第5話 槍砲部隊

 アニヒレートの進撃が止まらない。

 王国軍の魔法を主体とした総攻撃を浴びても、超巨大なくまの魔物は平然と平原を進み続ける。

 作戦の最初に仕掛けた魔法のあみの効果が持続しているためその足取りは重いものの、それでもアニヒレートはすでにポイント・ツーから1kmほど西に進んでいた。

 モンガラン運河までは残り5kmを切ったところだ。


 最終防衛ラインである運河には王国軍にとって最後の切り札となるわなが仕掛けられているものの、アニヒレートがそこにたどり着く前に出来るだけ大きなダメージを与えておきたい。

 だけど炸裂弾付きの矢や魔道弓手らによる魔法の矢、そして各種の魔法攻撃を浴びせかけてもアニヒレートのライフはほとんど減らず、まだ89400以上のライフが残されている。

 このままこの攻撃を続けてもアニヒレートに大きな痛手を負わせることは出来ないだろう。


 作戦本部にはジリジリと焦燥感しょうそうかんただよい始める。

 その中にあっても冷静さを保っている神様が側近のアビーにたずねた。


槍砲バリスタの準備は出来たか?」

「20台をポイント・スリーに配備したのです~。全発射台の発射準備OKなのです~」

「よし。ブレイディー。ポイント・スリーの手前で前方部隊に道を開けさせろ。槍砲バリスタの巻き添えを食わぬようにな」


 神様の指示を受けたブレイディーは全軍にアナウンスする。


【ポイント・スリーにて槍砲バリスタ発射スタンバイ。前線部隊はアニヒレートの前方を開けつつ、ゆっくり後退して奴を引き付けよ】


 ブレイディーの指示に従って攻撃部隊がその前方を開ける。

 するとアニヒレートからちょうど600メートルほど離れた平原に20機の巨大な鋼鉄の発射台が設置されていた。

 それは巨大な槍を高速で撃ち出すための槍砲バリスタという装置であり、そこに装填そうてんされているそれは槍と呼ぶには異様に大きかった。

 長さ10メートル、直径20センチのそれはまるで巨人の扱う槍のようだ。


 その先端は先ほどのキラー・パイク同様に鋭きぎ澄まされている。

 あんなものを食らったら、人の体なんか簡単に吹き飛んでしまうだろう。

 だけどそれが何であるのかを理解していないせいか、あるいはまったく恐れていないのか、アニヒレートは構うことなく進み続ける。

 そして大きくひと声えると、その口から青い光弾を発射台に向けて吐き出した。

 

「ゴアアアアアッ!」


 だけど発射台の前方の空間が揺らいだかと思うと、光弾は先ほどのポイント・ツーの時と同じように発射台の手前で弾かれて上空へと跳ね上がっていった。

 発射台の近くには魔道士たちが控えていて、空間歪曲わいきょくシステムがここでもその効果を発揮しているんだ。

 これを見たアニヒレートは直接その身をもって邪魔者を排除すべく前進し始める。

 その口からは思うように進めない苛立いらだちが、低く短いうなり声となって発せられる。


「ゴフッ! ゴアッ!」


 その時、ブレイディーの通達が全軍に届く。


【アニヒレート。射程圏内への到達まで残り10秒。第1グループ斉射用意】


 槍砲バリスタは一度発射すると次の槍を装填そうてんして発射するまでに約1分ほどかかる。

 だから20機ある槍砲バリスタを5機ずつ4つのグループに分けて15秒間隔かんかくで順次斉射することで、絶えずアニヒレートを攻撃できるんだ。


【5、4、3、2、1……放て!】


 ブレイディーの号令に合わせて5機の槍砲バリスタから次々と槍が放たれる。

 人1人では持ち上げることすら出来ない重厚なはがねの槍が高速で宙を舞い、アニヒレートの右の後ろ脚に直撃した。

 それは先ほどのポイント・ツーでアニヒレートを襲った3メートルのキラー・パイク同様、わずかに先端部分がアニヒレートの皮膚ひふに突き刺さった。

 全弾命中だ!

 だけどそれを見たブレイディーはまゆを潜めた。


「10メートルの槍がほんの1メートルほどの先端しか刺さっていない。キラー・パイクよりも重くて速い槍なのに……」

「どういうこと?」


 僕の問いにブレイディーは少し悔しげに言った。


「さっき脚をキラー・パイクで刺されたことでアニヒレートが警戒しているのかもしれない。あの角度と勢いならもっと深く刺さる計算なんだ。それが脚の筋肉によってはばまれている。おそらくだけど、アニヒレートは何らかの方法で防御態勢を取っているんだろう」

「そ、そんな……」

「まあ、でもまだこの程度なら想定内だよ」


 そう言うブレイディーはモニターを指差した。

 そのモニター上では、脚に刺さった槍を払い落とそうとしたアニヒレートがズドンと尻もちをついている。

 ど、どうしたんだ?

 

「ゴフッ……」


 アニヒレートはそれまで聞いたことのないような声で苦しげに息をらした。

 その後ろ脚がヒクヒクと小刻みに震えている。

 け、痙攣けいれんを起こしているんだ。

 その様子を見たブレイディーが満足げに言う。


「キラー・パイクとは別の意味でエグイんだよ。あの槍は」

「どういうこと? また爆発するの?」

「いや、あの10メートルのパイプの中にはわずかな空芯があって、そこに多量の神経毒液が含まれているんだ。人が体に注入されたら一発アウトのデンジャラスな毒がね」


 毒か。

 確かに毒矢は大きな獲物を仕留める際の常套じょうとう手段だ。

 いくら強大なアニヒレートとはいえ、生き物であることに変わりはない。

 毒が回れば動けなくなってしまうはずだ。

 

 ブレイディーの思惑通りアニヒレートの体にはすぐに毒が回ったようで、その大きな体がグラグラと揺れた。

 すぐに120メートルの巨体を誇るアニヒレートが平原にくずれ落ちると、地響きとともに土煙が盛大に巻き上がる。

 巨神のごとき魔物が地にせるのを目の当たりにした王国軍の士気が目に見えて上がった。


【第2グループ斉射!】


 転げたアニヒレートに対しても第2グループ以降の容赦ようしゃない射撃が続く。

 放たれた槍は次々とアニヒレートの左の後ろ脚に突き刺さった。

 

「ゴアアアアッ!」


 苦しげな声を上げるアニヒレートに対し、第3、第4の槍が放たれ、槍は15本、20本とアニヒレートの体のあちこちに突き立っていく。

 現場と作戦本部が興奮の歓声に包まれた。

 急造で用意された槍はわずか60本だが、4回に分けた射撃の結果、槍砲バリスタから放たれた槍は55本が命中してアニヒレートの体に突き立っている。

 相当量の神経毒がアニヒレートの体内に注入されたはずだ。


「グ……ガァァ」


 もだえ苦しんでいたアニヒレートの声が徐々に小さくなり、その体の動きが鈍くなっていく。

 そして1分が経過する頃にはアニヒレートは完全に動かなくなった。

 そのライフはまだ88000ほど残されていたけれど、それは今現在もわずかずつ減少し続けている。

 神経毒が効いてるんだ。


 もちろんこの程度でアニヒレートが倒せたと思うほど楽観的な人は王国軍にはいないだろう。

 それでも沈黙ちんもくしたアニヒレートを見た多くの兵士たちがときの声を上げた。


「おおおおおおっ!」


 高揚した空気の中でも神様は冷静に次の指示を出す。


「今こそ奴のライフをけずるチャンスだ。用意していた投石器を出せ」


 その指示をブレイディーが素早く伝令すると、槍砲バリスタの後方に配備されていた投石器が稼働し始めた。

 城を攻める時などに使われるこの巨大な投石器は、直径3メートルの大岩を飛ばすことが出来る。

 そしてそこに乗せるのは大岩ではく、鋭利な突起の付いた巨大な鉄球だ。


「個人の魔法攻撃や飛び道具ではあまり効果的なダメージは期待できない。やるなら大道具を使ってダイナミックにやるぞ」


 神様の言葉通り、そこからはダイナミックな投石……いや投鉄が始まった。

 倒れているアニヒレートの体に巨大な鉄球がボンボンと当たり、その度にアニヒレートのライフが100単位で減っていく。

 固い毛皮でおおわれたアニヒレートの体を傷つけることは出来ないものの、そのライフを効果的にけずることが出来ている。

 これなら一気に一万くらいはけずれるはずだ。

 そう思ったその時、僕はモニターの中でアニヒレートの体に変化が起きているのを確かに見た。


「あれ……これって」


 僕の言葉に神様もブレイディーもモニターを注視する。

 そこでは倒れたまま巨大な鉄球を浴び続けるアニヒレートの体の色が徐々に赤く変色し始めていたんだ。

 あれは……やばいぞ!

 僕は北の森で起きた惨劇を思い返す。


 ああして体の色が真っ赤に染まったアニヒレートは、その口から青い光弾ではなくて真っ赤な巨大火球を吐き出すんだ。

 それは大きく空へ舞い上がって爆発し、いくつもの炎の破片となって地上を襲う。

 それで北の森は焼け野原となってしまったんだ。


「神様!」

「心得ている。ブレイディー。凍結弾の投入と、消炎剤の経口投与を」


 神様の指示を受けたブレイディーは即座に伝令を送る。


【投石部隊は凍結弾を即時投射! 第二飛行部隊は消炎剤をアニヒレートの口内に投与せよ!】


 ブレイディーの指示が伝わると、それまで黒い鉄球を投射していた投石器から今度は真っ白な球体が放たれる。

 それらはアニヒレートの体に当たると途端とたんに破裂した。

 中から出てきた白い液体がアニヒレートの体に降りかかると、赤く変色しつつあった毛皮が白く凍りつく。

 すると真っ白な蒸気がアニヒレートの体から立ち上り始めた。


 高温化しているアニヒレートの体に次々と凍結弾が炸裂し、さらに蒸気が朦々もうもうと立ち込める。  

 その甲斐あってか進行しつつあったアニヒレートの体の赤色化が明らかに鈍化どんかしていた。

 そんな中、アニヒレートの頭上をヒラヒラと旋回せんかいしているのは獣人つばめ族で構成された第二飛行部隊だ。


 彼らは仰向けに倒れているアニヒレートに接近し、その口の中に何かを放り投げていく。

 するとアニヒレートの口から白い泡があふれ出していた。


「神様。あれは何ですか?」

「超低温の粘着泡で出来ている消炎剤だ。口から火球を吐くということは口の中でエネルギーが燃焼しているということだ。だから口の中を超低温かつ粘着泡で空気が通らない状態にしてやれば、燃焼エネルギーを作り出すことは出来まい」


 神様はちゃんとアニヒレートの火球対策もしていたんだ。

 次々と炸裂する凍結弾を全身に浴びてアニヒレートの体は真っ白に染まっていく。

 開いたままのその口の中は真っ白な泡が固まり、ふさがれている。


「アニヒレートは呼吸が出来ない状態になるってことですか?」

「そういうことだ。あわよくばアニヒレートが窒息ちっそくしてくれればいいんだがな……まあ、そう都合よくはいかないだろう。これまでの攻撃で分かってきたことだが、凍結弾などの冷気系攻撃が徐々に効かなくなっている。やはりアニヒレートは受けた攻撃に徐々に慣れるようだ」

「慣れる……」


 アニヒレートはやっぱり今も進化し続ける魔物なんだ。

 ただ巨大化するだけじゃない。

 学習し、より強くなろうとしている。

 僕はあらためて画面の中で凍り付いたアニヒレートの姿を見る。

 

 そして北の森での光景を思い返した。

 アニヒレートの高温化する体はちょっとやそっとじゃ冷え切らない。

 その証拠に凍結したはずのアニヒレートの体からは今も水蒸気が放出され続けている。

 神様もそのことは承知の上だった。


「凍結弾は20個しか用意出来なかった。これで打ち止めだ。効き目は持って5分だろう。その間にポイント・フォーへ移動を開始する」


 神様の言葉に従い、発射台や投石器は兵士たちにつなで引かれて後退していく。

 第二飛行部隊も後方へと退避し始めた。

 とにかく一度下がって態勢を立て直し、次の作戦フェーズに移行……僕がそう考えたその時だった。

 モニターの中でボンッと何かが破裂するかのような大きな音が鳴り響いたんだ。


 それは立て続けにボンッボンッと幾度も鳴り響き、最後にブバンッと大きな音が出て止まった。

 するとアニヒレートのおしりの辺りから赤いきりが放出され始めたんだ。

 ん?

 何だあれは?

 首をかしげる僕の後ろからモニターを見ていたアビーがのんびりとした声を上げる。


「アニヒレートがオナラしたのです~」


 オナラ?

 あれオナラなの?

 赤いきりはまたたく間にアニヒレートの周囲へと広がっていき、後退中の兵士たちを包み込んだ。

 その途端とたん、兵士たちから悲鳴が上がり始めたんだ。

 な、何だ?


「すごくクサイのでしょうか~?」

「そんなノンキなことを言ってる場合じゃないぞアビー。有毒ガスのたぐいかもしれん」


 神様が急いでブレイディーに指示を出し、彼女はポイント・スリーの現場にいる監視妖精を赤いきりに向かわせた。

 するときりの手前で警告メッセージが出て、ブレイディーはあわてて通信妖精を止めた。

 そして通信妖精から受け取った情報に目を通すと、メガネの奥の目を驚愕きょうがくに見開いた。


「こ、これは有毒ガスじゃない。高熱ガスだ! あのきりの中の温度は……およそ300度」


 さ、300度?

 そんなの人間が生きていられる温度じゃない。

 ブレイディーの分析が当たっていることを示すように赤いきりの中から光の粒子が次々と舞い上がっていく。

 巻き込まれた兵士たちが命を落としたんだ。


 くっ!

 すでに赤いきりはアニヒレートの周囲数百メートルにまで広がっていて、槍砲バリスタや投石器の周りにいた数十名の兵士たちは飲み込まれてしまっている。

 空を飛ぶ第二飛行部隊はすでに後方へと飛び去っていたために難を逃れたけれど、地上の攻撃部隊のうち最前線にいた歩兵の人たちは今にも赤いきりに飲み込まれそうになりながら必死に逃げていた。


 だけど赤いきりの広がる勢いは人が走るよりもはるかに速く、前線の歩兵たちが次々と飲み込まれては命を落としていく。

 神様が懸命に避難指示を出す中、僕は1人でも多くの兵士に逃げてくれといのりながら、その惨劇を見つめることしか出来なかった。

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