第15話 危険な賭け

「神様! ヴィクトリアとノアが!」


 作戦本部にある兵士の詰所つめしょから全速力で走り続けた僕は、神様のいる司令部のテントに息を切らして駆け込んだ。

 黄金のアニヒレートがその全身から放射した熱線のせいで、ヴィクトリアとノアは戦闘不能となってしまったんだ。

 アニヒレートの肩の上で黒焦くろこげになって倒れている2人をすぐにでも助けに行かなくちゃならない。


「ようやく来たか。アルフリーダ。道草を食ってる場合じゃないぞ」


 本部長の椅子いすに座りながら神様はそう言って僕をジロリと見やる。


「す、すみません。あの2人の戦いが気になっちゃって、詰所つめしょでモニターを……」


 司令部のテントからは多くの人が出払っていて、今は神様とジェネット、そしてブレイディーしかいなかった。

 アビーはどこかに行っているみたいだ。

 ジェネットとブレイディーはモニターを食い入るように見つめている。

 そこにはアニヒレートの肩の上で倒れている2人のステータスがモニタリングされていた。


「ヴィクトリア、ノア。両名ともにまだ生存している。熱線放射の瞬間、ヴィクトリアは瞬間硬化インスタント・キュアリングのスキルを使ったんだ。完全に間に合ったとは言えないが、ライフが完全に尽きるのは防げたはずだ」


 瞬間硬化インスタント・キュアリング

 体を金属のように硬化させるスキルだ。

 物理攻撃や魔法攻撃のダメージから逃れられる反面、身動きが取れなくなってしまうというリスクもある。


「ノアは生来の防御力の高さがあるが、それでもあの熱線はキツかったようだ。連続して浴びたことからダメージ超過で気絶してしまったのだろう」


 見るとモニター上のノアのライフはすでに残り2となっていた。

 1ずつしかダメージを受けないノアのライフの総量は7だから一気に5も減ってしまったことになる。

 あのままアニヒレートの肩から振り落とされたら落下ダメージで1、その後アニヒレートの脚で踏まれたりでもしたらライフ0でゲームオーバーになってしまう。


「2人を助けにいかないと。僕、行ってきます」


 そう言う僕に神様は首を横に振る。


「待てアルフリーダ。現場にはジェネットを向かわせる。おまえはここで私の護衛だ」


 やはりと言うべきか、神様はそう言った。

 その言葉を予想していたからか、ジェネットはおどろかない。

 でもジェネットが向かうべきなのはヴィクトリアとノアがまだ戦闘を継続していた場合の話であって、倒れている2人を救出して戻るだけならば僕でもできる。

 ジェネットには引き続き神様の護衛をしてもらったほうがいい。


 そう思った僕だけど、モニター上でアニヒレートが進み出したのを見てハッとした。

 アニヒレートの行く手には先ほど後退していったポイント・ファイブの兵団の姿があった。

 彼らはそのままシェラングーンまで後退し、残存兵力をまとめて街を放棄、脱出する最後の任務にく予定だった。

 でも彼らはその場に留まり、アニヒレートを迎え撃とうとしている。


 どうなってるんだ?

 モニターに映る彼らの様子を見つめながらブレイディーは拳で机をドンッと叩いた。

 その顔は苦渋くじゅうの色に満ちている。

 

「撤退命令は出したんだ。だが彼らは一部の人員のみをシェラングーンに向かわせただけで、大多数はあそこでアニヒレートを迎え撃つと言ってきたんだ。ここに来ての命令違反さ」

「そんな……」

「アル様。彼らの多くはシェラングーンの出身なのです。街が破壊されるのをだまって見ていることが出来ないのでしょう」


 ジェネットは無念の表情でそう言った。

 彼女のその表情が物語っていたんだ。

 すでに大勢たいせいは決し、アニヒレート攻略戦は失敗に終わったと。

 悔しいけど、これからはいかに被害を最小限に抑えて敗戦処理を行うかに焦点しょうてんしぼられてくる。


「アル様。私がアニヒレートを牽制けんせいしている間に、我が主が兵団の方々を説得して下さいます。その間に私はヴィクトリアとノアを救出してまいりますので、ご安心を。アル様は我が主をお守り下さいまし」


 ジェネットはそう言うと、徴悪杖アストレアを手に歩き出した。

 僕はあわてて彼女を呼び止める。


「ジェネット! 危険な任務だけど、絶対に無事に戻ってきてね!」


 僕の言葉にジェネットは静かに微笑みうなづいて、それからテントを後にした。

 今、アニヒレートはこの作戦本部の1キロほど北にある街道をシェラングーンに向けて進んでいる。

 ジェネットが空を飛んで近付けばすぐに接触することになるだろう。

 緊張する僕とは対照的に神様は落ち着いて椅子いすに座り、マイクで兵団に向かって呼び掛けた。


【ポイント・ファイブの残存部隊、応答せよ。作戦本部長の神だ。今、聖女ジェネットがそちらに向かった。諸君らの命を救うためだ】


 神様の言葉に兵団から即座に応答が返ってきた。


【自分たちの命はアニヒレートに一矢報いっしむくいるために使おうと決めました。聖女殿はヴィクトリア殿とノア殿を救出されたら離脱して下さい】

【すでに勝敗は決した。負け戦に玉砕ぎょくさい覚悟でいどむのはおろかなことだぞ。ここは引け。諸君らが引かねばジェネットは危険を承知で諸君らを救おうとするだろう】

【……我らの仲間たちも多くが命を落としました。最終部隊である我々があの魔物に一矢報いっしむくいねば、死んでいった者たちに顔向け出来ません】


 そう返信が来たその時、いよいよ兵団の数百メートル手前までアニヒレートが迫って来た。

 アニヒレートは兵団を目にすると、彼ら目掛けて即座に青い光弾を放つ。

 兵団は空間歪曲わいきょくシステムを用いて直撃は避けるけれど、アニヒレートは一向に構うことなく光弾を放ちながら兵団との距離を詰めていく。

 こ、このままじゃ蹴散らされる。

 そう思ったその時、アニヒレートの横っ面に光のきりが炸裂した。


「ゴアッ!」


 いきなりの横やりに足を止めたアニヒレートの視線の先には、聖光霧ピュリフィケーションを放ったジェネットの姿があった。

 彼女はアニヒレートの注意を引くようにその顔の周囲を飛び回りながら連続で聖光霧ピュリフィケーションを仕掛けていく。

 アニヒレートは顔の周りを飛び回るジェネットを鬱陶うっとうしそうに前脚で払った。

 ジェネットはそれをすばやくかわしながら的確にアニヒレートの顔に聖光霧ピュリフィケーションを噴射する。


 その成果があってアニヒレートは兵団を離れてジェネットに引き寄せられていく。

 そのすきを見て神様が兵団に再び声をかけた。


【諸君らにはまだやるべき仕事がある。ここでのムダ死には任務放棄に値するぞ。シェラングーンへ戻れ。街は壊されてもまた作ればいい。だが人は違う。今回に限っては諸君らNPCに次はないと考えよ】


 神様の言葉は厳しいけどやさしい警告だった。

 アニヒレートに向かっていこうとしていた兵団の足が止まる。

 その間もジェネットはずっとアニヒレートを引き付け続けている。

 ジェネットは距離を保ちながらアニヒレートの肩の上の2人を救出しようと機をうかがっていた。

 

 さっきの熱線放射を受けたらジェネットだってひとたまりもない。

 ただ、熱線放射はアニヒレートにも負担が大きいようで、放射前に55000近くあったアニヒレートのライフはとうとう50000を切った。

 明らかにあの熱線放射を放ったことによるライフの大幅減少だった。

 そうした理由からアニヒレートが再びあの技を使わないでくれると助かるんだけど、そんな保証はどこにもない。


 それが分かっているからジェネットは警戒し、アニヒレートにダメージを与えることよりもヴィクトリアとノアを救出し、兵団からアニヒレートを引き離すことに注力していた。

 何が起きるか分からない中、様々な制約を受けながらたった1人でアニヒレートを相手にするのは心身ともに消耗するはずだ。

 僕は思わず拳を握り締めた。


 ジェネットの助けになってあげたい。

 でも今は神様を守らないといけないんだ。

 自分が離れている間に神様に何かあればジェネットに申し訳が立たない。

 もしそんなことになれば優しいジェネットは僕を責めずに自分自身を責めるだろう。

 彼女にそんな思いをさせるわけにはいかない。


 僕は腰に下げた蛇剣タリオを握り締め、決意を固めた。

 その決意が試される機会はすぐに訪れた。

 ブレイディーが予備マイクを使って唐突に叫んだんだ。


【作戦本部上空より落下物! 回避!】


 ブレイディーがそう言い終えるやいなや、ドーンと轟音ごうおんが鳴り響き、激しい突風が天幕の間から吹き込んできたんだ。


「ば、爆撃だ!」


 今度はマイクを使わずに叫ぶブレイディーの顔が青ざめている。

 そのとなりで神様は冷静に言った。


「落ち着け。この作戦本部でも空間歪曲わいきょくシステムはすでに作動している。おそらく爆撃が落ちたのは本部脇の平原だ」


 そう。

 この作戦本部がねらわれることも当然想定し、すぐに空間歪曲わいきょくシステムを起動できるように時魔道士や精霊魔術師たちが常駐してくれている。

 だから本部の天幕の上に爆撃が直接落ちることはない。

 でも爆撃はそんなことお構いなしに連続する。


 空間歪曲わいきょくシステムによって軌道きどうれた爆撃が、周辺の地面をえぐって盛大に土煙を巻き上げる。

 おかげで作戦本部の中は濛々もうもう砂埃すなぼこりただよい、僕は思わずき込んでしまう。


「ゴホッゴホッ! こ、この爆撃いつまで続くんだ?」


 神様やブレイディーもたまらずにき込んでいる。

 僕はアイテム・ストックの中から防塵ぼうじんマスクを取り出してそれを2人に手渡そうとした。

 だけど……。


「んっ?」


 砂煙に混じって神様の背後に白い煙がただよっていたのを見た僕は、咄嗟とっさ防塵ぼうじんマスクをそこに投げつけ、神様の手を握って引き寄せた。


「神様!」

「うおっ!」


 神様はおどろいて僕の足元に転がり、僕が投げた防塵ぼうじんマスクは白い煙を散らす。

 だけど散り散りになった煙はすぐに再び集約され、人の姿をかたどっていく。

 それを見たブレイディーが僕の背後に駆け寄り、僕は彼女と神様を背中に守りながら金の蛇剣タリオを抜き放った。


 そんな僕らの前に現れたのは……不死暗殺者ザッカリーだった。

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