だって僕はNPCだから 4th GAME

第5話 サムライ・ガール

「動くな。動けばすぐに殺す」

　そう言ったその女性の姿を僕は見ることが出来ない。

　地面にうつ伏（ぶ）せになったまま、首の後ろに刃物を突き付けられているからだ。

　冷たい刃の感触が首を撫（な）で、僕は思わず息を止める。

　せ、接近する足音も気配も感じられなかった。

　もちろん僕が鈍（にぶ）いってのもあるけれど、それにしてもまったく予期せぬ状況だぞ。

「だ、誰？」

「貴様には関係ない。某（それがし）の問いにだけ答えろ。貴様、王城所属の兵士だな」

　そ、某（それがし）？

　何だか妙な言葉遣（づか）いだな。

　そしてこの女性は僕の兵服を見たんだろう。

　彼女の言う通り、僕は普段は闇（やみ）の洞窟（どうくつ）に常駐しているけれど、身分はあくまでも王城の兵士の一員なんだ。

「そ、そうだけど、どうして僕を襲うんだ？」

「王女の行方（ゆくえ）を追っている。炎上した王城から数名の兵士に救出され、この辺りに逃げたはずだ」

「王女様を？」

　その言葉に僕はわずかな安堵（あんど）を覚えた。

　この国の王様には１人娘となる王女様がいる。

　そうか。

　王女様は隕石の衝突後も生き延びていらっしゃるんだ。

　だとすると、この女性は誰だ？

「あなたは王城の人？」

「質問するのは某（それがし）だ。間違えるなよ？　雑兵（ぞうひょう）」

　そう言うとその女性は刃でわずかに僕の首を切る。

　くっ……ほんのわずかだけど、切られた痛みが首の後ろに走る。

　そして流れ出たひとすじの血が僕の首を伝い落ちた。

　違う。

　この人が王城関係者なら、兵服を着ている僕に刃を向けるはずがない。

　それを示す様に彼女は言った。

「貴様も王城の兵士ならば事情を知っているだろう。貴様の同僚たちはどこだ？　王女をどこに連れて行った？　知っていることを吐け。吐かねば即座に殺す」

　王女様の行方（ゆくえ）なんてサッパリ分からないけれど、ここで知らないと言えばこの人は容赦（ようしゃ）なく僕を斬り捨てるだろう。

　そうなれば僕はゲームオーバーとなり、瓦礫（がれき）の下で救助を待っているマヤちゃんを救うことは出来なくなる。

　そんな状況は避けなきゃ……こうなったらやるしかない。

　僕は意を決して一か八かの賭（か）けに出た。

「王女様ならここにいる。でも、もう……助からない」

　そう言うと僕は瓦礫（がれき）の下の闇（やみ）をじっと見据（みす）えた。

　後ろにいる女性の声音がわずかに変わる。

「なに？」

「逃げている最中に瓦礫（がれき）が崩れ落ちて、僕の仲間たちは皆、巻き込まれたんだ。唯一助かった王女様も、もう……」

　僕の言葉に、背後の女性は何かを思案しているのか少しの間、黙（だま）り込んだ。

　もちろん冷たい刃は僕の首に当てられたままだ。

　やがて女性は口を開く。

「貴様の言葉が真実かどうか確かめる必要があるな」

　そう言うとその女性は僕の襟首（えりくび）を掴（つか）み、強引に僕をひっくり返す。

「うげっ！」

　思いのほか腕力の強いその女性にぞんざいにひっくり返されて、僕は背中を地面に打ち付けて思わず声を漏（も）らした。

　そこで僕は初めて彼女の姿を目の当たりにしたんだ。

　それはミランダ達よりほんの少し年上くらいの少女だった。

　艶（つや）のある長い黒髪を頭の後ろの高い位置で一つに縛ってまとめ、髪と同じ黒い瞳を持つその女性は特徴的な衣装に身を包んでいた。

　白と青で彩（いろど）られた衣の下に、動きやすそうなスリットの入った紺色の袴（はかま）を履（は）いている。

　衣の上には鉄の胸当てをつけているだけの軽装備だ。

　そして彼女を最も強く印象付ける武器がその手に握られている一本の刀だった。

　それは黒光りする刀身に緑色に輝（かがや）く刃文（はもん）という波模様が浮かび上がった刀で、何だか怖いくらいに綺麗（きれい）な刀だ。

　そう。

　見る者に恐怖を与える美しさが、その刀には備わっていた。

　その刀を見ているだけで、今にも斬り刻まれそうな恐ろしさに身の毛がよだつ。

　僕はその恐怖から逃れようと刀から視線を外した。

　彼女の腰にはその刀の収まりどころである鞘（さや）が下げられている。

　その鞘（さや）には綺麗（きれい）な金色の細い鎖（くさり）が巻かれていて、とても印象的だ。

　そしてその鞘（さや）のすぐ横には、脇差（わきざし）と呼ばれるもう一本の短い刀が鞘（さや）に納められている。

　それにしても城の兵士が持つような直刀でも、砂漠の民や海賊たちが使うような三日月型の湾刀でもなく、わずかに弧を描いて湾曲したこういう刀はこのゲーム内では珍（めずら）しい。

　打刀（うちかたな）と呼ばれる種類のその刀を持つ人を以前に一度だけ見たことがある。

　サムライという珍しい種類のＮＰＣだ。

　彼女は紛（まぎ）れもなくそのサムライだった。

　だけど王城の関係者にサムライはいないはずだから、やはり彼女は部外者だ。

「君はお城の人じゃないね。そんな人が王女様を探してるってことは穏便な用件じゃない……」

　そう言いかけた僕の首に、再び刀の刃先が突きつけられる。

「質問するのは某（それがし）だと言ったはずだ。頭が悪いとすぐに死ぬことになるぞ」

　剣呑（けんのん）な口調でそう言うと、彼女は腰から脇差（わきざし）を左の逆手で抜き放ち、その白銀の切っ先を僕に向けた。

　そして右手に握った刀を鞘（さや）に納めると、射抜くような鋭い眼光を僕に向ける。

「今からこの邪魔な瓦礫（がれき）を吹き飛ばして中を確かめてやる。貴様の言葉が嘘（うそ）だとしたら、その舌をこいつで根元から切り取ってやるからな」

　そう言うとサムライの少女は僕のお腹の上に馬乗りになる。

　細身の体だというのにその力は強く、脇差を鼻先に突きつけられていることもあって僕は動けずにいた。

　僕のアイテム・ストックの中にはいつも持っている下級兵士の通常装備である鉄の槍があるんだけど、この状況ではそれを装備するような余裕はとてもない。

　ちなみに毎度おなじみの僕の武器である報復の蛇剣・蛇剣（タリオ）。

　前回の冒険で訪れた天国の丘（ヘヴンズ・ヒル）で、さらなる進化を遂げて金と銀の２本になったあの剣だ。

　それは事情があって今は持ってない。

　あの反則チート剣があればこの状況もどうにか出来るかもしれないのに、どうして僕はこう間の悪い男なんだ！

「その前に貴様が逃げぬよう、その腕を地面に縫（ぬ）い付けてやる」

　冷たい表情でそう言うとサムライ少女は僕の左手首を押さえつけて、もう片方の手で脇差（わきざし）を振り上げた。

　う、嘘（うそ）でしょ……。

　僕は必死に暴れるけど、彼女はそれを楽々と押さえつけ、僕の腕目がけて脇差（わきざし）を振り下ろした。

「うわあああああっ！」

　だけどその時、サムライの少女は振り下ろした脇差（わきざし）を即座に自分の背後へと方向転換させた。

　するとガキンッという重い金属音が鳴り響き、サムライ少女の体がのけ反（ぞ）った。

「くっ！」

　途端（とたん）に僕の体にかかる重さが弱まり、僕は咄嗟（とっさ）に少女を跳ね除（の）けて真横に転がり、体の自由を得たんだ。

　そんな僕の目の前の地面にサムライ少女の持っていた脇差（わきざし）と、金色に輝（かがや）く装飾の施された片手用の手斧（ておの）が突き立っていた。

　宙を飛来してサムライ少女の持つ脇差（わきざし）を弾き飛ばして僕を救ったその手斧（ておの）を、僕はよく知っている。

　羽蛇斧（ククルカン）。

　長身女戦士・ヴィクトリアの愛用する武器だ。

「アルフレッドから離れろ！」

　その声が響き渡り、両手斧（おの）である嵐刃戦斧（ウルカン）を手にヴィクトリアが飛び込んできた。

　手分けして周辺を見回っていたはずの彼女が、僕の危機に助けに来てくれたんだ。

　ヴィクトリアは嵐刃戦斧（ウルカン）を素早く振り上げると、サムライ少女に渾身（こんしん）の一撃を振り下ろす。

「うりゃああああああっ！」

　ヴィクトリアの気合いのこもった一撃を前に、サムライ少女は刀を抜く間もなく鞘（さや）に手をかけたまま後方に下がって避けた。

　嵐刃戦斧（ウルカン）の勢いは止まらずに地面を大きくえぐって土煙が上がる。

　それでもヴィクトリアの勢いは止まらず、巨大で重厚な嵐刃戦斧（ウルカン）を自在に振り回してサムライ少女を追う。

　い、今のうちだ。

　僕はアイテム・ストックから鉄の槍を呼び出して装備した。

　これが役に立つとは思えないけれど、蛇剣（タリオ）を持っていない今、丸腰よりはよほどマシだ。

　あのサムライ少女がどうして王女様を追っているのか分からないけれど、少なくとも僕らにとって好意的な相手でないことは確かだよね。

　今の状況でゲームオーバーになるわけにはいかない。

　僕は槍を構えたまま戦況を見つめる。

　ヴィクトリアが自慢の腕力で振り回す嵐刃戦斧（ウルカン）を、サムライ少女は表情ひとつ変えずに軽やかな身のこなしでかわしていく。

　それだけでも彼女がかなり腕の立つ人物だということが分かった。

　サムライ少女はまるでアリアナのような軽い体さばきで動き続け、ヴィクトリアの攻撃はかすりもしない。

　だけど体力のあるヴィクトリアの攻撃は止むことがない。

　胸当て以外は甲冑（かっちゅう）もつけてないサムライ少女が、重いヴィクトリアの斧（おの）を一撃でもまともに浴びれば、大ダメージは避けられないだろう。

　あの連続攻撃はかなりのプレッシャーのはずだ。

　サムライ少女は刀の鞘（さや）に手をかけたまま、抜刀しようとはせずにヴィクトリアの攻撃をかわし続けている。

　サムライ少女の持つ刀は不気味だけど、あの細い刀身じゃヴィクトリアの嵐刃戦斧（ウルカン）は受け止められないだろう。

「今のうちにマヤちゃんを……」

　だけど、ヴィクトリアが戦っている以上、マヤちゃんの救出で彼女に頼るわけにはいかない。

　僕が何とかしないと……。

「でもこの瓦礫（がれき）は僕じゃどうにも出来ないし、かといってこの隙間（すきま）に入るのも無理……ん？」

　そこで僕は思い出したんだ。

　僕のアイテム・ストックに友人がくれた便利なアイテムが収納されていることを。