第21話 今日からここに住むみたい
今は大きな街道を進んでいて、四方八方から人の声が聞こえてくる。
会話する声、笑い声、中には喧嘩をする声も聞こえてくる。
そんな中、俺はガタガタと震えていた。
日常に溢れかえっている、“人の声”だけでここまで恐怖に支配されるのか。そう思った。
何かから、必死になって身を隠すように縮こまる。
「うぅ……ぁ……」
「大丈夫だよ……大丈夫だからね」
震える俺をエアリスさんは少しでも安心させようと抱きしめ、頭を撫で続けている。
それに対して俺は、腹部にまわされている彼女の手にしがみついていた。
正直この彼女の行動はありがたいと思っている。
これが無ければ、もしかすると今頃パニックになっていたかも知れない。恥ずかしいけど。
何か支えがあるだけでも十分だった。
とてつもない恐怖を必死に耐え続ける。
すると、いつの間にか馬車は、とても大きな建物の前に止まっていた。
人通りも先ほどより、だいぶ少なくなっている。
「カイト君。よく頑張ったわね。ここまでくればもう大丈夫よ」
彼女のその言葉で体の力が一気に抜けた。
危険がない事は分かってはいたが、不安が全て消える。
「……ぐすっ……ひぐっ……」
そしてなんと、俺は泣き出してしまった。
感情をコントロール出来ない。
「頑張ったわね……もう大丈夫だからね」
「ぐすっ……怖かったぁ……」
優しく抱きしめてくれる彼女にしがみつくように抱きつく。こうすると不思議と安心するのだ。
もう完全に俺の精神幼児化してる。全くどうなってるんだ……?
エアリスさんに抱き上げられながら、グローラット領主邸の中へ入る。
グレイスさんと護衛の3人は先に入って行った。兵士は別の場所に行ったらしい。
ちなみに、なぜ自分で歩かないかと言うと、腰が抜けてしまったからだ。
入り口から入ると、十数人の男女が立っていた。それぞれ、執事服とメイド服に身を包んでいる。
エアリスさんの服を掴む手に、無意識に力が入った。
「エアリス様、お帰りなさいませ。ご無事でなによりです」
1番前に立っていた女性が深くお辞儀をした。それに続いて後ろにいた全員が同じ姿勢をとる。
「ええ、ありがとうティカ。もう、そんなに堅苦しくしないでっていつも言ってるのに。私とあなたの仲じゃない」
「あのっ大勢の前でそれはやめて下さい!」
エアリスさんにそう言われたティカというメイドが、頭を下げたまま小声で叫んだ。
「ふふ、ごめんなさいね」
エアリスさんはくすくす笑っている。それを見ると、2人の仲がいいのが伝わって来る。
「して、エアリス様。そちらのお子様は……」
ティカさんが俺を見て尋ねた。
「この子はカイト君よ。森で1週間、この子の家に匿ってもらってたの」
「匿う……ですか」
ティカさんは少し驚いた様子だ。それも当然だろう。
森で1週間も匿ってくれたのが子供だなんて、普通ありえない。
だが、彼女は疑う事なく俺に感謝の意を示した。
「カイト様。この度はエアリス様をお救い下さり、ありがとうございます」
「……」
……疑ったりしないんだね。
「あら、あまり驚かないのね」
「エアリス様はよくご冗談をおっしゃられますが、この手の冗談は絶対におっしゃられる事は無いでしょう」
そう言われたエアリスさんは、恥ずかしそうに頬をかいた。
「ティカ。カイト君はこれからここで生活するわ。でも、事情があってね。大人数でこの子に会うのは極力避けて欲しいの」
「...分かりました。他のメイドにも申し付けておきましょう」
「ええ、ありがとう。それじゃあカイト君」
何も考えずに会話をただ聞いていた俺は、突然呼ばれビクリと震える。
「怖がらないで、大丈夫よ。この人はメイド長のティカ。とっても優しい人だからね」
紹介されたティカさんがこちらを向く。
「ご挨拶が遅れました。ティカと申します。カイト様、よろしくお願いしますね」
ティカさんは微笑みながら挨拶をしてきた。
「よ……ろしくお願、いしま……す……」
俺は抱えられながら小さく頭を下げた。
「カイト様。目が少し赤くなっております。何かあったのですか?」
いきなりそう指摘され、とっさに顔を背ける。
「ティカ。それは後でちゃんと説明するわ。今はこの子を私の部屋に」
「申し訳ありません。それでは部屋へ向かいましょう」
ティカさんが先に立ち、建物内を移動した。
さすが領主の家。家具や装飾品、扉や壁に至るまでかなり綺麗だ。だが、特に色がうるさいという事もなく、ちょうどいい感じ。
エアリスさんの部屋に到着した。
中に入ると、特に豪華なものが置かれたりはしていない、素朴な感じの部屋だった。あまり余計な物を置かない性分なのだろう。
俺にとってもその方が、落ち着くからありがたい。
ゆっくりとベッドに降ろされた。だが、まだ腰が抜けたままなのか、足は動かない。
「カイト君、ここが私の部屋よ。しばらくここで生活してもらうことになるけど、もし1人部屋がいいなら、ちゃんと用意してあるから、いつでも言ってね」
そう言うと、俺に目線を合わせていた彼女は立ち上がった。
「ごめんね。実はこれから、私がいなかった間に入った、お仕事の整理をしなきゃいけないの」
……何と無く分かってた。
だが、不安から無意識に彼女の袖を掴んでしまった。
ハッとして手を離す。
「もし良かったら、一緒に来る?」
「……ううん」
「……そう、分かったわ。それじゃあ、楽にしてて良いからね。ベットで寝てても大丈夫よ」
いや、流石に他人のベットを使うのは気が引ける……。
「何かあったら呼んでね。すぐに来るから」
そう言って彼女は立ち上がった。
彼女の背を眺めるが、すぐにドアに阻まれ見えなくなる。
「……」
……さて、何をするか……特にすることは無いな。
この世界には当然ゲームも無ければラノベもない。
俺(子供)みたいな人の暇つぶしと言えば……玩具とか?
しかし、中の俺はそんなので遊ぶような年齢じゃない。
いつもなら狩りに行ったり、家畜の世話をしたり、自分の食事を作ったりしているか、今はそれをする必要は全くない。
……大変だ。することが何にも無い。
出来ることと言えば、窓から街を見下ろすことくらいだ。
これは……ここでの生活、思ったより苦労するかもしれない。
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