが傷が完治して、喜んでいる人達の方を向きながらそう聞いてきた。


「うん。治癒魔法」

「そっか……」


 頭を優しく撫でられる。


「本当にありがとう……カイト君って優しいのね」

「う、うん...」


 笑顔でお礼を言われ、急に照れくさく感じた。

 今までもお礼は言われていたので慣れてはいたが、“優しい”という言葉にそう感じた。


 うつむき、照れ隠しをしながら馬車へと戻る。


 この後、無事領地への移動が再開され、日が暮れる頃に中継地点の街へ到着した。

 ここで1泊して明日、領地の中心地へ出発するとのことだ。


 馬車の中で聞かされたのだが、人通りの少ない裏門から入ったらしい。事実、そこから1番近い宿に着くまで、人は全然いなかった。


 宿にもほぼ人の気配が無く、兵士達は別の宿に泊まらせたらしい。


 俺の事を優先して動いてくれているエアリスさん達の優しさを感じながら、その日は就寝した。


 ……意外と寝床が変わっても寝られるもんだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る