第4話 無理ゲー

 全長15メートルはあろうかという巨大なくまのモンスターであるアニヒレート。

 そのアニヒレートが前脚を叩きつけた石材のかたまりが、うなりを上げて僕らに向かってくる。

 もう避けるひまもない。

 その問答無用で理不尽な恐怖に飲み込まれて、僕の体は硬直してしまった。

 やられる!


「うわああああああああっ!」

「アルフレッド!」

「アル君!」


 ヴィクトリアとアリアナの声が響き渡ると同時に、僕の視界がおおわれる。

 僕の目の前に現れたのは巨大な氷のかたまりだった。

 アリアナの上位スキル・永久凍土パーマ・フロストだ。

 そして凍土と僕の間に入り込んで来たのはヴィクトリアだった。

 彼女が凍土に両手を当ててグッと腰を落としたその瞬間、凄まじい衝撃が襲いかかって来た。


「ぐっ!」


 ドォォォォンと大音響が響き渡り、ヴィクトリアの背中が僕のひたいに押し付けられる。

 アニヒレートが飛ばした石材が凍土に衝突したんだ。

 その衝撃はすさまじく、凍土が大きく後方に押し込まれる。

 ヴィクトリアは凍土を両手で押さえて踏ん張ろうとしてくれたけれど、彼女の腕力をもってしてもそれは不可能なことだった。


「く、くそぉぉっ!」

「うあああああっ!」


 石材が衝突してきた勢いで押し込まれた凍土が僕らを後方へ吹き飛ばした。

 そんな僕らの背中を受け止めてくれたのは、永久凍土パーマ・フロストを発生させた後にいち早く後方へ下がっていたアリアナだった。

 それでもアリアナは僕らの勢いを完全に止めることは出来ず、僕たち3人は地面を十何メートルも転がってようやく止まることが出来たんだ。


 う、ううううう……。

 衝撃で頭がクラクラするし、地面を転がり続けたせいで体のあちこちが痛む。

 

「ア、アルフレッド。生きてるか?」


 そう言ってヴィクトリアが僕の腕を取って引き起こしてくれる。

 矢面やおもてに立ってくれた彼女はさすがにダメージを負ってしまっていた。


「な、何とか。ヴィクトリアこそライフが……」

「こんなもんは何でもねえさ。アタシはこの通り頑丈がんじょうに出来てっから。おいアリアナ。いつまで寝てんだ」


 一番強い衝撃を受けたはずのヴィクトリアは体のあちこちにスリ傷を負いながらも気丈にそう言うと、まだ地面に倒れたままのアリアナにも手を差し伸べる。

 アリアナはその手を取ると、目を白黒させながら何とかひざをついて起き上がった。


「ふぇぇぇぇ。し、死ぬかと思った」


 同感だよアリアナ。

 だけど君が背中を受け止めてくれなかったら、僕もヴィクトリアももっと遠くまで飛ばされて、もっと手痛いダメージを負っていただろう。

 体の強いヴィクトリアはともかく、貧弱な僕はそれこそ死んでいたかもしれない。

 アニヒレートが飛ばした石材がぶつかった衝撃で、アリアナの永久凍土パーマ・フロストはひしゃげて立方体の原形が分からないほどつぶれてしまっていた。


 あれだけの質量を持つ凍土をあんなふうにしてしまうアニヒレートの膂力りょりょくに僕は心底恐怖した。

 あの巨大な魔物は人間がまともに相手にできる存在とは思えない。


 アニヒレートが僕らに攻撃を仕掛けてきたことを見たジェネットが危険をかえりみずに凶悪な形相ぎょうそうくまの顔の近くを飛び回って注意を引いてくれている。

 けどミランダ達はあんな化け物を相手にして本当に大丈夫なんだろうか。

 僕は怖くなる。

 もし間違って彼女たちがアニヒレートの太い前足で叩き落とされたりしたら、一発でゲームオーバーになってしまうんじゃないだろうか。

 こ、今回、最初からハード過ぎない?


 僕の自慢の友達である5人の少女たちは全員がランクAの優れたNPCで、それぞれに他を寄せ付けないほどの得意分野を持っている。

 

 やみ魔法の威力や戦闘センスを武器にした攻撃性ならミランダが5人の中で一番優れている。

 逆に神聖魔法を駆使した攻防一体の総合力ならジェネットがナンバーワンだろう。

 そして地上戦での素早さや身のこなしの軽快さならアリアナが頭ひとつ抜けてる。

 腕力と体力ならこれはもうダントツでヴィクトリアだ。

 圧倒的な防御力の強さと翼を広げた時の飛行速度の速さならノアの右に出る者はいない。


 そんな優秀な彼女たちが5人もそろっているのに、アニヒレートの前にはほとんど成すすべが無い。


「こ、こんなの無理ゲーでしょ……」


 思わず弱音をらす僕だけど、ヴィクトリアがそんな僕の肩をガシッとつかんだ。


「何言ってんだ。無理ゲー上等じゃねえかアルフレッド。見ろ。あいつらは全然あきらめてねえぞ」


 そう言って不敵な笑みを浮かべながらヴィクトリアはアニヒレートを指差した。

 その周囲を飛び回るミランダ達の動き方に変化が表れ始めていた。


 ミランダはアニヒレートが振り回す前脚をかいくぐり、そのふところ奥深くまで入り込んで至近距離から黒炎弾ヘル・バレットを浴びせていた。

 一方のジェネットはアニヒレートの顔の近くから頭上へと舞い上がり、少し離れた高さから清光霧ピュリフィケーションをアニヒレートの頭に集中的に放射していた。

 そうした攻撃を受けるうちにアニヒレートの進行方向が北向きに変わってきた。


 一体何が起きているんだ?

 僕が不思議に思っていると、ノアがアニヒレートのお腹の高さの位置でその巨体の周りを360度回り続けている。

 あれは何をしているんだろうか。

 ノアはさっきまでのようにブレスを吐いてはいない。

 それを見たヴィクトリアが声を上げた。


縛竜眼ドラゴン・バインドだ」


 それはノアのスキルで、彼女がその目から発する光線が糸となって相手の体にからみ付き、その動きをにぶらせる。

 もしかしたらそれがアニヒレートの動きに制限をかけて、その進行方向を変えさせたのかもしれない。

 きっとそうだ。

 あの3人の特徴的な動きは連携している。


 そしてアニヒレートが進路を変えた先は王城の北側、中央公園のある辺りだ。

 その辺りには住居も少なく、道が広いために避難は容易なはずだ。

 もう逃げ遅れた人はほとんどいないはず。


「そうか。ミランダたちの作戦だ」


 アニヒレートがすぐに倒せそうもないと見るや、住民の被害を最小限に食い止めるよう方針転換したんだ。

 さすがにあの3人は頼もしい。

 さっきは思わず弱音をこぼしてしまったけれど、彼女たちがあきらめない限り、無理ゲーなんかじゃないぞ。

 アニヒレートは恐ろしい魔物だけど、ミランダたちなら無理さえしなければ、そう簡単にやられたりはしないと僕は直感することが出来た。

 

「アルフレッド。この後どうする? この辺の住民たちはもう避難し終えるだろうし、アニヒレートがあのまま行っちまえば、もうこの辺は大丈夫だろ。ミランダ達に加勢しようぜ」


 そう言うヴィクトリアだけど僕は首を横に振った。


「いや、地上から加勢しても効果はあまり見込めないかもしれないよ。それよりケガをしたりして逃げ遅れた人がまだその辺りにいるかもしれない。アニヒレートのことはミランダ達に任せて、僕らは3人で手分けして周辺を見回ろう」

 

 そう言うと僕らはそれぞれ別方向に散って捜索そうさくを開始した。

 ジェネットには2人と離れないようにと言われていたけれど、少しでも要救助者発見の確率を上げるなら手分けするほかない。

 僕らが今いる王城前の広場には、広場の外周に沿って多くの商店が建てられている。

 だけどこの辺りは隕石落下の衝撃による被害がひどく、それらの商店は軒並み倒壊してしまっていた。

 恐らく最初の衝撃で不幸にも命を落としてしまった人たちもいるはずだ。


「どなたかいませんか? 逃げ遅れている方はいませんか?」


 そう叫び声を上げながら辺りを駆け回る僕は、ふいに視界のすみで何かが動いたのを感じて立ち止まった。

 その方向に視線を送ると、倒壊した商店の瓦礫がれきの中で小さな人影が動いているのが見える。

 た、大変だ。

 誰か瓦礫がれきの中にいるぞ。

 

 僕はその瓦礫がれきそばまで駆け寄り、崩れ落ちた屋根と建物の間に出来た隙間すきまの中に人がいるのを確かに見た。

 建物が倒壊した時にちょうどこの隙間すきまが出来たから助かったんだろう。

 でも、今も屋根からはパラパラと小さな残骸ざんがいが崩れ落ちてきている。

 このままじゃいずれ完全に倒壊してしまうぞ。

 僕は地面にうようにして隙間すきまのぞき込んだ。

 中は薄暗くてよく見えないけれど、どうやら閉じ込められているのは子供みたいだ。


「だ、大丈夫?」

「あ……アルフレッドおにいちゃん」


 ……えっ?

 その聞き覚えのある声に僕はわずかに戸惑い、記憶の糸を探った。


「もしかして……マヤちゃん?」

「うん。マヤだよ」


 マヤちゃん。

 それは以前、バレンタインの時にこの城下町で出会った、まだ幼い女の子だ。

 鍛冶かじ職人の父と菓子かし職人の母を持つ彼女の祖母(故人)は、高名な時魔道士だったカヤさんという人で、マヤちゃんもその時魔法の才能を受け継いでいた。

 そう言えば彼女のお母さんのお店がこの辺りにあると以前に聞いたことがあったな。


「マヤちゃん。大丈夫? ケガしてない?」

「マヤは大丈夫だけど……おかあさんが足をケガして動けなくて」

「た、大変だ。中には他に誰もいない?」

「ううん。もう一人、お店に逃げ込んできた知らないお姉ちゃんがいるけど、倒れたまま動かなくて……グスッ」


 そう言うとマヤちゃんは今にも泣き出しそうになる。

 僕は慌てて彼女をなだめた。


「泣かないでマヤちゃん。大丈夫だから。今、僕の仲間を呼んできて、すぐに助けてあげるから」


 隙間すきまはわずか30センチほどしかなく、いくら子供のマヤちゃんでもここから脱出するのは不可能だ。

 かといって僕の力じゃこの瓦礫がれきをどかすことなんて出来ない。

 僕1人ではこの状況から救い出すのは無理だけど、ヴィクトリアやアリアナがいれば……。

 彼女たちを呼んで来よう。

 そう思って起き上がろうとしたその時、地面にっている僕の首の後ろに突然冷たいものが突きつけられた。

 

「動くな。動けばすぐに殺す」


 そう言ったのは女性の声だ。

 そのひどく冷たい声と同様に、冷たい刃が僕の首の後ろをでた。

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