第6話 衝撃の刃

「アルフレッドおにいちゃんは魔法使いなの?」


 薄暗い空間の中、僕が使った化学発光体ケミカル・ライトの明かりに照らされたマヤちゃんは目を丸くしてそう言った。

 ほんの1分前、僕はわずか30センチほどの隙間すきまを通り、この瓦礫がれきの下の空間に入り込んだんだ。

 その際に僕がある薬液を使ってネズミの姿に変身し、その1分後にこの空間の中で元の人間の姿に戻ったのを見てマヤちゃんはたいそうおどろいた。


「魔法じゃないよ。マヤちゃん。これは僕の友達が作ってくれた特別な薬の力なんだ」

 

 特別な薬というのは、僕の友達である科学者ブレイディが開発した変身の薬だ。

 これを使えば一定時間、小動物や鳥など他の生き物に変身することが出来る。

 前々回の砂漠都市ジェルスレイムや前回の天国の丘ヘヴンズ・ヒルでも僕を随分ずいぶんと助けてくれた優れものの一品だった。

 懺悔主党ザンゲストというジェネットと同じ団体に所属するブレイディは以前からこの薬を僕に分け与えてくれていて、今回はそのうち1分で効果が失効するタイプの薬を使った。


 おっと。

 あまりのんびりしている場合じゃない。

 今もこの瓦礫がれきの外ではヴィクトリアが王女を探すなぞのサムライ少女とバトルを繰り広げている。

 今のうちにマヤちゃんたちを救出しないと。

 

「アルフレッドさん……お久しぶりです」


 苦しそうにそう言うのはマヤちゃんのすぐとなりで半身を起こして座り込んでいる女性だ。

 彼女は以前に会ったことのあるマヤちゃんのお母さんだった。

 お母さんは左足首をケガして、立ち上がることが出来ないようだ。

 見ると彼女の足首は血がにじみ、紫色にれ上がってしまっている。

 これは……骨が折れているかもしれない。


「お母さん。少しじっとしていて下さいね」


 とにかく僕はアイテム・ストックから取り出した包帯を彼女の足に巻いて止血をすると、ここから逃げ出す方法を頭の中で思い描く。

 あの隙間すきまから再び逃げ出すには、ここにいる全員が小動物化する必要がある。

 マヤちゃんのお母さんが歩くのは無理だ。

 かといってケガをした今の状態を考えると、鳥になって飛んでいくのも危険な気がする。

 途中でバランスをくずして落下したりしたら大変だ。

 

 そこで僕はいくつか種類のあるブレイディの薬の中から、さっき僕が使ったのと同じく1分の効果があるものと、効果が1時間続くものを用意する。

 そしてそれを使用してどう避難するかを2人に説明した。


「アルフレッドおにいちゃん。あのお姉ちゃんは……」


 そう言うマヤちゃんが不安げに指差した先、この瓦礫がれきの下の空間の奥には、1人の見知らぬ女性が横たわっている。

 僕はその女性のそばにしゃがみ込んだ。

 それはまだ幼さの残る女の子だ。

 マヤちゃんよりは年上だけど、ミランダ達よりは確実に年下だった。

 見たところどこもケガはしてないようだけど、彼女は青白い顔で意識を失ったまま横たわり、ピクリとも動かない。


「その女の子がお店に飛び込んできてすぐ、物凄い衝撃がして店がくずれ落ちたんです。頭を打ってなければいいんですけど」


 マヤちゃんのお母さんが心配そうにそう言う。

 僕はうなづくと1時間薬を取り出して、気絶している女の子の頭の下に手をえて、その口に薬をふくませた。

 飲み込めるように頭の位置を調整していると、うまいこと薬がのどの奥に流れ込んでくれたみたいで、すぐに薬の効果が表れて彼女は小さなネズミになった。

 僕はそんな彼女をそっと抱き上げる。


「とにかくここにいるといつ天井がくずれてくるか分かりませんから、すぐにでも外に出ましょう」


 それからマヤちゃんに1分薬、お母さんに1時間薬をそれぞれ投与してネズミの姿に変えると、彼女たちを瓦礫がれき隙間すきまから外に逃がした。

 そしてもう一人のネズミ姿の女の子を隙間すきまから手に乗せて出し、そっと横たえる。

 最後に僕自身が1分薬を飲んでネズミに変身すると隙間すきまから外にい出て、これでこの場にいる全員の脱出が完了した。


 外に出るとアニヒレートが王城の北側にある中央公園の方角へとだいぶ遠ざかっているのが見える。

 アニヒレートの頭上には多くの人影が群がっていた。

 それらは皆、頭の上に赤い逆三角形のプレイヤー・マークを持つプレイヤー達だった。

 イベントは始まったばかりだけど、アニヒレート・スレイヤーの称号を得るために多くのプレイヤー達が我先にとアニヒレートにいどみかかっていく。

 大勢のプレイヤーたちに紛れてしまったせいでミランダ達の姿が見えなくなっているけれど、あれだけアニヒレートが遠ざかっているってことはミランダ達の誘導が上手くいったんだ。


 そしてすぐ近くでは先ほどと変わらずにヴィクトリアとサムライ少女の戦いが続いていた。


「はぁぁぁぁっ!」


 ヴィクトリアはサムライ少女を相手に、息を切らすこともなくさっきとまるで変わらぬ勢いでおのを振るっている。

 フルスロットルで長時間戦い続けられるのは、人並み外れたスタミナの持ち主であるヴィクトリアの強みだ。

 だけど、それはサムライ少女も同じことだった。

 

 相変わらず刀のさやに左手をかけたまま、ヴィクトリアのおのをかわし続けているサムライ少女は顔色一つ変えていない。

 まるでヴィクトリアの実力を観察しているかのようなその行動は、絶対の自信と実力に裏打ちされているかのようだ。

 ヴィクトリアもそれを感じ取っているんだろう。


 おのを振るい続ける彼女の目は戦意に燃えたぎりながらも、油断のない光をたたえていた。

 その姿を見つめる僕の体が小さなネズミから元の人間に姿へと戻っていく。

 1分薬の効果が切れたんだ。

 同様にマヤちゃんも元の姿に戻っていた。

 1時間薬を服用したお母さんと女の子はまだネズミの姿のままだ。

 

「マヤちゃん。お母さんを運んであげて」


 そう言うと僕はもう一人の女の子のネズミの体を抱き上げ、兵服の胸ポケットに忍ばせる。

 マヤちゃんは足をケガして動けないお母さんを抱き上げると、大切に胸に抱えた。

 その時、数十メートル先で戦っているヴィクトリアがひときわ大きな気合いの声を上げたんだ。


「うおおおおおおっ!」


 けもののようにえながらヴィクトリアが横なぎに振り払ったおのの一撃を、サムライ少女はわずかに後方に下がることでギリギリ避けた。

 本当におのがサムライ少女の衣をかすめるほどの、近距離を通り抜けた次の瞬間、彼女は目にも止まらぬ速さでさやから刀を抜き放ってヴィクトリアに居合いの一撃を浴びせたんだ。

 だけどヴィクトリアは咄嗟とっさ嵐刃戦斧ウルカンを放り出して空いた手で羽蛇斧ククルカンを抜き、サムライ少女の刀を防いだ。


「くっ! やられるかよ!」


 あ、危なかった。

 さすがヴィクトリアだ。

 速度でサムライ少女におとる彼女だけど、その攻撃をあらかじめ読んで……えっ?


「くはっ……」


 羽蛇斧ククルカンで刀を受けたはずのヴィクトリアが声をらした。

 なぜかヴィクトリアのよろいに強い衝撃が加わり、大柄な彼女が後ろにのけってしまう。

 そのすきを見たサムライ少女の動きがさっきまでよりも一段速くなる。


「シッ!」


 サムライ少女はまるで地をうような低い姿勢でヴィクトリアのすね辺りを斬りつけて彼女の背後に回ると、そのまま一気に首をねらって刀を鋭く払った。

 危ない!


「ナメんな!」


 だけどヴィクトリアは再び羽蛇斧ククルカンを振り上げて刃を頭上に弾くと、そのまま体当りを浴びせた。

 体格差もあるためサムライ少女は大きく後方へ飛ばされる。

 空中で無防備となった彼女に向けてヴィクトリアは間髪入れずに2本の羽蛇斧ククルカンを投げつけた。


「食らいやがれっ!」

 

 けれどサムライ少女は信じられないような体さばきを見せ、空中で体勢を入れ替えて正面を向くと、刀で2本の羽蛇斧ククルカンを叩き落として着地した。

 す、すごい動きだ。

 もしかして……あのサムライの少女はとんでもなく強いんじゃないか?

 ヴィクトリアに体当りを浴びたってのに、ダメージはさほど受けていない様子だし。

 おそらくダメージを最小限に抑えるために、自ら後方に飛んで衝撃をやわらげたんだろう。


「くっ……」


 サムライ少女の強さに目を奪われていた僕の耳に、ヴィクトリアのうめき声が聞こえてきた。

 見るとヴィクトリアがその場にガックリと両ひざをついてうなだれている。


「ヴィ……ヴィクトリア!」


 あの頑強なヴィクトリアが……。

 信じ難い思いで目を見張る僕は、彼女の両足から血がしたたり落ちているのを目にして息を飲んだ。

 彼女のよろいはしっかりと足元まで防御する仕様なのに、甲冑かっちゅう隙間すきまから赤い血が流れ出していた。

 まさか……よろいを通り抜けてヴィクトリアの体にダメージを与えたのか?

 そんなヴィクトリアをじっと見据みすえ、サムライ少女は黒い刀をさやに収めて顔色を変えずに言った。


「貴様の肉体強度は相当なものだな。それがし鬼速刃きそくじんを浴びても動けるとは」


 そう言うサムライ少女にヴィクトリアは足だけじゃなく、胸を手で押さえてわずかに顔をしかめた。

 さっきサムライ少女の刀を嵐刃戦斧ウルカンで受け止めた時、ヴィクトリアはまるで目に見えない衝撃によって後方に飛ばされたんだ。

 よろいの上から斬られた足と同じように、胸の辺りを負傷してしまったんだろうか。


鬼速刃きそくじん? そりゃそのおかしな刀の名前かよ?」

「いいや。それがしのスキルの名だ。その大層なおの甲冑かっちゅうでは防げぬぞ」

「衝撃が……物質を突き抜けるのか」

「その身で味わって感じ取ったか。その通りだ」


 衝撃が物質を突き抜ける?

 それじゃあサムライ少女の言う通り、盾やよろいで受け止めることも不可能だ。

 そんなスキルは今まで見たことはない。


「上等じゃねえか。こちとら頑丈さが一番の売りでな。そんなナマクラで何回斬られたってでもねえんだよ」


 そう言うとヴィクトリアは歯を食いしばって立ち上がる。

 その強気な言葉とは裏腹にそのひたいには汗が浮かんでいた。

 まずいぞ。

 確かにヴィクトリアはちょっとやそっとのダメージはものともしないけれど、足をやられたのが良くない。

 あれじゃ動きはにぶる。


 ただでさえ相手のサムライ少女の恐ろしいまでの速さに劣勢気味なのに、この後の戦いがさらに厳しい状況になるのは火を見るより明らかだった。

 何とかヴィクトリアに加勢しなきゃ……。

 僕がそうあせりを覚えたその時、瓦礫がれきの山と化した広場に少女の声が響き渡る。


永久凍土パーマフロスト!」


 地上のサムライ少女に向けて空中から巨大な氷のかたまりが落下してきたんだ。

 サムライ少女は持ち前の素早い動きで後方に飛び退すさってこれをかわすけれど、そんな彼女に負けない素早さで襲いかかった青い人影が、サムライ少女を蹴り飛ばした。


「くっ!」


 サムライ少女は大きく飛ばされて瓦礫がれきの中へと突っ込んだ。

 彼女を蹴り飛ばした青い人影は空中で華麗に宙返りをすると、地面の上に落下した凍土の上に降り立つ。

 駆けつけてくれたのはもちろん、僕の頼もしい仲間の1人だ。


「アリアナ!」


 歓喜の声を上げる僕に、魔道拳士アリアナは満面の笑みを浮かべて手を振ってくれた。

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