第12話 誤解が加速する瞬間

「あぁ、きっと“魔力付与人型兵器”を研究している犯罪者かそこらだろうな……」


 犯罪者……となると、あの子は攫われた子なのだろうか……。

 この森にいるのも、きっと付与が失敗したと判断され、捨てられてしまったのだろう。


 なんて無責任な……。


 だが、彼はそれを本当の親だと思い込み、森に捨てられ5年という時間が過ぎた今でも、迎えを信じて待ち続けているだなんて……。


「むごすぎるわ。あの子を助けないと」


 今、ここから連れ出さないと、彼はこんな誰も近寄らない森の奥で、一生孤独に過ごしてしまう気がした。


 そんな事、絶対に許さない。


「助ける……と言ったって彼は我々に恐怖を感じるのだろう? 君には少し心を許しているように見えたが……あまり無理に手を出すのは止めておいた方がいいと思うぞ?」


 グレイスの言うことは尤もだ。

 親の迎えを待つ彼の意を尊重するのならば、その方がいいだろう。


 だが……それは彼にとって、本当に幸せなのだろうか?


「グレイス、あの子のステータスの耐性の欄を思い出して。“孤独耐性”があったはずよ」


 “人恐怖症”の印象が強かったが、同じ欄には他にも悲しい過去を感じさせる耐性スキルがあった。


「それは、この生活に孤独を感じている証拠よ。あの子にはちゃんとした親が必要だと思うの」

「……確かにそうかもしれないが、それはあの子を保護して親代りになるつもりか?」

「……そうなるわ」

「それは……難しいと思うぞ? もし彼に領地での同居を提案しても、きっとこの森に残ることを選ぶだろう」


 グレイスの言う通りだ。


 あの子が孤独を感じていることは確実。

 しかし『親が迎えに来てくれる』という希望が邪魔をして、この森から離れる事が出来ないのだ。


「でも……あの子は、人恐怖症のせいで私達の姿を見るだけでも、想像のつかないような恐怖を感じているはずよ。それなのに、森で怪我を負った私を見つけた時も、罠に掛かったあなたを見つけた時も、逃げないで……震えながら助けてくれたのよ」

「……」

「そんな罪も無い優しい子が、一生孤独で生きていくだなんて絶対におかしいわ」


 グレイスも、あの子を保護することに関しては反対はしないでくれた。


「……もう2日だけ私に時間をくれないかしら。絶対にあの子を説得してみせるわ」

「……分かった。我々は明日、馬車を待機させている場所に戻る。今日から2日後に迎えに来るが……もし説得できていなければ、彼のことは諦めて領地へ戻ってくれ。ここも安全とは言い難いからな」


 彼の優しさに感謝した。


 盗賊に攫われたとしても、領地経営などの仕事は次々に入ってくる。

きっと本当は、一刻も早く領地に戻って欲しいだろう。


「君が受けた『お告げ』が正しいことを祈っているぞ」

「えぇ……ありがとう、グレイス」


 椅子から立ち上がり、カイト君が眠っている部屋を見る。


「あの子の様子を見てくるわ」


 そう言い残し部屋を移動した。



 寝室に入ると、ベットでうつ伏せで寝息を立てているカイト君の姿が見える。


 無事、魔法は効いたようだ。


 ベットの横に座り、寝顔を見下ろした。こうして見ると、どこにでもいる普通の子供。こんな子が『厄災』と呼ばれる兵器だなんて、とてもではないけれど信じられない。


 すると、ふと首筋に傷のようなものがあることに気がついた。その時、彼の言葉を思い出す。



『お仕置きも泣かない……我慢する……』



 一体どれほどのお仕置き……いや、虐待を受けていたのだろう。

 そう考えると気になってしまった。


「ごめんね、カイト君。少しだけ見せてね……」


 起こさないようゆっくりと掛け布団をどけて、着ている服をめくってみる。


「……っ!?」



 “それ”を見た瞬間、言葉を失った。



 服の下にあったのは、背中を埋め尽くすほどの傷跡だった。

 切られたような傷跡。強い打撃を受けたような傷跡。ムチで叩かれたようなまっすぐな傷跡。所々に深くえぐれている傷跡もあった。


「……はっ……はっ……」


 声が出なかった。喉からは空気漏れのような音しか出ない。


 過去に、他国で起きた戦争から生き延び、この国に逃げ込んだ人の体を見たことがある。

 だが、目の前の彼のものは、それと比べようの無いほど酷いものだった。


「カ……イト君……」


すると、突然ベットに添えるように置いていた右手を、彼の右手が掴んだ。

 起こしてしまったのかと思ったが、まだ彼は寝息を立てている。


 掴まれた右手を引っ張られる。

 その引っ張る方へ手を動かすと、彼はその手を自分の頰にあて、そのまま上下に揺らした。

 そして、頬を手に擦り付けるような動作をとる。


 これは……まさか……。


「まさか……母親の夢を見ているの?」

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