第61話 私の中をあなたでいっぱいにして⑤
吉良坂さんが指差した先を俺も見る。
そこにはポップなデザインの屋台があって、いろんな種類のソフトクリームが売られていた。
「私、ソフトクリーム好きだから」
「なら俺が買ってくるよ」
「だから待って」
再度立ち上がろうとした俺の袖口がまた引っ張られる。
「私が買ってくるから、宮田下くんは休んでて」
「いや、ジェットコースターで頼ったお礼ってことで俺が」
「これは命令よ」
「なんだか命令の使い方がすごく向上してる気がするんだが」
「そもそも私たちはそういう関係でしょ?」
それじゃあ行ってきます、と吉良坂さんが立ち上がる。
屋台に小走りで向かう吉良坂さんのワンピースの裾の揺れをぼんやりと眺めていると、吉良坂さんの背中を上書きすることができてよかった、という安堵の感情がやってきた。
屋台の前についた吉良坂さんは、メニューをじっと見て、バニラのソフトクリームを指さした。財布からお札を取り出したが、それを足元に落としてしまう。拾おうとして彼女が前屈みになると、当然スカートの後ろ側がずり上がり、これまで見えていなかった裏太ももが十センチほど露わになった。
ああ、最初から見えているミニスカートもいいけど、こうやって隠れている部分がふとした拍子に見える方が、背徳感エロスが何倍にも増すんだよなぁ。
見えてる場所と見えてる範囲は一緒なのにだよ?
隠されていた裏ももエロ過ぎるぞ!
そんなことを考えているうちに、吉良坂さんがソフトクリームを持って戻ってきた。
「お待たせしました」
吉良坂さんが隣に座る。
いやいや、お待たせしましたって。
「俺の分は?」
思わずそう聞く。
吉良坂さんはソフトクリームを一つしか持っていなかった。
「え? これがそうだよ」
「じゃあ吉良坂さんの分は?」
「私の分もこれだよ。一緒に食べたかったの」
当然のようにそう言われると、まあたしかにと思う……わけがない。俺たちそんな貧乏学生じゃないよね? ってか吉良坂さんちはお金持ちだよね?
「じゃあ、買ってきた私からね」
吉良坂さんがソフトクリームのてっぺんをちょこんと出した舌でぺろりと舐める。さらに続けて、ぺろ、ぺろ。満足いかなかったのか今度は口を控えめに開けて、てっぺんを咥えるようにして舐めとった。
「んあぁ。すっごく濃厚だぁ」
吉良坂さんの唇によって、ソフトクリームがスキー場の斜面みたいになる。
「すっごくとろっとろで美味しい。ほんと濃厚すぎる」
「感想がだんだん卑猥になってるぞ」
「え? 宮田下くんは一体なにと勘違いしてるのかな?」
「あの屋台で一緒にフランクフルトが売ってなくてよかったよ」
「フランクフルトとソフトクリーム一緒に食べるとか、絶対合わないよ」
「生クリームつけてた人はどこだったかなぁ」
「そんなことよりほら、宮田下くんも食べるでしょ? あーん」
吉良坂さんが俺の口元にソフトクリームを近づけてくる。
一個で充分という言葉を聞いたときからこうなることは予想していたし、正直期待もしていた。だけどいざこうして女の子からあーんってされると、めちゃくちゃ恥ずかしいな。俺から放出される熱でソフトクリームが溶けちゃうよ。吉良坂さんだって自分からやっておいて顔が真っ赤だ。
こうなったら、もう食べるしかない。
なにがこうなったら、なのか全然わかんないけど。
俺は吉良坂さんが差し出したソフトクリームをぱくりと唇で舐めとる。身体が火照っているせいかものすごく冷たく感じた。
「うまいな。ザ、ソフトクリームって感じ」
「間接キッスの感想は?」
「そんなのを気にするほどお子ちゃまじゃないんでね」
くそ!
なんで言うんだよ!
めちゃくちゃ気にしないようにしてたのに。
「なーんだ。でも……じゃあ後は全部宮田下くんが食べてもいいよ」
「いいのか?」
「目的は達成したので」
だったらまあ、と俺は吉良坂さんからソフトクリームを受け取り、ぺろりと舐める。
うーん。美味しいんだけど、なんか味気なくなったなぁ。
「ごめん。やっぱりもう一口だけ欲しい」
「なんだよ。ほら」
俺がソフトクリームを返そうとすると、吉良坂さんはそれに気がついてませんと言わんばかりに目を閉じて、口をちょこんと開けた。
なるほど、そういうことだったのか。
「あーんしあいっこがしたかったなら、最初から二つ買ってくればよかっただろ。その方が二種類の味を楽しめたし」
「最初から二つ買っちゃうと恥ずかしがってやってくれなかったでしょ? いま抵抗してるみたいに」
「そこは命令を使えばいいだろ?」
「あ」
やっぱりこの子、命令使うの下手すぎですねぇ。
「い、いいの。私は二種類の味を楽しむより、一緒に一つの味を楽しみたっかたの。ほら、早くあーん」
今度は右耳に髪をかけながら吉良坂さんが口を開く。
「あ、なんなら君のフランクフルトも一緒に食べてもいいよ」
「フランクフルトなんか買ってないんだよなぁ」
「顔に白いのつけるくらいなら、初めからちゃんと口に入れてよ」
「ソフトクリームってちゃんと言えよ」
そう軽口を叩きつつ、俺は吉良坂さんの口にソフトクリームを近づけていく。
「もう、強引なんだから」
なんて言いながら吉良坂さんがはむっとソフトクリームを口に入れる。
「んんぅ。やっぱり宮田下くんのはすごく濃厚でとろっとろで美味しい」
「語弊がありすぎるんだよなぁ」
「これで二種類の味も楽しめた」
「どういうことだ?」
「宮田下くんが舐めた後だったからね」
吉良坂さんがいたずらっぽく笑う。
ああ、これはあれだ。さっき間接キッスのくだりで俺が強がってたのバレて、またからかおうとしてるんだ。
暖かな日差しに照らされて先に溶けてしまうのは、どうやらソフトクリームではなく俺みたいだ。
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