第3話 大混乱の市街地

「オオオオオオオン!」


 巨大なくまの姿をした破壊獣アニヒレートの雄叫おたけびがビリビリと空気を震わせる。

 15メートルを越えるその巨体を誇るアニヒレートは王城をあらかた破壊すると、城壁へと突入して城下町への侵入をはかろうとしていた。

 そんなアニヒレートの頭上を3つの人影が飛び回っているのが見える。

 ミランダとジェネット、そしてノアの3人だ。


 彼女たちは得意の魔法やブレスを使ってアニヒレートを攻撃しているけれど、アニヒレートの黒と赤の毛並みはこうした攻撃に対する耐性が非常に強いらしく、あまり大きなダメージを与えられていない。

 しかも表示されているアニヒレートのライフゲージの数値は99999と、普通のキャラクターの最大値である999の100倍だ。

 そのライフゲージの下には【irreversible & irrecoverable】と記されていて、アニヒレートのライフが不可逆的であり、減った分を回復することは出来ないという説明が記されている。

 

 それにしたって99999って……。

 あ、あんなの普通に戦ってたら倒せっこないぞ。

 

 ミランダ達の奮闘もむなしくアニヒレートの進行は止まらず、巨大なくまの化け物は悠然ゆうぜんと城壁へ侵攻していく。

 まずいぞ。

 このままじゃアニヒレートが城下町に突入してしまう。


「やばいよアル君! アニヒレートが……」

「い、急がないと!」


 僕とアリアナ、そしてヴィクトリアの3人は大通りを街の中心部に向かって進んでいく。

 僕らとは反対に中心部から逃げて来ている人たちが、逆行する僕らを見て顔をしかめ、怒りの声を上げた。


「邪魔だよ! どいてくれ!」


 逃げている人たちは皆一様に必死の顔で、我先にと道を急いでいる。

 今は誰もがゲームオーバーの脅威きょういにさらされているんだから、殺気立つのも当然だよね。

 でも、今ここを逃げている人たちは大丈夫。

 大混雑しているけど、この大通りをそのまま真っすぐ進めばやがて大門に突き当たり、そこから街の外へ避難できるから。

 城下町をぐるりと取り囲む市壁の外へ出られれば、後はどの方角へも逃げられる。


 心配なのは入り組んだ市街地にいる人たちだ。

 そっちは細い路地が多く、住宅街だから住人も多い。

 全員が逃げ出すのには時間がかかってしまうだろう。

 この城下町が街の中心部に向かうほど道が細分化されていく造りになっているのは、外敵に攻め込まれた時に王城へ辿たどり着く敵兵の流れを細分化するための工夫だった。 

 それが今はあだになってしまっている。


 街のど真ん中に位置する王城で暴れているアニヒレートは、王城を破壊しながら街の東側へ向かおうとしている。

 その方面の住人たちをすぐにでも逃がさないと、多くの犠牲者が出てしまう。

 あせる気持ちにかされて早足に歩こうとする僕だけど、街の中心に近付くほどに道は細く細分化され、人波の密度は高くなっていく。

 前方から僕らにかかってくる圧力は強まる一方だ。


 他人を押しのけてでも必死に逃げようとしている彼らからすれば、逆行してくる僕らは邪魔者でしかない。

 皆、殺気立って僕らを押し飛ばそうとする。

 ジェネットが心配していたのはこれだ。

 だけどそんな僕の前に立って人波を押し返してくれたのはヴィクトリアだ。


「どけどけぇ!」


 ヴィクトリアは押し寄せてくる人波をものともせずに押し返していく。

 大柄な彼女の迫力に恐れをなしたのか、まるで波が岩にぶつかって2つに割れるかのように、人々は左右に分かれていった。

 そこからはヴィクトリアのおかげで僕らは苦もなく街中を進んでいき、街の中心部が近付いてきた。


 この辺りにある住宅街は細い路地が多く、壁と壁の間を人々がぎゅうぎゅう詰めになりながら必死に避難しようとしていた。

 怒声や悲鳴、子供の泣き声が渦巻うずまき、そこはこれまでになく恐慌きょうこう状態におちいっている。

 これじゃ誘導しようにも僕らの声は騒音にかき消されてしまうだろう。


「早く皆を大通りに逃がさなきゃならないのに……」


 あせって僕が声をらすと、ヴィクトリアが近くの壁を拳でゴツンと叩いた。


「壁が邪魔だな。取っ払っちまおう」


 そう言うとヴィクトリアは人混みをかき分けて路地の中をズンズン進んでいき、路地の行き止まりに突き当たるとそこで足を止めた。

 ど、どうするつもりなんだ?

 人の流れは少し手前の曲がり角のところに殺到しているので、この突き当たりまではやって来ない。

 ここだけがエア・ポケットのようにポッカリと無人だった。

 僕とアリアナはようやく圧迫感から解放されて息をつく。


「ふぅ。ねえヴィクトリア。壁を取り払うって一体どういうこと?」

「こいつで邪魔な壁をぶっ壊して通路を作るんだ」


 そう言うとヴィクトリアはアイテム・ストックから自慢の両手おのである嵐刃戦斧ウルカンを取り出す。


「アリアナ。壁の向こう側に誰もいないか見といてくれ。巻き添えを食う不運な奴がいるかもしれねえからな」


 そういうことか。

 ヴィクトリアらしい力技だけど、今はとても有効かもしれない。

 アリアナが身軽にジャンプして壁の上に上がり、向こう側を確認すると声を弾ませて言った。


「ひ、人がいないどころか、この向こう側、川原になってるよ。ここを通れば一気に大門へ行けるんじゃないかな」


 そうか。

 城下町には北から南へと街中を流れていく川があった。

 その川原に沿っていけば、必然的に街の外にたどり着くんだ。

 しかも川原なら十分にスペースもあるし、大勢が移動するのにちょうどいい。


「よしアリアナ。巻き込まれないようにどいてな。アルフレッドも下がってろ。壁の破片が飛び散るぜ」


 そう言うとヴィクトリアは嵐刃戦斧ウルカンを振り上げ、気合いの声と共にそれを豪快に振り下ろした。

 彼女が振り下ろすおのの威力はすさまじく、またたく間に壁は粉砕される。

 そしてそこに道が作られる。

 その向こう側には広々とした川原の景色が広がっていた。


「こんなもんか」


 ヴィクトリアはよろいについたほこりを手で払っておのを肩にかつぐと、白い歯を見せて快活な笑みを浮かべる。

 砕け散った壁の破片を思い切りその身に浴びたのに、まったくダメージを受けることもなくヴィクトリアはピンピンしていた。

 よろいを来ているとはいえ、彼女の肉体の強さは筋金入りだ。


「よし。アルフレッド。住民たちを呼び込め」


 僕はうなづいて大声で街の人たちを呼んだ。

 ヴィクトリアの行動が功を奏し、せまい路地で押し合いへし合いしていた街の人たちは一気に広い川原になだれ込み、そこから大移動が始まったんだ。

 それからヴィクトリアは同じように川沿いの壁をいくつも壊して道を作り、それによって住民たちの避難状況は大きく好転した。


「よし。とりあえずこの区画の連中は大丈夫そうだな」

「お疲れ様。ヴィクトリア。君がいなかったらとても皆を避難させられなかったよ」


 そう言う僕にヴィクトリアは得意気にVサインをして見せる。

 だけど、喜んでいるヒマはない。

 城下町全体の住民避難にはまだまだ程遠いんだ。

 この市街地を抜ければ中央公園のある王城前の広場に出る。

 もうその辺りの人たちはさすがに避難しているだろうけれど、逃げ遅れている人がまだいるかもしれない。

 

 そして王城前までいけばアニヒレートのすぐそばまで接近することになるんだ。

 僕は本能的な恐怖を感じて肩を震わせ、となりにいるアリアナを見つめた。

 彼女も同じことを感じているようで、恐怖を必死に抑え込もうと口を固く結んでいた。

 

 それから進み続ける僕らは狭い市街区を抜け、ついに王城前の広場に出た。

 途端とたんに視界が大きく開け、王城の城壁前まで進んだアニヒレートの巨大な姿とその頭上を飛び回るミランダたち3人の姿がハッキリと間近に見えてきた。

 巨大なアニヒレートを相手に彼女たちは明らかに苦しい戦いを強いられている。

 

「チッ。ミランダの奴、威勢のいいこと言って飛び出して行った割に苦戦してんじゃねえか。地上から加勢するぞ! アリアナも来い!」

「えっ? ちょ、ちょ待ってぇぇぇぇぇ!」


 この場でただ一人強気な姿勢を崩さないヴィクトリアはそう言うとアリアナの腕を取って走り出す。

 僕もその後について走り出しながらミランダ達の様子を見上げた。


 ミランダ達は懸命にアニヒレートを食い止めようとしてくれているけれど、アニヒレートはミランダの得意な闇魔法である黒炎弾ヘル・バレットやジェネット自慢の神聖魔法・清光霧ピュリフィケーション、そしてノアがその口から吐く必殺のブレス・聖邪の炎ヘル・オア・ヘヴンを受けてもまるでこたえた様子を見せない。


 ただ、アニヒレートも自分の頭上を飛び回る3人を鬱陶うっとうしく思っているのか、進む足を止めて前脚で3人を払い落とそうとしている。

 もちろん素早く飛び回れる3人はそう簡単には払い落とされはしないけれど、それでも僕はその光景に戦慄せんりつを覚えた。

 あの太い前脚で叩き落とされたりしたら、一撃で致命傷を負ってしまう。

 今はコンティニューの出来ないイベント中であり、ゲームオーバーになってしまえば隔離されて復活の審議待ちとなってしまうんだ。


 ミランダやジェネットやノアは名のあるNPCだから、運営本部も彼女たちのことはさすがに復活させるはず……そうは思っていても、彼女たちがそうした状態に置かれてしまうことを想像すると僕は怖くなる。

 そんな僕の前方では、ミランダ達を援護するためにヴィクトリアとアリアナが地上からアニヒレートに向けて遠距離攻撃を開始していた。


羽蛇斧追尾ククルカン・ホーミング!」

氷刃槍アイス・グラディウス!」


 ヴィクトリアの投げる手斧・羽蛇斧ククルカンは彼女の念力によって自在に宙を舞い、アニヒレートへとその刃を向ける。

 一方、アリアナがその手から放射する鋭い氷の刃・氷刃槍アイス・グラディウスはアニヒレートを凍り付かせようとその毛皮へ襲いかかる。

 だけど羽蛇斧ククルカンはアニヒレートの毛皮に当たり、ガキンという硬質な音を立てて弾き返される。

 そして氷刃槍アイス・グラディウスは赤黒い毛皮をわずかに白く凍らせたものの、それもすぐに溶けてしまう。

 どちらもほんのわずかなダメージだった。


「ああっ……全然効かない」

「くそっ! 頭に来るぜ!」


 アリアナとヴィクトリアはそれぞれあせりと苛立いらだちの表情を浮かべて声を上げる。

 だけど、表情を変えたのは2人だけじゃなかった。

 地上からの攻撃を受けたアニヒレートがこちらを見下ろしてギロリと目を光らせたんだ。

 そしてアニヒレートはすぐ近くにある城の残骸ざんがいのうち、僕の背丈の二倍はあろうかという大きな石材のかたまりに目をやる。

 僕は背すじが凍るような戦慄せんりつを覚えた。

 

「や、やばっ……」


 アニヒレートはうなり声を上げると、大きなそのかたまりに前脚を叩きつけた。

 その勢いで、巨大で重厚な石材のかたまりは、僕らに向かって高速で飛んできたんだ。

 死に直結する問答無用の質量を前に、僕は無意識に叫び声を上げることしか出来なかった。


「うおあああああああっ!」

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