第3話:笑うということ

明莉は4月から小学生になることになっていた。しかし、幼稚園を卒園したくないという気持ちがどこか彼女を苦しめているようだった。なぜなら、卒園してしまうと、今まで一緒に過ごしてきた同級生達とは今のように会えなくなる。


そして、今いる子達は隣の学区の小学校に行く子、少し離れた学区の小学校に行く子がクラスの7割を占めていて、残り3割は私立小学校や明莉と同じ学校に進学する子だった。しかし、同じ学校に進学するメンバーに仲の良い子はいない。そのため、姉たちの通っている小学校に行くこと苦痛に感じていたのだった。


 その夜、明莉は母に行きたくない気持ちを打ち明けた。すると、「何で行きたくないの?」と母親が聞くと彼女は「お友達が行かない学校には行きたくない。だって、つまらないもん」と。確かに、彼女の地域では越境通学は特別な理由がない限り認められていない。そのため、彼女の場合は該当する項目がないため、嫌でもその学校に行かなくてはいけないのだ。だからといって友達と通うためだけに今から引っ越す訳にもいかない。ただ、彼女の願いを叶えてあげるためにもかすかな希望を求めて母親は部屋を探したが、どこも満室で引っ越す先がない。というのも、隣の学区の小学校は昨年改装工事を終えて綺麗な校舎になったのもあり、転入するために引っ越してくる家族もしくは親子が急増しているのだ。そのため、周辺にはそれを見越して新築のアパートや戸建てが何棟も建つという今までに見たことのない情景が広がっていた。転入者の大半は家族と別居して子供と父親もしくは母親だけで引っ越してきて、通学する子供も少なくない。まして、賃貸も学校に対する需要が高まっていることが影響しているのか、ここ数ヶ月で家賃が急騰していて、以前は相場が6万円程度だったが、今では一般的な間取りで月7万円~8万円台後半、家族向けになると10万円台まで上昇していて、どう考えても引っ越すことは難しかった。


 そして、もう1つ彼女には不安に感じている事があった。それは、習い事のにっすうが増える事だ。現在、彼女は習い事が週4日も入っていて、何とかこなしているが、小学校に入ると週6日になる。特に英語教室はこれまで週1日だったが、小学校に入学すると週2日に増えて、スケートとバレエがこれまで週2日だったレッスンが普段は変わらないが、長期休暇などは週3日に増える。今回新たに学習塾の入学試験に合格したため、通常時で週2日、年に4回講習がある学習塾にも通うことになるため、彼女は休む暇がなくなる。そのため、友達から遊ぼうと言われたときになんと断るべきか?休みになったときにこなせるのか?とさまざまなことに対して不安に感じていた。


 ある日、姉たちと出かけたときに「明莉はなんでいつも真顔なの?もっと笑いなよ」と言われた。確かに、母親からも以前同じ事を言われていて、6歳になったばかりの明莉は言われている意味が分からなかった。ただ、姉妹の中では彼女が1番その時の気持ちが表情として顔に出やすい。そのため、友達と遊びに行っても楽しそう遊んでいてもどこか不満がありそうな顔をしていることもあった。彼女はめったに笑うことはなく、いつも悲しそうな顔をしているか、つまらなそうな顔をしていた。そして、次第に彼女が引っ込み思案になり始めてしまった。


 そんな妹を姉たちは心配していた。というのは、生まれたときは姉たちがあやしているとよく笑う子ではあったが、成長するにつれだんだん笑顔が消えていき、意思表示をあまりしなくなったのだ。当時、母親はそこまで心配していなかったため、気にはしていなかったが、幼稚園に入ったときに取った集合写真を見ても明莉だけ表情が暗かった。日常の記録写真にも笑顔で写っている写真は1枚もなく、彼女はいつも顔を隠していて楽しそうな表情を見なくなり、流石に心配になった母親が先生に思わず相談した。そして、話を聞いていくうちに彼女が何故笑わなくなったのかという理由が分かった。それは、“環境の変化による精神面での不安”だった。確かに、今まで父親よりも年下の異性とは交流もなく、親戚の家にも彼女が生まれてから2度しか行っていない。そのため、離れて暮らしている両親の兄弟・姉妹とも遊んでいなかった。そのため、男の子と1日過ごすという経験をしたことがないため、笑えなくなったのではないかという結論に至った。


その後は笑っている写真が少しずつ出てくるようにはなってきたが、どこかぎこちない感じがしていた。


そして時間は流れ、卒園式当日を迎えた。彼女はどこか寂しそうな気持ちで卒園式の用意をしていた。そして、朝食を終え、姉たちを見送り、両親と共に幼稚園に向かった。すると、彼女はずっと下を向いて歩いていた。というのは、彼女が幼稚園に通っていた道は小学校とは反対方向になるため、登下校では通らない道になる。そして、遊びに行く公園も家の裏側の道にあるため、普段は小学校の通学路でも遊びに行くとしてもこの道は使う事はほとんどない。つまり、今日の行き帰りでもうこの道とは少しの間お別れになるのだ。“もうこの道を歩くことはない。”という悲しい気持ちがあふれてきて、彼女が悲しんでいるのだろう。


 卒園式も順調に終わり、同級生達とお別れの時間になった。そして、ママ同士で連絡先や住所などを交換して、長期休暇やお互いの時間空いているときにお互いの家に遊びに行くことやどこかに出かける時に誘いやすいようにお互いに連絡を取れるようにした。


 そして、卒園式の翌日から小学校の入学式まで彼女は家で過ごすことになった。しかし、父親は日中いないため、子供達だけで過ごさなくてはいけないのだ。しかし、一番上の姉は部活があるため週に3日は部活に行くことになる。ただ、救いは姉の部活は午前中の2時間程度のため、ご飯の用意などは心配しなくて良いという点だ。そして、上2人は普段から家のお手伝いをしていたため、洗濯などは問題なかった。

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