第5話 第一異世界人救助
木の幹から覗き込んだ俺は驚いて言葉を失った。
そこにいたのは人間の女性だった。木にもたれかかるように座り込んでいる。
ストレートの背中まで伸びた茶色の髪を、編み込みの入った両サイドの髪がまとめている。
肩から羽織っている灰色の布に、ロングスカートの裾から見えているブーツは、泥まみれではあるが高級そうに見えた。
どう見ても、森に来るような格好ではない。
まつ毛の長い大人びた落ち着いた目は苦しそうに細く歪み、ピンク色の唇は噛み締められている。
その顔が苦痛に歪んでいる理由はすぐに分かった。足に矢が刺さっていたのだ。
「……」
5年ぶりに人を見た……。
しかし、それらより先に思った事はこれだった。続いてすぐに助けるべきかを考える。
彼女を見る限り、助けるべきであるのは明白だろう。しかし、人と関われば面倒臭いことになるとしか考えられない。
考え事をしていて一瞬油断してしまい、女性と目が合う。女性はビクリと震えたが、安堵したように胸を撫で下ろしている。
だけど、俺は……。
に、逃げなきゃ!
女性に背を向け逃げ出そうとする。
そんな俺に女性は右手を伸ばし、助けを求めて来た
「待って! お願い助けて!」
「……っ!」
その声で我に帰った。
いや……ここで逃げたら……俺に酷い事をしていた奴らと同じだ。テイルにだって呆れられてしまうかも。それは嫌だ。
振り返り女性へと歩を進める。
……あれ?
だが、その途中である疑問が生まれた。
なんで俺さっき“逃げなきゃ”って思ったんだ? それに……。
女性に近づいた瞬間から体が震え、今すぐにでもここから逃げ出したい衝動にかられる。
な……なんだこれ……。
精神系スキル 人恐怖症 Lv-
「ぁ……」
その言葉が頭をよぎり、自分の身に起きていることを理解した。
これは“スキル 人恐怖症”の効果だ。……こんなに怖いのか……。
まるで、大口を開けた化け物の口の中に、自ら足を踏み入れる様な……そんな気分だった。
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
女性が心配そうに話しかけてきた。子供に優しく語りかけるような口調だ。
まぁ、今の俺は子供だから仕方ないのだが。
「ぁ……ぅ……」
まともに喋られなくなってしまった。だけど、彼女を助けられるのは俺だけだ。
……逃げるわけにはいかない。
不安そうな女性の横までなんとか近づく。心臓の音がありえないくらい大きく聞こえた。息もかなり荒くなっている。
「ねぇ、どうしたの? 大丈夫?」
話しかけられビクリと震える。
女性は不安そうとも、心配そうとも取れる表情をしていた。
だが、気にかける余裕はない。
収納部屋からポーションを取り出し、女性に手渡した。これは傷を癒し、傷跡を消す効果があるポーションだ。
この時女性がとても驚いていたが、今はそれどころではない。
本当は治癒魔法を使いたいけど、集中出来なさそうだ。
今はそれで我慢してもらうしかないな……。
身振り手振りで必死に『矢を抜くから、抜いたらそれを飲んで』と伝える。
「……分かったわ。矢を抜いたら飲めばいいのね」
なんとか女性には伝わったようだ。
こんな怪しい子供から手渡されたポーションなんて、飲みたくはないだろうけど……。
異常なまでに震えている手を、必死に矢へと近づける。
やっと思いで矢を掴むと、女性の小さなうめき声が聞こえた。
その時、ふと思った。
今……どんな顔してるんだろ……。
少なくとも涙は流しているだろう。その他はよく分からない。
そんなことを考えながら一気に矢を引き抜いた。
「ゔっ……」
女性は一瞬顔をしかめたが、すぐに手渡したポーションを飲み干した。
すると、傷は瞬く間にふさがっていった。その様子を女性は目を見開いて見つめている。
……よし。とりあえずこれでいいな。
傷がふさがったことを確認して、勢いをつけて後ろへ飛び退いた。勢いのまま木に背中をぶつけて足が止まる。
「ぐっ……ハーッ……ハーッ……」
いつからか呼吸をすることも忘れていたようだ。
ひ……人恐怖症……思ってたよりやばいかも……。
「ハーッ……ん……?」
ふと、手に持った矢の先端を見ると若干黒ずんでいる。
以前、ポーションの材料になる植物を採集する際に、黒ずんだ毒を出す植物を見たことがある。それに似ていた。
まさか毒? なら、すぐに家に帰らないと……。
毒消しのポーションはないが、作り方は分かるし材料も家にならある。
収納部屋に入れておけばよかった。
幸い、まだ毒の効果は出ていないらしい。
しかし、毒のことを伝えれば緊張から心拍数が上がり、毒の回りが早くなる。
という知識ををラノベで見たことがある。
ここは黙っていたほうがいいな。
「えっと……助けてくれてありがとう。その……大丈夫?」
女性は気を使ってか、こちらには近づかず、その場から声をかけてきた。
「ぁ......」
返事をしようとしたが、思うように声が出ない。
人と話すのが5年ぶりなのでそれだけで緊張してしまう。
「だ……だい、じょ……ぶ」
舌が全く回らない。ダメだ。まともに喋れる気がしない。
「……そっか。ねぇ、お父さんやお母さんは近くにいる? 呼んできて貰っても良いかな?」
「……い……ない」
俺は首を振って答えた。
「え……それじゃあ君は、どうしてこんなところにいるの?」
……まぁ、普通の反応だよな。
こんな魔獣がそこら中にいて、人も寄り付かない森の中で子供が1人だなんておかしいからな。
だが、嘘をつく意味も余裕なんて無い。
「み……まわり……に……」
「見回り……? そう……」
女性は少し不審に思い始めた様子だ。
だが、こんなところに放っておいたら命の保証はないだろう。服装的に魔獣に襲われたら逃げられるわけがない。
それに今は毒の件もある。もたもたしている時間はない。
……家に連れて行こう。
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