第4話 ポイント・ツー

【こちら第一飛行部隊。任務完了につき、帰還します。墜落ついらくした2名は負傷しているものの無事です】


 第一飛行部隊からの吉報にこの場の皆から歓声が上がる。

 アニヒレートが素早く駆け出すのを封じるために、その巨体に特殊な魔法のあみをかぶせる。

 まずは作戦の第一弾が成功した。

 アビーとブレイディーはホッとした表情を見せ、神様は静かにうなづいた。


「まずは一歩目を踏み出したな」


 神様はそれからブレイディーに次々と指示を出し、それを受けたブレイディーが通信で全軍に通達する。


【第一陽動部隊! 出立! ポイント・ツーまでアニヒレートを誘導せよ】

【反射班は予定ポイントより200メートル手前からまくを展開せよ】

【第二飛行部隊は第一陽動部隊の支援に務めよ。アニヒレートへの積極接近は控え、一定距離を保持せよ】

【第二陽動部隊は出立準備! 60秒後に進軍を開始せよ】


 矢継ぎ早に出される指示に現場があわただしくなってきた。

 川向こうから騎馬で出立した約200名の第一陽動部隊は横二列の隊列を守りながら平原を颯爽さっそうと駆け抜けていく。


 彼らは地上からアニヒレートを引き付ける役だ。

 全員が弓兵や魔道士で編成されている。

 相手があまりに巨大な魔物であることから、剣や槍などはまったく役に立たない。

 彼ら遠距離攻撃班がこの戦いでは主力なんだ。


 第一陽動部隊の支援に回る第二飛行部隊は獣人つばめ族の部隊だった。

 はやぶさ族よりは飛行速度でおとり、からす族よりは体格でおとる彼らだけど、素早く小回りがきくため、傷付いた兵士の救出離脱任務など陽動部隊の支援に適していた。

 第二陽動部隊は第一に被害が出た場合の交代要員だ。

 とにかくアニヒレートをポイント・ツーと呼ばれる場所までおびき寄せなくてはならない。


 アニヒレートは今、重い体を引きずるようにしてこちらに向けて二足歩行で歩き続けている。

 さっきのあみのおかげでその歩みを遅らせることが出来たけれど、なにしろ一歩一歩の歩幅が大きい。

 アニヒレートは確実にこちらに近付いてきている。


【第一陽動部隊の射程距離圏内まであと200メートル!】


 いよいよ近付いてきたアニヒレートを攻撃するため、第一陽動部隊の面々は弓矢をつがえ魔法の準備に入る。

 だけどその時、彼らの姿を見たアニヒレートが怒りの咆哮ほうこうを上げた。


「グガァァァァァッ!」


 その口から青い光がれ出した。

 やばいっ!

 そう思った時にはすでに遅く、アニヒレートは第一陽動部隊に向けて青い光弾を吐き出したんだ。

 光弾が部隊を無慈悲むじひに蹴散らそうとしたその時、第一陽動部隊の前面にユラリと蜃気楼しんきろうのようなものが発生する。

 光弾はそれにれた途端とたん、不自然に軌道きどう屈折くっせつさせて上空へとね上げられた。

 衝撃によって陽動部隊は隊列こそ乱れたものの、誰も命を落とさずに済んだんだ。


「よしっ! うまくいった!」


 誰よりも先に喜びの声を上げたのはブレイディーだった。

 アニヒレートの吐き出す光弾への対処。

 ブレイディーが急務で立案したのは、空間を屈折くっせつさせて光弾の軌道きどうを変える方法だった。


 あの質量と速度をほこるアニヒレートの光弾を軌道きどう変更させるのは大変なことだけど、ブレイディーは精霊魔法と反射魔法、さらに時魔法を組み合わせてその空間歪曲わいきょくシステムを作り出したんだ。

 陽動部隊のうち半数はその空間歪曲わいきょくシステムを保持する役目の魔法使いたちだった。

 

 そして残り半分の弓兵や魔道士たちがアニヒレートに対して攻撃を開始する。

 魔道士たちが氷の魔法でアニヒレートの毛皮を凍り付かせ、そこに向けて弓兵たちが矢を放つ。

 放たれた矢には先端に炸裂弾がくくりつけられていて、アニヒレートの凍り付いた毛皮に当たって爆発した。

 アニヒレートの体毛がパラパラと宙に舞う。

 そうした攻撃が次々とヒットし、アニヒレートがえた。


「グガアアアアアッ!」


 ダメージ量は多くないけれど、間断なく続く攻撃にアニヒレートは明らかに苛立いらだっていた。

 その口から再び青い光弾が吐き出される。

 だけど光弾は再び陽動部隊の手前に発生する蜃気楼しんきろうによって軌道きどう変更され、上空へとね上げられる。

 

 いいぞ。

 この作戦がうまいことハマッてくれている。

 アニヒレートはうなり声を上げながら、重くなった後ろ脚を振り上げて前へと進み、陽動部隊を張り飛ばそうと前脚を振り回す。


「ゴアアアアッ!」


 陽動部隊はじりじりとうまい具合に後退し、ポイント・ツーに向けてアニヒレートを引き付けていく。


【ポイント・ツーまで距離600メートル!】


 ブレイディーのアナウンスを受けて陽動部隊がジリジリと下がる。

 ポイント・ツー。

 そこは何もない平原だった。

 だけどそこには対アニヒレート用のわなが隠されている。


 正直かなりエグい内容のわななので、その話を聞いた時はつい顔をしかめてしまった。

 だけどアニヒレート相手に同情はしていられない。

 倒さなければこちらが壊滅してしまうんだ。


【ポイント・ツーまで距離200メートル! 陽動部隊は左右への迂回うかいを開始せよ】


 仕掛けたわなの手前まできた陽動部隊は、わなのある場所を迂回うかいするように左右に分かれて後退する。

 もちろんそんなことを知るよしもないアニヒレートは、目の前の獲物を叩きつぶそうと突進してくる。

 そしてアニヒレートがまんまとポイント・ツーに差し掛かったところでブレイディーが合図を出した。


【キラー・パイル発動!】


 途端とたんにアニヒレートの足元の土が爆発し、その中から十数本の金属のくいがものすごい勢いで飛び出してきた。

 鋭く研ぎ澄まされた長さ3メートルにも及ぶくいの先端がアニヒレートの後ろ脚に次々と突き刺さる。

 高い硬度を誇る金属を鋭利にとがらせて、貫通力を得るために火薬で高速射出させた対アニヒレート用の兵器だった。


「オオオオオン!」


 苦痛の声を上げながらアニヒレートはバランスをくずして背中からその場に転倒した。

 だけどこれじゃあまだ終わらない。

 アニヒレートの後ろ脚に突き刺さった数本のくいはその中に詰め込まれている爆薬に起爆して大爆発を起こす。


「グガァァァァァッ!」


 アニヒレートの悲鳴が響き渡り、辺りにアニヒレートの体毛が爆煙とともに舞い散った。

 足に突き刺さったくいが大爆発を起こす。

 もし自分がアニヒレートの立場だったらと思うとゾッとする。

 足が吹き飛んでしまうのだから。

 そうなればアニヒレートはもう歩くどころか立ち上がることすらできなくなる。


 僕らは煙の中に倒れ込むアニヒレートの姿を固唾かたずを飲んで見守った。

 だけど……。


「ゴアアアアアアッ!」


 アニヒレートは怖気おぞけを震わせるほどのすさまじい咆哮ほうこうを上げると、僕らの願いをあざ笑うかのように立ち上がった。

 平原を吹き抜ける風が立ち込める煙を散らし、巨大な魔物の姿がはっきりと見えてくる。

 アニヒレートの後ろ脚は突き刺さったキラー・パイクの爆発によって体毛が吹き飛び、黒い地肌が見えている。

 痛々しく血がにじんでいるものの……脚そのものは無事だった。

 その巨体を支えることが出来ているほどに。


「くっ! だめか」


 そう言って悔しそうに机を叩いたのはブレイディーだ。

   

「爆発の瞬間に筋肉でキラー・パイクを弾き飛ばしたんだ。傷ついたのは上皮だけで、筋肉そのものにはさしたるダメージがない」


 ブレイディーはこれまでのアニヒレートの戦闘記録をもとに、その皮膚ひふの固さを計算し、出来る限りの貫通力を備えたくいを用意した。

 だけど成長し続けるアニヒレートの頑強さがそれを上回ったんだ。

 あんなに殺傷能力のある兵器でもアニヒレートの歩みを止めることが出来ないのか。

 その事実に作戦本部の空気が重くなる。


 さらにそこで追い打ちをかけるようにアニヒレートが思いもよらない行動に出た。

 ポイント・ツーのわな残骸ざんがいとなっていた土中のキラー・パイクの射出台を前脚で勢いよくかき出したんだ。


「ゴアッ!」


 アニヒレートが忌々いまいましげにかき出したその重厚な鋼鉄の射出台は、陽動部隊の頭上に落ちる。

 危ないっ!

 陽動部隊はこれを必死に避けて、押しつぶされるのはまぬがれたけれど、隊列が乱れたその瞬間……。

 アニヒレートがそこに青い光弾を放ったんだ。


「ああっ!」


 思わず声を上げる僕の目の前のモニター上で、第一陽動部隊は空間歪曲わいきょくシステムを発動させる間もなく至近距離から光弾を浴びてしまった。

 地面をえぐる爆発の中、いくつもの光の粒子が空に消えていく。

 ゲ、ゲームオーバーのエフェクトだ。


「そ、そんな……」


 絶句する僕の見つめる中、ブレイディーがくちびるを震わせながら陽動部隊200名中38名がゲームオーバーとなってしまったことを伝えた。


【第一陽動部隊。動ける者は即時撤退せよ。第一飛行部隊と第二陽動部隊は撤退支援を行い、前線を一度後退させ態勢を立て直すものとする】

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