第7話 この世界に来て1番怖かった

エアリスさんを保護して3日目の朝。


 今、俺は罠にかかった猪型の魔獣の下処理をしている。

 少し小ぶりだが、2人分なら3日は持つだろう。


 ふと湖の方を見ると、エアリスさんが真っ白な鳥を飛ばしていた。


 あれは“想像魔法”という魔法で、想像したものを具現化し、意のままに操ることができるというものらしい。


 国でも使える者は10人程の、難しい魔法と言っていた。


 その魔法で作った鳥を使い、この場所の座標を領地の者に知らせているそうだ。

 だが、この場所から領地まで鳥が形を保てるかは分からない上、魔力の消費が激しいので量産もできないとのことだ。


 そんなこんなで今日で3日目。エアリスさんから嬉しい報告はない。


 不安そうに、飛んでいく鳥を見つめる彼女を見て、ふと思った。


 賢者で習得して手伝ってみるか?


 彼女から見えない位置へ移動し、賢者を発動させ『想像魔法』と呟いてみた。


  − 想像魔法 Lv5


 思った通り、難しい魔法でも習得はできるらしい。


 相変わらずレベルは5だけど……

 とりあえず、エアリスさんの真似をしてみよう。


 先程見た光景を思い出しながら、鳥をイメージする。すると、目の前に見慣れた鳥が両手の上に出現した。


 ……これはこの森でよく見る、鳩っぽい鳥だな。


 色合いは本物そっくりで、地味な色をしている。

 その鳥は「クゥ」と本物と同じ鳴き声で鳴き、細部まで再現されていた。


「……うーん……」


 だが、正直なところエアリスさんの様な、真っ白い鳥の方が“THE魔法”って感じでカッコいい。


 きっとレベルが上がれば、あんな感じになるんだろう。


「まぁ……Lv5じゃあ、こんなもんか……」


 初めてなので今はこれでも仕方ない。次はこの場所の事を……


 どうするんだ?


 やり方がわからない。聞きに行くか?

 ……でもこんな地味な鳥を、想像魔法で作ったなんて知られたら恥ずかしい……


 よし。とりあえずここのイメージをこの鳥におしこもう。


 鳥を両手で掴み、この場所のイメージを流し込む……というイメージをする。

 すると、なんとなく成功したような気がした。


「これでいいかな?ま、初めてだし、失敗しても仕方ないか」


 そう呟いて鳥を空へ投げる。

 鳥はそのままどこかへ飛んで行ってしまった。

 鳥が飛んでいく光景を見て、あることに気がついた。


「あ……領地ってどこか知らないや」


 領地がどこにあるのか知らないのに、そこにいる人にこの場所を伝えようなんて、無理に決まっている。


「あー……まぁ……次やる時までに聞いておけばいいか……」


 若干自分に呆れつつも、猪の下処理へと戻ったが、結局作業に夢中になり領地について聞くことはすっかり忘れてしまった。



 エアリスさんを保護して6日たった。

流石に6日も一緒に過ごせば、人恐怖症による恐怖心にも慣れる。我慢しながらだが、接することができるようにもなった。


 狩った獲物の骨や牙を使って2人で装飾品を作って暇をつぶす。

 と言っても、俺が物体加工で作り出した物を、エアリスさんが参考にしてアクセサリーを作る、と言った感じだが。


「カイト君すごいね……こんなに細かいデザイン、お店でもなかなか見ないわよ」


 俺が加工した装飾品はネックレス型で、少し大きめの牙が左右に3個づつ取り付けてある。

 各表面には別々の華やかな模様が施されていて、“ニス”のような効果を持ったポーションに浸してコーティングしている。


「魔法……使ってる、凄く、ない……」

「そんな事ないわよ?こんな魔法を使えるだけでもすごいんだから」


 そんな会話をしながら、俺は自分の話し方を気にかけていた。


 見事に片言しか喋れてないな……。


 この6日間それなりにエアリスさんと話してきたのだが、未だに口調は片言のままだ。

 5年ぶりに話したのが片言だったから、定着してしまったのだろうか。


 エアリスさんとアクセサリーを作っている最中、森の中から自分の魔力の反応を感じた。

 これは仕掛けておいた罠に魔獣がかかると、俺にだけわかる魔力を放ってすぐに気づけるようにしておいたものだ。


「罠……獲物、獲れた、見てくる」

「家の中からでもわかるの?本当にカイト君は凄いわね」


 エアリスさんに見送られ、俺は森の中に入り作動した罠に向かった。


 今回獲物がかかったのは、足にロープが巻きつくタイプの小さめの罠だ。

 だが、付与魔法で魔力をまとわせているため、俺以外にロープを切ることも解くこともできない。


 場所も家のすぐ近くに設置しており、基本的に兎型や犬型の小型魔獣を狙ったものだ。


 だが、今日はいつもと少し違った。

 聞こえてきたのは魔獣の鳴き声ではなく、男性の声。それも複数。


「な、なんだこれは!? 切れないぞ!?」

「このロープ……もしかすると魔力が宿っているのかもしれません」

「一体誰が……?」


 声を聞き、一気に青ざめた。


 罠をはった場所へ駆けつけると、そこには3人の男性と、両足をロープで縛られ、尻餅をついている男性が1人いた。


「子供……!?」

「なぜこんなところに……?」


 男性達は口々に疑問の声を上げている。


「……っ……!」


 男性達と対峙した瞬間、経験したことのない恐怖に襲われた。

 目が霞んで周りが見えない。今すぐに逃げ出したいが手足は震え全く動かない。


「ぁ……ぁ……」


 とにかく……今は罠を解かないと……。


 右手をなんとか男性の足を縛っているロープへかざし、魔力付与を解き空気魔法で切断した。


 しかし、これがまずかった。


 男性達はカイトが罠の魔力を解いたのを見て、この罠をはった犯人と気づいた。そして敵とみなしたのだ。

 全員が剣を抜き、俺へ刃先を向ける。


「お前……一見子供だが、さては奥様をさらった賊の仲間だな?」

「エアリスをどこへやった!」


 男性達が怒鳴りつけてくる。

 それが原因で、人恐怖症の効果がさらに増幅された。


「……ぁ……」


 目の前に4人の化け物がいるように見えた。

 今から自分はこの化け物達に食い殺されてしまう。そんな心境に陥る。


「……ご……」


 何も考えられない。足がすくんで逃げられない。


「な、なんだ……?」


 いつの間にか俺の体は、頭を両手で守るように覆い、しゃがみこんでいた。


「ご……め……さい……ごめん……なさいぃ」


 恐怖に支配された俺は、ひたすら謝っていた。

 だが、そんな状況すらも理解できなかった。

 何が起きているのかわからなかった。


 突然、1人の男性が俺の左手をつかんできた。

 その瞬間子供の悲鳴が聞こえた気がした。俺のか? 分からない。


 そのすぐ後、強い目眩を感じ意識を失ってしまった。

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