第6話 アルフリーダ出陣!

 赤いきりの勢いがようやく弱まり、風に吹かれて霧散した平原に残されていたのは槍砲バリスタの発射台と投石機の残骸ざんがいだった。

 どちらも木製の部分は高熱で焼けげていて、金具の部分だけが残されている状態で、もう使い物にならないだろう。

 そしてその周囲にいたはずの兵士たちの姿はどこにもない。

 皆、ゲームオーバーになってしまったんだ。


【死者125名。負傷者62名うち37名は重傷につき任務続行不可能】


 アニヒレートがしりから発した高熱の赤いきりによる犠牲者の数を報告するブレイディーは、見ていて痛いくらいに拳を握りしめていた。

 そんな彼女をいたわるようにジェネットがその拳にそっと手を重ねている。

 

 ブレイディーの悔しさはよく分かる。

 彼女は神様と一緒にアニヒレート対策としてさまざまな作戦を練ってきた。

 自軍の被害を最小限に抑えるためだ。

 ここまではそれが功を奏してきたけれど、今まで見せたことのないアニヒレートの意外な攻撃に、今度ばかりは成すすべがなかった。

 だけど僕らには気落ちしているひまはなかった。


「ゴアアアアアアッ!」


 さっきまで赤いきりを放出していたアニヒレートが何事もなかったかのように立ち上がったんだ。

 信じられないけれど、もう神経毒が効かなくなってしまったんだろう。

 そしてその体はすでに真っ白い凍結状態から解き放たれて、本来の毛の色を取り戻している。

 沈黙していたアニヒレートが再び次の一歩を踏み出したんだ。

 止められない破壊獣の歩みに作戦本部の空気が凍りつく中、神様は毅然きぜんと指示を出す。


「ブレイディー。ポイント・フォーで待機中の部隊に伝えよ。スネーク・カーニバルの開始だ」


 ポイント・フォー。

 最終作戦ポイントとなるポイント・ファイブであるモンガラン運河からわずか2キロ手前の雑木林が広がるこの地域には、これまでで最大規模となる兵力が集結している。

 ここでアニヒレートに大きなダメージを与えなければ、モンガラン運河での最終作戦に悪い影響が出てしまうことになるんだ。 

 そしてここは僕にとって初めての作戦参加ポイントとなる。


「アルフリーダ。予定通り今から現場に向かってもらうぞ」

「は、はい!」


 とうとうやってきた出番に僕は緊張で身を固くしながら立ち上がった。

 そんな僕の手をジェネットがギュッと握ってくれる。


「アル様……どうかお気をつけて」


 僕を見上げてそう言うジェネットはその手をなかなか放そうとしない。

 僕の自惚うぬぼれかもしれないけれど、優しい彼女はいつもだったら一緒に来てくれると言ってくれただろう。

 だけど彼女は神様の護衛を努めなければならない。

 

 今この瞬間にもアナリンたちは神様を虎視眈々こしたんたんねらっているかもしれないからだ。

 特にあの不死暗殺者ザッカリーがいつこの場に現れるか分からない以上、ジェネットが絶えず神様のそばについている必要があるんだ。

 だからジェネットは僕と一緒に来ることは出来ない。


 この作戦本部を立ち上げた時に、即席で作られた抗体プログラムを僕らは処置された。

 ザッカリーの暗殺術・安らかなる死ユーサネイジアで猛毒プログラムを注入された時のための対抗策だ。

 もちろんそれが完全に有効であるかどうかは正直分からない上、短期間で作れた抗体プログラムの数は少なくて、僕らの仲間内の分しか用意できなかった。

 襲撃への対策は決して万全とは言えない中、ジェネットが神様の元についていてくれるのは心強い。


「ジェネット。大丈夫だよ。僕1人じゃなくてノアもついてきてくれるし」


 そう。

 ポイント・フォーへ参戦する僕の護衛役としてノアがついてきてくれるんだ。

 

「この作戦に参加している皆が頑張ってるんだ。僕もやらなきゃ」

「アル様……」

「それに僕には蛇剣タリオ天樹の衣トゥルルがある。簡単にやられたりはしない。だから心配しないで。必ず作戦をやり終えて無事に戻って来るから」


 本当は怖いし、ジェネットも一緒に来てくれたのなら心強いだろう。

 でも彼女に心配をかけたくなくて、僕は無理にでも笑って見せた。


「だから神様のことをお願いね。ジェネット」

「……はい。アル様。どうかご武運を」


 そう言うとジェネットは最後にギュッと力を込めて握ってくれたその手を放した。

 そしてテキパキと伝令を出し終えたブレイディーは僕のアイテム・ストックに多くの回復アイテムを補充してくれた。


「アルフリーダ君。ワタシは君の働きには結構期待してるんだ。またヘンテコな手法で何か面白い展開にしておくれよ」

「お、面白い展開って……ま、まあ頑張るよ」


 そんなブレイディーのとなりで神様は立ち上がると、僕だけにそっと耳打ちをしてきた。

 

「アルフリーダ。戦況はあまり良くない。ポイント・スリー通過後のアニヒレートの想定残存ライフは70000だった」


 神様の言葉に僕は息を飲んだ。

 現時点でアニヒレートのライフはまだ残り85000余り。

 思った以上にアニヒレートにダメージを与えられていないんだ。

 このままじゃ最後のポイント・ファイブでアニヒレートのライフを一気にゼロにする作戦が成立しない。

 神様は他の誰にも聞かれないように慎重に声を押さえて言った。


「最終ポイントではヴィクトリアとノアがアニヒレート退治の前線をになう。だが、戦況が不利ならばジェネットも参戦させる」

「え? でもそれじゃあ神様が……」

「案ずるな。丸腰の私を敵がねらってきたのならば、その時はその時で何とかするさ」


 それだけ言うと神様は僕の肩をポンと叩いて立ち上がり、話は終わりだと言外に告げた。

 僕は心配になって神様を引き留めようとしたけれど、そこで背後から聞き慣れた声がかかる。


「男同士でコソコソ話か? キモイぞ。おまえら」


 その声に振り返るとそこにはスッキリとした表情のヴィクトリアが立っていたんだ。

 

「ヴィクトリア」

「今ちょっと前に起きたところだ。たっぷり寝かせてもらって力がみなぎってるぜ」


 そう言うヴィクトリアの二の腕の筋肉が盛り上がる。

 短時間の睡眠によってライフが自然回復する特性を持つ彼女のコンディションは最高に良好みたいだ。


「い、今は男同士じゃないから」 

「どっちでもいいさ。おまえの出番なんだろ。あの調子こいてるくま野郎に一撃食らわせてやれ」


 そう言うとヴィクトリアは僕の背中をバシッと叩いて激励げきれいしてくれた。

 その時、空からノアが降下してきて作戦本部の前に降り立つ。

 彼女の手には双眼鏡が握られていた。

 ノアは上空でここまでの戦局を見続けていたんだ。


「やれやれ。あのくまの化け物は人の身で相手をするのは辛かろう。ノアがまた巨竜になれればあのデカブツの喉笛のどぶえみちぎってやるものを」


 そう言うとノアは彼女の武器である蛇龍槍イルルヤンカシュを取り出した。

 ノアは前回、天国の丘ヘヴンズ・ヒルで堕天使キャメロンの手によってプログラムを不正に改造され、強制的に強大なドラゴンの姿に変えられてしまった。

 だけどそれは理性を失くしたけものの姿であり、ノアにとっては不本意で屈辱くつじょく的な出来事だったんだ。

 その後このゲームに戻ったノアはメンテナンスによって巨竜化の能力を封じられた。


「ノアはそのままでメチャクチャ強いんだから、あんな力は必要ないんだよ」

 

 僕がそう言うとノアはおどろいたように両目を大きく見開き、それからその小さなほほをプクッとふくらませてそっぽを向く。


「わ、分かっておるわ。この蛇龍槍イルルヤンカシュであのくまの目玉をくり抜いてくれる。行くぞアルフリーダ」


 そう言うと彼女は羽を広げ、それからジェネットに声をかけた。


「ジェネット。安心せよ。アルフリーダのことはノアが守ろう」

「頼みましたよ。ノア」

 

 そう言うジェネットに手を振ると僕は天樹の衣トゥルルの光の翼を広げた。

 そしてノアと一緒に月明かりのかがやく夜空へと舞い上がっていく。

 遠ざかるジェネットの姿を一度だけ振り返り、それから僕は前を向いた。


 神様はいざとなったらジェネットをモンガラン運河での最終作戦に投入すると言っていた。

 だけど神様のそばからジェネットを離しちゃいけない。

 だからジェネットが参戦しなくても済むようにポイント・フォーで出来る限りアニヒレートを弱らせておかないとならないんだ。

 僕は全身を包み込む緊張感を振り払うように風を切って飛び続けた。


 すぐにポイント・フォーとなる雑木林が見えてくる。

 およそ南北に1kmほど広がるこの雑木林の向こう側には、ここまでの作戦で最大規模となる5000人の兵士が展開されている。

 そして特徴的なのは5000人のうち普通の武装をした兵士は1000人のみで、残りの4000人は精霊魔法の使い手や魔獣使いで構成されていることだ。

 そしてそんな彼らの背後、群生する木々の間にチラホラとうごめくものの姿が見える。

 月明かりの差し込む中、細長い胴を持つ魔物たちが木々の枝にからみついていた。

 今、南北に連なる雑木林の中にはこうした魔物たちが無数にうごめいているんだ。


 スネーク・カーニバル。

 ポイント・フォーで展開される作戦の主役は彼ら、へびの魔物たちだった。

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