第四章 『難攻不落! 討伐不可能の魔神』

第1話 飛竜に乗って

「やれやれ。意気揚々いきようようと出陣するはずが、まんまと出鼻をくじかれたな。あの不死者アンデッドめ」


 神様はそう言うと窓の外を流れる景色をながめながら大きく息を吐いた。

 嘆息たんそくする神様の右肩には白く真新しい包帯が巻かれていた。

 王都の司令塔に侵入してきた不死暗殺者ザッカリーが投げた刃物によって肩を貫かれたためだ。

 幸いにして傷は深くなく、刃物には毒などが塗られていることもなかったことから、神様は軽傷で済んだ。


「もう。いきなり倒れたから毒でも盛られてしまったのかと心配しましたよ」

「単なるしびれ薬だ。死ぬようなものでもない。おまえは心配症すぎる。耳元で神様神様と連呼されて、うるさくてかなわんかったぞ」

「くっ……こっちの気も知らないで。まったくもう」

 

 あれから司令塔は駆けつけてきた警備兵たちではちの巣を突いたような騒ぎになったけれど、ザッカリーは完全に逃げ去ってしまったようで司令塔のどこにも見つからなかった。

 急な襲撃で予定よりも遅れてしまったけれど、僕らはとにかく港町シェラングーンに向けて出発することになったんだ。


「我が主。ご無事で何よりでしたが、この調子では主が戦場におもむかれるのは賛成いたしかねますな」


 そう言ったのは今、神様の肩に包帯を巻き終えたばかりの高齢司祭の男性だった。

 懺悔主党ザンゲストの中で最高齢のメンバーらしく、あのエマさんの師匠ししょうだという。

 お色気シスターの師匠ししょうにしては堅物かたぶつそうな彼は、神様が現場に出ることをよく思っていないようだ。

 だけど神様はうるさそうにこれを突っぱねる。


「小言はいらん。今は現場で指揮をる必要がある時なのだ」


 ザッカリーのメスで肩を刺された神様は、回復薬で体のしびれを回復させると、軽く肩に当て布をしただけで、その場での治療を固くこばんだ。

 治療は移動しながらでいいと、移動を優先させたんだ。

 今この瞬間もアニヒレートはシェラングーンへ進行中で、こちらも一刻も早くシェラングーンに到着する必要があるからだった。


「飛竜を急がせろ」


 神様は前方にいる別の部下にそう声をかけた。

 そう。

 僕らは今、空を飛ぶ大きな飛竜の背に乗っている。

 王都の司令塔を出た神様と僕は、神様が用意していたこの飛竜で大陸南部の港町シェラングーンへ向かっていた。

 シェラングーンにいるジェネットらと合流してアニヒレートを迎え撃つためだ。


「もう少し上昇すれば高速気流に乗れます。少し揺れるのでご着席の上、シートベルトをお締め下さい」


 神様の指示を受けてそう告げたのは懺悔主党ザンゲストのメンバーで竜使いドラゴン・テイマーの男性だった。

 全長20メートルはあるかと思われる飛竜は、5メートル四方の客室用ゴンドラを背負ってさらに上空へと上昇していく。

 僕らは今、そのゴンドラの中にいるんだ。

 飛竜の胴にハーネスでしっかりとくくりつけられたゴンドラは、魔力によって気温と気圧が保たれていて内部はとても快適だった。


 乗っているのは神様と僕、司祭様と竜使いドラゴン・テイマーの男性、そして護衛役の獣人カラス族の男性2名とアビーの合計7人だ。

 僕らは皆、ゴンドラ内の座席に着くと、シートベルトを締めた。

 ゴンドラ後方に置かれた簡易ベッドに寝かされているアビーも、揺れでずり落ちないようにベルトでベッドに固定されている。

 彼女はザッカリーにねらわれているため、1人王都に残すよりも共に連れてきたほうがいいだろうと神様が判断したんだ。


 アビーは司令室でザッカリーに襲われて気を失っていたが、幸いにして重症ではなかった。

 どうやら一度に大きなダメージを負わされたショックで気を失ってしまっていたアビーは、今は司祭様の睡眠治癒スリープ・ヒーリングでじっくりとライフを回復中だ。

 眠りの効果と回復の効果を合わせた、司祭様の優しい回復魔法だった。

 

 そう言えば以前に天国の丘ヘヴンズ・ヒルでエマさんが言っていたな。

 回復アイテムや魔法で一気にライフを回復させても、体内の細かいダメージまでは回復しきれないことがあると。

 そういったダメージが蓄積ちくせきすると、次にダメージを受けた時により大きなダメージとなってしまう恐れがあるし、魔法などでライフの減少分を回復するための時間が遅くなることもあるらしい。

 じっくり時間をかけて回復させることで、細やかなやしの効果を得ることが出来るんだって。

 

 さすがエマさんの師匠ししょうだ。

 顔は少し怖そうな司祭様だけど、神様を心配する小言の裏には優しさが隠れているんだね。


 そんなことを思っていると飛竜がグンッと上昇し始めた。

 ゴンドラの先頭部分には竜使いドラゴン・テイマーがその魔力を飛竜に伝えて操るための操作台が設置されていて、彼はそこに立って船の操舵輪そうだりんのようなハンドルを操作している。

 あれで飛竜を操るのか。


 それにしても今回は懺悔主党ザンゲストのメンバー層の厚さにおどろかされるな。

 多種多様にして優秀な人材がそろっている。

 神様の組織力には舌を巻くばかりだ。

 となりに座る神様に目を向けると、彼は腕組みをしたままアビーの様子を見つめている。

 大事な部下を心配する上司の姿に僕は何だか嬉しくなって声をかけた。


「アビーが無事で良かったですね」

「ああ。ザッカリーの奴がアビーを生かして捕らえようとしていたのが幸いしたな。だが奴はまた必ず襲ってくるだろう。ああいう手合いは執念しゅうねん深いからな。しかし厄介やっかいな相手だ」


 ザッカリーは体を白煙に変化させて、あの場から退却していった。

 ああして煙に変化できたからこそ、誰にも見つからずに司令塔の中に入り込めたんだろう。

 姿を見られることなく暗殺を成功させるには重宝する能力だ。


「だが、奴の手口が分かった以上、二度目は簡単にやらせん。万能型の抗体プログラムを用意して、体内に侵入した異物が体に回るのを阻止してやる」

「そ、そんなにすぐに用意できるんですか?」

「愚問だな。私は神だぞ。神に不可能はない」


 そう言うと神様は不遜ふそんに笑って胸を張る。

 まあ、神様がそう言うからには出来るんだろうね。

 神様の行動力や実現力は今さら疑うべくもない。

 

「それにしてもあの場にマヤがいなかったら、今頃おまえは死んでいたし、私とアビーはとらわれの身となっていただろう。偶然とマヤに感謝せねばならんな」


 偶然に居合わせたマヤちゃんの時魔法のおかげで僕らはザッカリーの魔の手から逃れることが出来たんだ。

 そのマヤちゃんはそのままお母さんのいる避難所に残してきた。

 マヤちゃん自身はザッカリーに姿を見られていないし、あそこなら護衛もいるから安心だ。

 僕がそう思ったその時、ゴンドラがガタガタッと揺れた。


「っと……だいぶ揺れ始めましたね」


 上昇する飛竜は雲を突き抜けていく。

 窓の外に白いもやがかかり、その後、雲の上に出た。

 途端とたんに揺れが収まったかと思うと、窓の外に見える雲の景色がどんどん後ろに流れて行くようになった。

 強い気流に乗って飛竜は姿勢を眼下の雲と平行に制御すると、速度を増してまっすぐに飛び始める。

 すごいスピードだ。


「チームαアルファが使った気球ではここまでの高度に達することが出来んからな。この飛竜の速度ならシェラングーンまで一時間とかかるまい。到着するまで少し体を休めておけ。向こうに着いたら忙しくなるからな」


 そう言うと神様は座席に背中を預けてリラックスする。

 チームαアルファの名を聞いて僕は思わずつぶやきをらした。

 

「ミランダとアリアナ。今どこにいるんだろう……」


 北の森で彼女たちが行方ゆくえ不明になってから、もうかなりの時間が経過している。

 もしかして今も2人は土砂と雪にもれてしまっているんだろうか。

 僕は2人の身を案じて拳を握り締めた。

 ミランダ、アリアナ、どうか無事でいて。

 そんなふうに内心でいのる僕に神様が言う。


「もうすぐミランダ城も完成するというのに、主がいないというのは皮肉だな」

「え? もう完成するんですか? イベント終了後の大型アップデートで完成するんじゃ……」

「正式なロールアウトはな。思ったよりも仕上げの作業がはかどったらしくて、事前のテスト用にフライングで完成させることが出来たんだ」


 ミランダ城。

 いよいよミランダの本拠地が城になると彼女は意気込んでいた。

 当のミランダがいれば、城の完成を喜んでいたはずだ。

 彼女に教えてあげたいな。

 僕はそんなことを思いながら2人の無事をいのった。


【アルフリーダ。いや、アルフレッド。そのまま聞け】


 その時いきなり僕のメイン・システムに神様からのメッセージが入ってきたんだ。

 僕はおどろいて神様の顔を見る。

 しかし神様は座席に深く腰をかけたまま目を閉じて休んでいた。

 ……何だろう?

 僕もメイン・システムから神様にメッセージを送る。


【神様。どうしたんですか? わざわざメイン・システムで……】

【まだ公式には発表されていないからここにいる他のメンバーには伝えないが、アナリンに誘拐ゆうかいされていた王がつい先ほど見つかった】

【ええっ? 本当ですか?】

【まあ落ち着け】


 僕はおどろいて立ち上がりそうになるのをこらえ、神様と同じように座席に深く腰をかけて目を閉じた。


【シェラングーンの東に広がる岸壁地帯の海沿いの洞窟どうくつでな。ひどい状態だったらしい】

【ひ、ひどい状態? それは……】


 そこからの神様の説明に僕は思わず息を飲んだ。

 王様は意識を失い、半分バグッたような状態で洞窟どうくつの中に倒れていたらしい。

 どうやら何らかの方法で王様の体内のプログラムが強制的に抜かれて、そのせいで王様はメイン・システムに大きな損傷を受けたみたいだ。

 今、王様は秘密裏に治療を受けながら王都へ搬送中だという。


【アナリンはかなり強引な手段で王の体からe-bookを抜き出そうとしたようだな】

【そ、そんな……。王様は治るんですか?】

【ああ。プログラムの損傷は甚大じんだいだが、きちんと治療をほどこせば元に戻るとのことだ。バグ状態なので少し時間がかかるらしいがな】


 王様はひどい目にあったようだけど、一命は取り留めたようだ。

 でも……。


【じゃあアナリンはe-bookの半分を手に入れたってことですか?】

【ああ。そういうことになるな】

【e-bookの残り半分は王女様の体の中にあるんですよね? 王女様を王都に残してきて大丈夫だったんでしょうか?】


 白煙化できるザッカリーの能力を考えれば、いくら厳重に王女様を警護しても侵入を100%防ぎ切れる保証はない。

 だけど神様は平静な口調で言った。


【実はな……王女はすでに王都にはいない。アナリンが部下のザッカリーを使ってこの私やアビーをねらってきたのは、王女を見つけられなくてさすがに業を煮やしたんだろうさ。この私や私に近しい者を捕まえ、王女の居場所について何かしらの情報を得ようとしたんだろう】


 そ、そういうことか。

 神様は王女様を王都から移動させたんだ。

 当然といえば当然だ。

 そして敵がそんな王女様の居場所を知るために、神様の周辺人物を誘拐ゆうかいしようとするのも当然の流れだった。

 

 神様本人は僕らNPCと違ってプレイヤーの身分だから、いざとなったらログアウトしてしまえばそれ以上の危険が及ぶことはない。

 ただイベント中は再度ログインすることは出来ないから、神様がプレイヤーとして僕らに力を貸してくれることは出来なくなる。

 そしてもし敵に捕まってしまうと、さっきのしびれ薬のようにログアウトが出来ないような状態で拘束されてしまう恐れもあるから油断は出来ない。


【奴らはこの広い世界で王女を見つけられずにあせりを感じているに違いない。だからこそ危険を顧みずにザッカリーを私の元に送り込んできたのだろう】


 確かに神様を直接ねらうのは安直な手だ。

 神様の元には多くの護衛がいると考えるのが普通で、刺客を送り込んでも捕らえられて逆に情報を吸い出される恐れがある。


【だがこのタイミングで刺客を送り込んできたということは、敵はこちらの護衛が今手薄になっているということを知っていたのだろう。こちらの状況もかなり敵に把握されていると考えるべきかもしれんな。だが、それでも裏はかかせんよ。化かし合いなら負ける気はしない】


 おそらく神様は敵の裏をかいて、王女様を思いもよらないような場所で守っているはずだ。

 僕はその場所を聞くようなことはしない。

 神様の考えは必ず敵の思惑を凌駕りょうがするはずだと信じているから。

 そんなことを思っていると、ゴンドラの中にノンビリとした声が響く。


「ふわ~。よく寝たのです~。ここはどこでしょうか~。動けないのです~」


 見るとベッドの上に寝かされているアビーが目を覚ましていた。

 揺れて落ちないようにベルトで拘束こうそくされているアビーは自分が置かれている状況が分からずに目を白黒させていた。

 よかった。

 彼女もすっかり元気そうだ。


 そこでゴンドラの中に竜使いドラゴン・テイマーの落ち着いた声が響く。


「あと10分ほどでシェラングーン上空に差し掛かります。着地に向けて降下を開始しますので、揺れに備えて下さい」


 彼の言葉と同時にグンッと飛竜が下に下がっていく。

 オナカのあたりがムズムズするのを感じながら、僕は緊張に口を引き結んだ。


 いよいよシェラングーンか。

 アニヒレートの襲撃に備えながらアナリンたちの動向にも注意しなくてはならない大変な状況だけど、ここを乗り切らないと。

 僕は大きく息を吐いて覚悟を決めた。

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