第8話 俺が寝ている間に

ーsideエアリス


 カイト君を見送って数分、今は借りた小さなナイフで牙に装飾を施している。


 なかなか上手くできないわね……。


 参考にしているカイト君の装飾は、町の技術者の腕を遥かに超えている。

 彼は魔法でと言っていたが、それでも凄い事に変わりはない。


 その時、突然外から怒鳴り声が聞こえてきた。カイト君が走って行った方向だが彼のものではない。

 続いて子供の悲鳴が響いた。


「ま、まさか……」


 嫌な予感がする。


 そう感じ、家を飛び出して悲鳴が聞こえた方向へ走った。

 そして、すぐに予感は的中していたことを知る。そこにいたのは4人の男性の姿。


 そして、手首を掴まれ気を失っているカイト君の姿があった。


「エアリス!? 無事だったのか!」

「奥様!」

「無事だったのですね!」

「お怪我などはございませんか!?」


 男性達は口々に安堵や心配する声を上げる。


「グレイス……」


 そこにいたのは、夫と見慣れた護衛達だった。

 だが……今はその夫に手を掴まれ気を失っているカイト君が気になり、再会の喜びは感じなかった。


「その子……どうしたの?」

「この子供か?さっきこの子供が仕掛けた罠に掛かってしまってな。魔力が込められていて私達ではどうすることもできないようになっていたんだ。おそらく君を追ってきた我々用に仕掛けていたのだろう」

「……それで?なぜ気絶しているの?」

「……我々に見つかると命乞いをしてきてな。私が手を掴んだらそのまま気を失ってしまったんだ」


 体が勝手に動いた。

 グレイスの頰に平手打ちをし、カイト君を奪い、抱きしめる。


「カイト君……」


 気を失っているが体は微かに震えていて、目からは涙が流れている。


 スキルによる“強制的に感じる”恐怖心。一体どれだけの恐怖をこの子は感じたのだろう……。


「な、何をするんだ!?」

「奥様!?」


 困惑している夫と護衛達を睨みつける。


「なんて事してくれたの! この子は私の命の恩人なのよ!?」

「っ!? ……しかし、その子供は罠を仕掛けていたんだぞ?」

「それは魔獣用の罠よ! それにあなた達がかかっただけよ!」

「!? だが……」

「その罠には魔力が込められていたのよね? なら何故今あなたは罠から解放されているの?」

「……っ」


 その一言で全員が黙り込んだ。


「とにかく今は、この子を安静にさせなきゃ」

「……あぁ、わかった。だがその後、その子について説明してくれ」

「分かったわ」


 カイト君を抱き上げ、彼の家へと急いだ。



 家に着き、彼をベッドへ寝かせる。涙は止まったが、体はまだ震えている。


「ごめんね……」


 頰を撫で、そう言い残し部屋を出た。


 隣の部屋へ移動すると、そこにはグレイスと護衛達が立ったまま待っていた。


「グレイス……さっきはごめんなさいね。いきなり叩いたりして……」

「いやこちらが悪かったんだ。恩人をあのように扱われれば、私でも声を荒げるだろう。……さて」


 グレイスはカイト君が寝ている部屋へ目を向けた。


「あの子は何者なんだ? 本当にこの森で一人で暮らしているのか?」


 彼についての質問を投げかけられる。

 勝手に彼の事を教えてしまうのは気が引けるが……仕方がない。


「えぇ、疑う気持ちはわかるけど本当なのよ」

「そういえば……あの罠、魔力で補強されていたな。あれ程の技術を持っている魔術士ならば、森で1人でも生きていけそうだが……」


 グレイスは顎に手を当て、考えている。


「……君の力で、彼のステータスを見ることはできるか?危険な存在かどうか判断したい」


 少し間、黙っていたグレイスがそう提案してきた。


「……えぇ、見られるわ」

「彼には申し訳ないが、それを見せてくれないか?」


 ステータスは基本、個人情報扱いだ。本人の許可無くでは、他人に見せることは禁止されている。


 と言っても、自分みたいに他人のステータスを道具なしで見られる上に、記録できるなんて者はそうそういないのだが。


「……そうね、仕方ないわ。あの子には後で謝っておくから」


 念じて彼のステータスを表示する。

 するとある違和感を覚えた。


「増えてる……」


 表示したウインドウの魔法の欄に、以前は無かった“想像魔法”が表記されていた。

 それもレベル5でだ。


「な、なんだこれは!?」

「なっ!?」


 ウインドウを覗き見たグレイス達は、驚きの声を上げている。


「待って……おかしいわ」

「確かにこれは異常だな」

「違うの。前に見たときには“想像魔法”なんて表記されてなかったのよ」

「なに!? ……そんなはずはないだろう?」

「いいえ、絶対に無かったわ。まさか、私が使っているのを見て?」


 それを聞いたグレイスが即座に否定した。


「そんはずはない。魔術や魔法は見よう見まねでできるようなものではないからな。それにレベルが5だなんて、例え君に習ってたとしても異常だ」


 実際、彼に“想像魔法“を教えてなどいない。

 だが、彼が遠くから見ていたのは覚えている。そもそも想像魔法が“使える”時点で普通ではないのだ。


「まさかあの鳥は……彼が創り出したものなのか?」


 あの鳥……?


「グレイス、何のこと?」

「あぁ……実はな、我々に君の居場所を伝えたのは想像魔法で作られた鳥なんだ。君のものでは無かったがな」

「え……じゃあ、カイト君が想像魔法で知らせたってこと? でも、あの子に領地の場所は教えてないわよ?」


 すると、彼は顎に手を当て、悩む様子を見せた。


「ふむ……それに、その鳥は細部まで再現されていた。申し訳ないが君とはレベルが違いすぎる。それもここから領地、領地からここと、彼と出会う直前まで形を保っていたのだからな」

「そんな……」


 それははっきり言って異常だ。


 何より、領地の場所を知らないのに、ここを伝えるメッセージが届いただなんて。

 もしかして、実は領地の場所を知っていたのだろうか?


「あの子が何者なのか調べる必要がある」


 グレイスの発言に護衛達がうなづく。


「グレイス……お願いだからあの子に危害を加えないで」

「それは大丈夫さ。彼の怒りを買ってしまえばあっという間に殺されてしまうだろうからな。彼と平和的に話がしたい。その時はエアリス、頼んだぞ」

「え、えぇ……」

「いくら、あの“お告げ”通りだとしても、危険かどうかは別の話だからな」

「分かったわ……」


 グレイスはカイト君が危険な存在ではないかと疑っているようだ。


「……」


 彼との出会いは、数年前の“お告げ”の通りだった。

 だが、もしグレイスがあの子を危険な存在と判断したら、どうするつもりなのだろう。


 そう考えると私は不安で仕方がなかった。

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