最終章 『月下の死闘』

第1話 暗殺者ふたたび

 上空からの爆撃が作戦本部を襲う中、東将姫アナリンの部下である不死暗殺者ザッカリーが再び僕の前に姿を現した。

 この爆撃によって巻き起こった粉塵ふんじんまぎれて忍び込んで来たんだ。

 作戦本部内の兵士たちにはあらかじめザッカリーの煙化スキルのことは伝えてあるから発見次第、警笛けいてきが鳴る予定だったんだけど、この爆撃の中ではどうしようよない。

 うまいことやられた。


 僕らはザッカリーの顔をまともに見ないように、目線を下にらす。

 そんな僕らの耳にザッカリーの不気味な声が響いた。


「また会ったな。神。そして兵士の女」

「こちらとしては二度と会いたくはなかったんだがな。不死暗殺者殿」


 そう言って即座に顔をそむけながら神様はブレイディーを天幕の外に逃がそうとする。

 だけどブレイディーは外に出ようとして足を止めた。


「こ、これは……」

「くっ……」


 神様とブレイディーはそう言ったきり動けなくなってしまった。

 見ると天幕の外側にいつの間にか一枚の手鏡てかがみひもで吊り下げられていたんだ。

 そこに映るザッカリーの姿がチラリと見えて、僕はあわてて目線を下げた。

 ザッカリーの目に宿る光を見た者は一切の身動きを封じられてしまう。


 眼光縛りパララサス

 ザッカリーのスキルだ。

 ザッカリーの目の光をこちらの目で受けてしまった時点で効果が出てしまう。

 とにかく目線をずらさなきゃ!

 

 僕はザッカリーの足元に目線をえたまま注意深くその動きを見つめる。

 するとザッカリーの足元に何枚もの手鏡てかがみが投げられたんだ。

 ゲッ!

 やばい!

 

 僕は咄嗟とっさに目を閉じた。

 でもこれは危険だ。

 身動きを封じられるのも困るけど、こうして目を閉じたままじゃ戦えない。

 この状態でザッカリーのスキル・安らかなる死ユーサネイジアを浴びせられたら、避けようがないぞ。


 僕は蛇剣タリオへびに念じた。

 金と銀のへびたち。

 ザッカリーの猛毒攻撃から僕を守ってくれ。


 金と銀のへびはザッカリーが現れた時から、自らの判断で剣のつかから離れてその体を伸ばし、僕を守るように体の前に出てくれている。

 ザッカリーの暗殺スキルである安らかなる死ユーサネイジアから僕を守ろうとしてくれているんだろう。

 ザッカリーも前回みつかれたことでへびに対して警戒しているようで、すぐには攻撃を仕掛けてこない。


 だけど、この場にいる3人の中でザッカリーが生かしたまま捕らえようとしているのは神様だけだ。

 僕とブレイディーは殺しても構わない。

 目を閉じた状態で、いつ体のどこかにチクリとした痛みを受けるのか分からないという恐怖心が、僕の焦燥感しょうそうかんあおる。

 そうした状況にたまらず、僕は弾かれたように声を張り上げた。


「誰かー! 誰か来てくれー! 作戦本部に侵入者だー!」


 これで詰所つめしょにいる兵士たちが集まってくれればザッカリーだって簡単には仕事を出来ないはずだ。

 そう思った僕の耳にザッカリーの冷ややかな声が響く。


「ムダだ。誰もここには来ない。俺が事前に処理しておいたからな」

「しょ、処理? いったい何をしたんだ!」


 思わずカッとなる僕を面白がるようにザッカリーは不愉快な笑い声をらす。


「カカカ。何をしただと? おろかな質問だな。俺は暗殺者だぞ。することは一つだ」

「そ、そんな……」

「もうこの作戦本部で生きているのは貴様ら3人だけだ。助けは来ない」


 作戦本部には護衛役の兵士や、負傷兵が少なくとも50人はいたはずだ。

 それが全員殺されてしまったなんて。

 確かにザッカリーの手腕と爆撃により混乱した状況を利用する狡猾こうかつさがあれば不可能ではないかもしれない。


 僕は目を閉じたままくちびるんだ。

 さっきから姿が見えないアビーのことも気になる。

 まさかアビーまで……くっ!


 僕は焦燥感しょうそうかんに駆られて蛇剣タリオへびに念じた。

 あいつを……倒してくれ!

 僕の念に応じてへびがザッカリーに向かっていくのが分かる。

 すぐに鋭い金属音が立て続けに響き渡った。

 ザッカリーが刃物でへびの牙をかわしているんだろう。


「そんな目を閉じている状態で戦えるほどの腕はないようだな。アルフレッドの武器をレプリカしても貴様には使いこなす力量がない。護衛としてはあまりにも貧弱だ」


 つまらなさそうにそう言うザッカリーの声が徐々に近付いてくる。

 へびたちを押しのける刃の音が激しさを増した。

 くっ!

 動けないブレイディーや目を閉じている神様を背中に守っている以上、僕はここから一歩も引くわけにはいかない。


 僕は目を閉じたまま金の蛇剣タリオを両手で握る。

 そして押しのけられるへびたちの感触から距離を測り、ザッカリーが僕の間合いに入ってきたと感じた瞬間に剣を鋭く突き出した。


「はあっ!」


 相手に体ごとぶつかっていくような勢いで振り下ろした剣は、むなしく空を切る。

 そして次の瞬間、逆にザッカリーから体当たり浴びせられて後方にのけった。

 それからすぐに冷たい感触の手が僕の首をつかむ。


「くはっ!」


 し、しまった。

 ザッカリーに一気に距離を詰められてしまったんだ。

 血の通わない不死者アンデッドの冷たい手が僕ののどを締め上げ、その冷徹れいてつな声が僕の耳朶じだを打つ。

 

「貴様を殺すのは一瞬で出来る。だが……」


 そう言うとザッカリーは指で僕の目を無理やりこじ開けた。


「う、うぐぐ……」


 必然的に僕の目にザッカリーの目の光が飛び込んでくる。

 くっ!

 眼光縛りパララサスによって僕の体は一瞬で固まり、動けなくなる。

 や、やられた。


 動けなくなった僕はザッカリーの姿をあらためてマジマジと見せられることになった。

 ザッカリーは最初に会った時と違い、頭にかぶとをかぶり、全身に甲冑かっちゅうまとっていた。

 へびみつこうとしても、あれだと手首や顔などの露出した部分にしかみつけず、必然的にザッカリーはへびへの対処が容易になる。

 二度目だから対策をしてきたってことなんだ。


「こんなものをゴテゴテと身に着けるのは主義ではない。全ては貴様らへの屈辱くつじょくを晴らすためだ」


 そう言うとザッカリーは僕の首をめていた手を放し、その鋭いつめを僕のほほに突き立てた。

 い、痛い。

 とがったつめの先が僕のほほに突き刺さる。


「こざかしい貴様らのことだ。安らかなる死ユーサネイジアへの対抗策でワクチンでも打ってきたのだろう? だがアルフリーダ。俺は貴様に受けた屈辱くつじょくの借りを返さねばならん。決して安らかには死なせん。そうだな……生きたまま目玉をくり抜くというのはどうだ?」


 そう言うとほほに刺さったザッカリーの鋭いつめが引き抜かれ、それが僕の眼球に迫って来る。

 ひっ……。

 恐怖に飲み込まれそうな僕は背後で動けなくなっている神様とブレイディーのことを思い、必死に自分の心をふるい立たせた。

 神様たちを守ってほしいとジェネットに頼まれたんだ。

 僕がここであきらめてしまうわけにはいかない。


 僕だってこうなることを想定していなかったわけじゃない。

 前回の対決から対策は練ってきた。

 僕は痛みと恐怖をこらえ、頭の中でへびに念じた。

 すると床に転がっていた蛇剣タリオの刀身から鎌首をもたげた金のへびがその口から黄金色にかがやく粒子をザッカリーに向けて吹き付けた。


 神聖属性の粒子は不死者アンデッドであるザッカリーには大きな効果がある。

 万が一僕が動けなくなってもへびで攻撃できるよう準備しておいたんだ。

 その粒子に体を包み込まれたザッカリーは……えっ?


真空密封ヴァキューム・シーリング


 ザッカリーがそう言うと、身に付けているよろいの継ぎ目が、き出してきた樹脂でまっていく。

 頭にかぶっているかぶとも前面の開いている部分に透明のシールドが出てきて密封された。

 くっ!

 完全防備だ。


 完璧な密封状態で、これだと粒子の入り込む隙間すきまがない。

 この装備だと普通の人間なら酸素が吸えなくなって窒息ちっそくしてしまうけれど、不死者アンデッドのザッカリーには呼吸の必要がない。

 対策をしてきたのは僕だけじゃなかったんだ。


「ムダな悪あがきのばつとして、最初に後ろの女を殺してやる。仲間の女が死ぬのをその目で見届けろ」


 そう言うとザッカリーは拳で僕の顔面を打った。

 くはっ!

 なぐり倒された僕をザッカリーが踏み越えていく。

 ねらいは僕同様に動けないブレイディーだ!

 そんなことさせないぞ!


 傷つけられたほほなぐられた鼻から血があふれ出すのも構わず、僕はへびに念じてザッカリーの体にからみつかせ、その動きを止めようとした。

 だけどそのよろいの表面には油が塗られているようで、へびうろこ上滑うわすべりしてしまう。

 そしてザッカリーは悠々ゆうゆうへびを振りほどくと、ブレイディーをその目で見える位置から仕留めようとした。

 だけどその時、天幕の外から聞き覚えのある声がしたんだ。


「ちょっと待つのです~!」


 そう言って天幕に飛び込んできたのは、この場にいなかったアビーだった。

 よ、良かった。

 彼女は無事だったんだ。

 でも戦えないアビーがこのタイミングで飛び込んでくるなんて……。


 安堵あんどから一転してそう不安になったけれど、アビーはその手からザッカリーに向けて何かを投げつけた。

 それは茶色い毛を持つネズミのような小動物だった。


「邪魔だ」


 ザッカリーは自分の顔に向かってくるその小動物を手で払い除けようとしたけれど、小動物は空中で大きく姿を変えていきなり人間に変わったんだ。


「なにっ?」

「ていっ!」


 小動物から変身したその人物に顔を蹴りつけられ、ザッカリーは天幕の外まで勢いよく吹っ飛ばされた。

 視界からザッカリーの姿が消えたために僕の体はようやく自由を取り戻す。


「プハッ!」

 

 そんな僕の前に立ったのは、今しがたザッカリーを蹴っ飛ばした1人の少女だった。

 僕はその少女を見つめ、胸にき上がる歓喜の思いを吐き出す様に言った。


「ア……アリアナ!」


 そう。

 そこに立っていたのは、北の森でミランダと同じく行方ゆくえ不明になっていた魔道拳士の少女・アリアナだったんだ。

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