第2話 冷徹なる拳

「ア……アリアナ!」

「アル君!」


 ザッカリーに襲われて危機一髪のところで、助けに駆けつけてくれたのは行方ゆくえが分からなかった魔道拳士のアリアナだったんだ。

 無事だった。

 やっぱり無事でいてくれたんだ。

 僕は嬉しくて状況もかえりみずに半ベソをかきながら彼女の手を握った。


「よかったぁ。アリアナが無事でいてくれて。本当に」

「うん。心配かけてごめんね。アル君」


 嬉しそうにそう言うアリアナだけど、すぐにその顔を引き締める。


「色々と話したいことが山ほどあるけど、事情は後で説明するね。少し離れてて。アル君。神様とブレイディーをお願い」


 そう言うとアリアナは静かに目を閉じて身構えた。

 そんな彼女の前方から天幕をくぐってザッカリーが再び姿を現す。

 アリアナとザッカリーは初めての遭遇エンカウントだけど、ザッカリーのスキルなどの情報はアリアナにも当然共有されていた。

 だから彼女は敵の目を見ないように目を閉じている。


 そんなアリアナの姿に、僕は初めて彼女と一緒に出かけた亡者の廃城を思い出す。

 あの時もアリアナは目を閉じたまま、ゾンビの群れを圧倒したんだ。

 凡人の僕からしたら、目を閉じたまま敵と戦えるなんて想像もつかない。


「魔道拳士アリアナか。貴様の登場は想定していなかったが、それでも俺の暗殺名簿に1人名前が増えただけに過ぎん」


 冷え冷えとした声でそう言うザッカリーにも、アリアナはおくさずに言葉を返す。


「私の大事な人を……仲間を二度も傷つけた。あなたに向ける拳はいつもよりちょっと冷たいから、覚悟して」


 アリアナは静かな口調ながら怒りをはらんだ声でそう言った。

 そして次の瞬間、アリアナは拳を自分の顔の前に振り上げたんだ。

 目線の高さで止めたその拳を開くと、人差し指と中指の間に白い凍結した糸……いや、極細ごくぼその針がはさまっていた。 


「これで毒を注入するのね」


 この至近距離からいつ発射したのかも分からないザッカリーの毒針を、目を閉じたままつかんでみせたアリアナの技量に僕は目をく。

 凍結した毒針はそのまま粉々にくだけてしまった。

 だけどそれを見たザッカリーは冷静さをくずすことなく言う。


「大したものだ。さすがに名の知れた魔道拳士だな。だが、俺の暗殺術からは何人なんぴとたりとも逃れられない」


 ザッカリーがそう言った途端とたん、アリアナの前髪がフワリと揺れた。

 するといきなり彼女のライフゲージが減り始めたんだ。

 そ、そんな……針を浴びていないはずなのに。


「針などなくとも俺の安らかなる死ユーサネイジアは……」


 ザッカリーがそう言いかけた瞬間、アリアナは猛烈な勢いでザッカリーに襲いかかった。


「はあっ!」


 鋭い拳の一撃がザッカリーを襲う。

 だけどザッカリーは一瞬で体を白煙化させた。

 アリアナの拳は宙をかき、白煙を舞い散らす。

 それでもアリアナは落ち着いていた。

 

氷槍刃アイス・グラディウス!」


 アリアナの両手から激しい氷のつぶてが放たれた。

 それを浴びた白煙状態のザッカリーは気体から液状化し、瞬時に凍りつくと人の形となって地面に落ちた。

 

「うぐぐ……」


 苦しげなうめき声をらして凍りついたザッカリーが起き上がろうとする。

 アリアナはライフが減少し続けて残り半分を切ったのも構わずに、ザッカリーの前に立った。

 そして目を閉じたまま拳を地面スレスレの低さからザッカリーのあごに浴びせたんだ。

 

氷結拳フリーズ・ナックル!」


 てついた拳にものすごい勢いで突き上げられたザッカリーの頭部は、その体から離れてくだけ散ってしまった。

 ひ、ひええええっ!

 エグイ攻撃だ。

 アリアナ自身が言っていた通り、その苛烈かれつな攻撃はまさに冷徹な怒りの拳だった。


 それでも首を失ったザッカリーの体は起き上がり、アリアナにつかみかかる。

 不死者アンデッドならではの行為だ。

 だけど顔が吹き飛ばされたことで、ザッカリーは眼光縛りパララサスが使えない。

 アリアナは目を開けると体勢を入れ替えて、ザッカリーの体を背負い投げで地面に叩きつけた。


 その勢いでザッカリーの右腕がちぎれて飛ぶ。

 だけどそんな有り様になりながらもザッカリーの体は起き上がろうとし、ちぎれた右手もなおアリアナにつかみかかろうとする。

 

 こ、これじゃキリがない。

 アリアナのライフも残り3分の1を切ってしまった。

 まずいぞ。

 

 僕は金と銀のへびに念じた。

 アリアナを助けてくれ。

 すると銀のへびがザッカリーのちぎれた右腕にからみついて押さえつけ、金のへびはザッカリーの胴体にまとわりつく。

 隙間すきまのない甲冑かっちゅうを着ているザッカリーだけど、首が無くなったことでその部分は露出していた。


 ここだ!

 金のへびは首のあった場所にみつくと、そこから思い切りザッカリーの体内に金の粒子を注入した。

 途端とたんにザッカリーは聞いたことのないような悲鳴を上げる。


「ひぎええええっ!」


 首の無い状態で一体どこから声を出しているのか分からないけれど、神聖属性の粒子はザッカリーにとって猛毒だ。

 それが体中に回り、ザッカリーは激しく痙攣けいれんし始めた。

 そしてその体が白い灰をき散らしながら消えていく。

 ライフゲージのないザッカリーのステータスが消えていき、現れたコマンド・ウインドウにゲームオーバーが表示される。

 それは……不死者ザッカリーが滅びたことを示していた。


 やった!

 ザッカリーを倒したぞ!

 だけど……。


「えっ?」


 それでもアリアナのライフの減少は止まらなかった。

 ザッカリーがいなくなってもその猛毒プログラムの効果は消えず、アリアナのライフは今にも尽きようとしている。

 アリアナはその現象の前に成すすべなく呆然ぼうぜんと立ち尽くすばかりだった。

 たまらず僕はそんな彼女に駆け寄る。


「アリアナ!」

「アル君……ちょっとやばいかも。多分……さっき息を吸った時だと思う」

「息を? 待ってて! 神様!」


 僕はすぐに神様を振り返ると、心得ているとばかりに神様はあるアイテムを投げ寄こす。

 それは僕らがすでにこの体に打っている抗体を内容したスタンプ型の注射器だった。

 僕はそれをアリアナの腕に当てる。


「アリアナ。すぐに助けるからね」

「うん。お願い」 


 僕が彼女に抗体スタンプを処置している間、神様はメイン・システムを操作して先ほどアリアナのライフが減り始める前後の映像をチェックしている。

 その映像の中でふいにアリアナの前髪が舞い上がり、次の瞬間に彼女のライフが減り始めていた。

 その時の様子を思い出しながらアリアナが言う。


「この時に急に前から風が顔に吹き付けて来て、変な空気を吸ったような気がしたの」

「うむ。おそらくザッカリーの安らかなる死ユーサネイジアは針を刺す以外に、相手に直接呼気を送り込む方法があるのだろう。毒気を圧縮空気でアリアナに直接吹き付けたのかもしれんな」

「うえええ。不死者アンデッドの呼気なんて嫌だよアル君~」

 

 神様の言葉を受けて心底嫌そうにそう言うアリアナのライフの減少がようやく止まった。

 抗体が効き始めたんだ。

 良かった。

 僕はホッと安堵あんどしながらアイテム・ストックから取り出した回復ドリンクをアリアナに手渡した。


「はい。これで減ったライフを回復して。アリアナ」

「ありがとう。アル君。せっかくアル君に会えたのに、すぐ死んじゃうところだったよ」


 そう言うとアリアナはその場に倒れている椅子いすを起こして座り、背もたれに体を預けて回復ドリンクを飲みながら一息ついた。 

 そんなアリアナに神様は声をかける。


「アリアナ。戻って来たばかりですまんが、ブレイディーと共に外の様子を見て来てくれないか。この作戦本部の被害状況が知りたい。また爆撃が始まるかもしれんから、ブレイディーを守ってやってくれ」

「分かりました。行こっ。ブレイディー」


 アリアナはブレイディーをともなって元気に天幕の外に出て行く。

 元気を取り戻したアリアナを僕は安堵あんどの思いで見送った。

 そんな僕らのかたわらではアビーが何やらメイン・システムを操作している。


「ゲームオーバーになったザッカリーのプログラムは~運営本部に確保されたのです~」

「よし。カイルに続いて2人目確保だ。これでまた情報が引き出せるぞ」


 神様はそう言うとアビーの頭をクシャクシャッとでる。

 ふう……これで一歩前進だね。

 とにかく絶体絶命のピンチだったけれど、アリアナのおかげで助かった。 

 そしてそのアリアナを連れて来てくれたアビーにも感謝だ。

 

「アビー。危ないところで助かったよ。でもどうやってアリアナを連れてきてくれたの?」


 僕の問いにアビーは作業をしながら答えてくれた。


「先ほど~まだ爆撃を受ける前の話です~。王都から物資プログラムが届いたので~アビーはそれを受け取りに本部入口まで行ったのです~」


 だから彼女はこの天幕の中にいなかったのか。

 たまたまここにいなかったことが幸いしたんだ。

 

「その荷物を届けてくれたのは~知らない女の人でした~。ローブをかぶっていたので顔はよく見えなかったのですが~」


 どうやらその女の人が「アリアナをお届け」と言ってさっきのネズミをアビーに差し出したらしい。

 そしてその女の人は用が済むと「これで頼まれた仕事は終わり。故郷に帰るわ」と言い残してさっさと飛んで去っていったんだって。


「その後すぐに~爆撃が始まったのです~」

「どんな女の人だったの?」

「悪魔みたいな~羽の生えた女の人でした~」

「悪魔? 神様。懺悔主党ザンゲストにそんな人がいるんですか?」


 神様にそうたずねたけれど、神様も知らないみたいで首を横に振る。


「アリアナが戻ったら話を聞くとしよう。とりあえずの危機は脱したと見ていいだろうが、アナリン本人と残り1人の部下メガリンを倒すまでは安心できん。アニヒレートもまだまだ健在だ。問題は山積みだぞ」

 

 神様の言う通りだった。 

 とりあえずこの天幕にいる全員が無事だったけど、決して安心していられる状況じゃない。

 爆撃は止んでいるけれど、この天幕の外の作戦本部はひどい有り様になってしまっている。

 そして何より今この瞬間もジェネットがアニヒレートを相手に孤軍奮闘しているんだ。

 僕は神様の言葉にうなづき、ザッカリーの侵入でメチャクチャに倒れた天幕内の机や椅子いすを片付けながら暗殺者の不気味な骸骨がいこつ顔を思い返した。


 不死暗殺者ザッカリー。

 先刻の獣人老魔術師カイルと同様に、単純な戦闘能力でははかり知れない恐ろしさを持つ敵だった。

 おそらくもう一人の部下・メガリンもあなどれない相手だろう。

 いつも何かとミランダ達に助けられている僕だけど、今回ばかりは僕自身がいつも以上に死ぬ気で戦わないと、大事な仲間達を守れないかもしれない。


 僕がそうした覚悟をみしめていると、ほどなくしてアリアナとブレイディーが天幕に戻って来たんだ。

 それを出迎えた僕は2人の表情を見て息を飲んだ。

 アリアナは青ざめた表情をしていて、ブレイディーは悔しそうにくちびるを噛んでいる。


「……全滅だ」


 ブレイディーは無念の表情で声を押し殺してそう告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る