第2話 港町の作戦本部

 シェラングーンの街に到着してすぐに僕はとてもいいことがあったんだ。

 僕らを出迎えてくれた一団の先頭に彼女の姿があった。


「お待ちしておりました。我が主」


 そう言って上品に法衣のすそをつまんで一礼したのは光の聖女ジェネットだった。

 彼女はすっかり回復して顔色もよく、元気そうだった。


「うむ。ジェネット。苦労をかけてすまんな」

「とんでもございません。お心遣こころづかい感謝いたします」

「ジェネット!」


 僕がそう声をかけると彼女はパッとかがやくような笑顔を僕に向けてくれた。


「アル様。ご心配おかけいたしました。私、もう大丈夫です」

「よかった。元気になってくれて。僕のせいで無理させちゃってごめんよ」


 獣人老魔術師カイルを倒すために聖光噴火ライトニング・エラプションという大技を使ったジェネット。

 僕が事前に能力をアップさせる聖光透析ホーリー・ダイアリシスを彼女にかけていたせいで、彼女の体への負担はかなり大きくなり、その後ジェネットは休養を余儀なくされてしまったんだ。

 だけどそんなジェネットは優しく微笑み僕の両手を握って言った。


「いいえアル様のせいではありませんよ。そんなにお気になさらないで下さい。正義の鉄槌てっついを下すとはいえ相手を傷つける行為には本来代償がともなうものなのです。私にとっては覚悟の上のことです」

「ジェネット……」


 そんなふうに言ってくれるのはジェネットの優しさだった。

 どんなに自分が傷ついても他者を気遣きづかうことが出来るのは彼女の優しさであり強さなんだ。


「シスタ~。お疲れ様です~」


 一緒に飛竜に乗って来たアビーも嬉しそうにジェネットにじゃれつき、頭をででもらっている。

 僕らはそのまま街の中心部まで案内された。

 ジェネットの話によるとヴィクトリアやノア、ブレイディーらチームβベータは今、シェラングーンの議会が使う議事堂に集まっているという。

 そこに向かう道すがら、僕はチームαアルファに同行した北の森の騒動のことを簡単に説明した。


「ミランダとアリアナの行方ゆくえがまだ分からないんだ」

「ええ。そのことは私も聞いております。ですが、彼女たちはいずれも自分で道を切り開いて必ずや駆けつけてくれるでしょう。大丈夫ですよ。アル様」


 彼女の言葉はいつも僕を助けてくれる。

 もう本当に言葉そのものにやしの効果があるんじゃないかと思うほど、僕の心は救われた。

 ジェネットが大丈夫と言ってくれるだけで、本当に大丈夫だと思えるんだ。


「ジェネット……ありがとう」

 

 それからほどなくして僕らは議事堂に着き、その立派な建物の中を進んで本会議場へと足を踏み入れる。

 するとそこにいたヴィクトリアやノアが僕を見つけてすぐに駆け寄って来てくれた。


「アルフレ……じゃなくアルフリーダ。生きてたか!」

「遅いぞ。アルフレ……アルフリーダ」



 ヴィクトリアが僕の肩を無遠慮にバンバン叩き、ノアは僕のお腹を拳でグリグリとつつく。

 イタタタ。

 歓迎はありがたいけど、痛いですよ2人とも。


「ご、ごめんごめん。2人とも元気そうだね。そろそろアルフリーダの呼び名に慣れてほしいけど」


 忙しそうに人々が動き回っている議場の中にあって2人はやることもなく手持無沙汰てもちぶさただったようだ。

 確かに人々が難しい顔で話し合うこんな場所は、勇猛果敢な彼女達には退屈でしかないんだろう。

 ブレイディーだけは議場の真ん中で何やら忙しそうに資料をまとめていて、僕を見つけると遠くから笑顔で手を振ってくれた。

 僕も笑顔で手を振り返す。

 

 議場の中は多くの人であふれ返っていて、どよめきと熱気に満ちている。

 圧倒される僕にジェネットがとなりで説明をしてくれた。


「シェラングーン議会の幹部から一般会員に至るまで、多くの人が集まっています」

「そうなんだ。まさにアニヒレート迎撃作戦の本陣だね」 


 そんなことを話していると、議場に大きく木槌きづちを打ち鳴らす音が二度鳴り響く。

 会議が始まる合図だ。

 議場の真ん中ではブレイディーが声を張り上げて挨拶あいさつを始める。

 そうか。

 彼女がこの会議の司会進行役なのか。

 どうりで忙しそうだった。


「さて、時間もありませんのでさっそく本題に入ります。破壊獣アニヒレートがモンガラン運河に到達するまで、およそ5時間。すでに人員の配置は8割方整っております」


 そこからブレイディーによる最終確認としてアニヒレート迎撃作戦の内容が説明された。

 かなり大がかりな部隊で段階的にアニヒレートを攻撃することとなる。

 東部都市ホンハイでの物量作戦が失敗に終わったことも影響しているみたいだ。

 アニヒレートには数で向かっていくだけじゃダメだろう。

 数 + 組織的な動きが必要になってくる。


「まもなく西部都市ジェルスレイムからの援軍も到着します。彼らにはそのままこのシェラングーンの最終防衛ラインに加わってもらいます」


 ブレイディーはよどみない口調でそう説明した。

 ジェルスレイム。

 以前に僕がミランダと2人で訪れたことのある砂漠都市だ。

 このシェラングーンやホンハイより規模は小さいものの、砂漠の広がる大陸西部では随一ずいいちの大都市だった。


 もしこのシェラングーンが陥落かんらくしてしまえば、アニヒレートが最後に向かうのはジェルスレイムだと見られているようだ。

 だけどこのシェラングーンの大規模な作戦で止められなかった場合、アニヒレートをジェルスレイムで迎え撃っても、勝てる可能性は万に一つもないだろう。

 だからこのシェラングーンを最終決戦の地とみなして、ジェルスレイムは後のことは考えずに全戦力をここに派遣してくれたらしい。 

 まさにここはアニヒレートに対するバルバーラ大陸最後のとりでだった。


 それから十数分で作戦会議の内容が大方まとまると、神様が立ち上がり皆に言う。


「アニヒレートは強大な敵だ。さらに先刻、私が映像で配信したように今は密入国者どもがこのゲーム内で暗躍あんやくしている。本作戦中にも奴らはちょっかいを出してくる恐れがあるので、各自十分に注意してほしい」


 神様の言葉と同時に、アナリンやザッカリーらの映像が議場のスクリーンに映し出された。

 そこには空からのあの爆撃の様子なども映し出されている。

 彼らの目的については火事場泥棒かじばどろぼうと説明され、神様はe-bookのことや王様が発見されたことなどはせていた。

 大事な作戦前に余計な混乱を招かせないための配慮だろう。

 そして神様は最後に皆に号令をかける。


「この美しい港町シェラングーンを戦火に焼かれるわけにはいかん。全軍をもってアニヒレートの侵攻を阻止し、奴を討ち果たすぞ!」


 神様の号令に皆が大きな声で応えて議会は解散となった。

 それから僕らは神様の導きによって議事堂内の小部屋に集められたんだ。

 部屋に集まったのは神様、ジェネット、ヴィクトリアにノア、ブレイディーとアビー、そして僕の7人だった。


「さて。皆、まずはご苦労。ミランダとアリアナは行方が分かっていないが、誰ひとりとしてゲームオーバーにならずにこの場に集まってくれたことは喜ばしいことだ」


 そう言うと神様は小部屋の白い壁にこのバルバーラ大陸の地図をプロジェクターで映し出す。

 地図の中で王都のすぐそばに部分に緑色の点が示された。

 そうだ。

 雷轟らいごう捕獲作戦は敵の爆撃にはばまれて失敗に終わったけれど、羽虫に変身したブレイディーが雷轟らいごうに接触することが出来たんだ。


「ブレイディーが発信機をつけてくれたおかげで雷轟らいごうの居場所は現在も把握できている」

「まったく無茶な作戦で苦労しましたよ。危うく雷轟らいごう尻尾しっぽではたかれてペチャンコになるところでしたし」


 そう言うとブレイディーは肩をすくめる。

 そこで僕は地図上の緑色の点のある場所に注目した。

 そこは王都のすぐそばにある湖だった。


「あれ? ここって……」

「そうだ。今、雷轟らいごうやみ洞窟どうくつのある湖のほとりにいる。理由は……おそらくミランダが戻って来るかもしれないと監視しているんだろう。アナリン自身がそこに一緒にいるかどうかまでは分からん」


 そうか。

 ミランダはやみ洞窟どうくつのボスで、ボスNPCである彼女は世界のどこにいても一瞬で洞窟どうくつ内のやみの玉座まで帰還するシステムを付与されている。

 ミランダが意識を失っていない限り、その気になれば彼女はいつでもそこに戻れるんだ。

 

「何であのサムライ女はミランダをねらうんだ? 北の森にも現れたんだろう?」 


 ヴィクトリアが椅子いすにふんぞり返って足を組みながら言う。

 質問を向けられた神様は腕組みをしたままウーンとうなった。

 神様にしてはめずらしく困惑しているみたいだ。


「正直なところ……それは私も疑問に思っていることだ。敵の動きの根拠が分からないというのはどうにも気持ちが悪いのだがな。アナリンが王都に現れた頃にミランダをねらっていた様子はなかった。奴らの作戦の途上で、何かミランダをねらう理由が出来たんだろう。それが何かは皆目かいもく見当もつかんが」


 ミランダをねらう理由。

 それが何だか分からないけれど、確かに妙だな。

 雷轟らいごうのそばにアナリンがいるとして、王女様を探していたはずの彼女なら王都に潜入しそうなはずなんだけど。


「アルフリーダ。アナリンが北に現れた時、おまえはどう感じた? 明らかにミランダをねらっていたか?」


 神様の問いに僕はその時のことを思い返す。


「ミランダと戦闘して……ミランダが負傷して森に落ちた後もアナリンは追っていきました。その時は単に邪魔者を排除しようとしているんだと思いましたけど、今にして思えばミランダを無力化して確保するつもりだったのかも……。そういえばアナリンは僕のことも探していました。あ、僕ってのはアルフレッドのことです。ミランダと僕を同時に捕獲しようと思っていたのかな……」


 その話に神様は何かを感じ取ったかのように目を見開いた。


「ミランダとアルフレッド……」

「神様?」

「いや……少し、気になることがあってな」


 神様がそう言ったその時、小部屋の扉をノックして現れた衛兵が、前線の作戦本部が置かれることになるモンガラン運河への出発時刻であることを告げた。

 それを受けた神様はこの場にいる皆に言った。


「出発時間だ。先ほど会議でも言ったが、アニヒレートと戦う間にアナリンたちが襲ってくる可能性は高い。混乱に乗じるほうが奴らもやりやすいだろうからな。奴らのねらいが何にせよ、こちらは常に応戦態勢を保つよう心がげてくれ」


 そう言う神様にうなづき、僕らは部屋を後にして出発の準備に取り掛かった。

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