第3話 司書②
何を隠そう、ここに居並ぶ三人はいずれも技令士であり、それも『司書』と呼ばれる者達である。
そも技令士は常人と異なる力を持ち、中には不埒な行いに走る者もあるというのは先に述べたとおりである。
それは時に目を覆うほどに残忍なものであり、世の平和を乱すものとなる。
そこで、技令士の中でも一定の力を持ち、秩序を守らんとする志ある者が警察のような役割を持つこととなった。
それこそが『司書』であり、彼らは我々の知らぬ裏で暗躍している。
その働きは時に静かで、時に荒々しく、時に命懸けのものである。
ただただ世の平穏を願い、浮世に乱れが至らぬよう日夜身を粉にしている。
三年前より浩一は、その中でも南九州の『司書』を束ねる『司書督』の役目にあり、故に伸介と井川にすれば上司に当たる。
浩一が大将と呼ばれる所以は喫茶店を営むことの他に、こうした事情があるのだが……。
今、井川から事の仔細を聞く浩一は、すっかり『司書督』の顔となっている。
「なるほど。朝から健軍神社、加藤神社と行ってから鶴屋と並木坂の古書店で買い物。夕方頃には藤崎宮へ、か。元気な婆さんだな」
「足腰は相当達者だったようです。神社へ行くことも多かったようですが、コロナもあって三社参りするのは初詣以来でした」
「ほぉ、そんなに神社に行きたいもんかね」
「何かあるのかとも思いましたが、娘さんの話によると旦那さんを失くして以来の趣味だとか。SNSへの投稿も昨年までは頻繁に行っています。遠出をした際にはその地の三社参りもしており、昨年は長崎で回っています」
「あの坂の町で、か。それは本物だな。で、鶴屋と古書店では何を買ったんだ」
「鶴屋では懇意にしていた婦人服の店があったようで、そこで秋物の服と総菜を。古書店では二冊ほど小説を求めています」
腕を組んだ浩一が暫しの沈思に入る。
それを見据える二人の男は固唾を飲む。
井川に刻まれた眉間の皺は微かに震え、伸介の背が僅かに上下する。
いくつかの『ヤマ』を解決してきた浩一であるが、初手の黙考は彼の一つの型である。
ここで整理された疑問点を一つ一つ潰していき、新たな手掛かりを得ていく。
その確かさを既に浩一の『部下』たる二人は既に信頼しており、だからこそ、次の一言を待つ姿に緊張が漲る。
「立ち寄った神社と古書店も気になるが、行きつけの喫茶店に寄らなかったのも気にかかる。よし、その仏さんが立ち寄った鶴屋と古書店と喫茶には俺が出張ろう。井川は仏さんの家の周りを探ってみてくれ。国枝と加藤にも動員をかけて技令士の往来と使い魔の動きに注意してくれ。本命ではないが、念のために網を張る」
「え、俺は何もなし、ですか」
「いや、伸介にはとびきりの仕事がある」
それまでの険しい表情が一転、にやりと笑った浩一に伸介が身を固くする。
「喜べ、初デートに加藤神社と城彩苑ならお誂え向きだろう」
固い表情を崩さなかった井川が目を丸くして伸介の顔を覗き込んだ。
「え、大将、俺、言いましたっけ」
「言わなくてもお前の顔見りゃ分かるさ。この前、助けたとかいう女とできたんだろう。神社好きならちょうどいいんじゃなぇか」
「いやぁ、それは間が悪いことをしてしまったなぁ、伸介君。いや、どうか勘弁してほしい」
「いや、井川さん。それは俺の事情ですから、頭なんて下げないでくださいよ」
あの後、伸介は身寄りのない彼女を見舞い、何くれとなく助けた。
四日ほどの入院であったが、それでも入用ではある。
彼女の求めに応じて買いに走り、その日のうちに返してもらったとはいえ入院費まで立て替えた。
「流石にお前、そりゃやり過ぎだろう。よく怪しまれなかったな」
「俺の昔話をしましたんですよ」
「なるほどな。それで上手く口説けたんだな」
「いや、向こうから言ってきたんです、三日目に。入院費の立て替えと昔話をした後に、よろしければ付き合ってください、って。いやあ、俺も夢じゃないかなって」
頻りに頭を掻く伸介を、穏やかな笑顔で井川が見守る。
その様は歳の差もあって親子のそれに近い。
「いやいや、伸介君のような好青年が一人でいるというのがおかしかったんだ。何も恥じ入ることはありませんよ」
「井川さん、それは買いかぶり過ぎですよ」
「そうだぞ、井川。そんな言い方をしたら伸介がつけあがるだけだ」
伸介の抗議を浩一は笑って流す。
「それで、明後日が日曜日だからってどこかに行くことになってんですけど……。デートなんて行ったことないですから相談しようと思ってたんですよ。十時に迎えに行くんですけど、どうしたらいいですかね」
「なら、そのまま加藤神社で用事を済ませてから城彩苑で飯にするだろ。そっから宇土、三角西港に寄って、最後に独鈷山か花岡山で夜景でも見たらどうだ」
メモを取る伸介は、童顔を貼り付けた頭を頻りに上下させる。
こうした伸介の素直さは、浩一も井川も好むところであった。
「退院したばかりだ、あまり多くを歩かせない方がいいからドライブの方がいいだろう。まあ、お前がしっかりと喋れればの話だがな」
「大将、それは心配に及ばないでしょう。伸介君はどうして、口も達者ですから」
「いや、何事につけても初めてごとだ。油断すれば足下を掬われるぞ」
明瞭な返事でこれに返した伸介は、コーヒーをぐいと飲み干す。
笑った壮年二人は、しかし、また険しい顔に戻った。
「それと、役目柄のことを忘れるなよ。人死にが、それも何の関係もない人死にが出ている案件だ。本当に技令が絡んでいるなら、許してはおけん」
「分かってます、大将。俺もそれは許せませんから」
真直ぐに浩一を見据え、伸介が頷く。
空いたグラスから乾いた氷の音が響き渡った。
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