第7話 東将姫アナリン

「アリアナ!」


 ヴィクトリアのピンチに駆けつけてくれたのは、手分けして逃げ遅れた人がいないか周辺を見回っていたアリアナだった。

 アリアナに猛スピードで蹴り飛ばされたサムライ少女は瓦礫がれきの中へと突っ込んでいた。

 地上に落下した永久凍土パーマ・フロストの上に立ったアリアナは不思議そうにヴィクトリアを見下ろして言う。


「ヴィクトリア、誰と戦ってるの?」

「変なサムライの女がアルフレッドに刃物突きつけてやがったんだよ。アリアナ。あいつはアタシがタイマンでぶっ飛ばすんだから、手を出すなよ」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。やられてるじゃんヴィクトリア」

「う、うるせえな! これから反撃するところだったんだよ!」


 そんなことを言い合うヴィクトリアとアリアナだけど、彼女たちはなぜサムライの少女が僕に刃物を突き付けたのかは知らない。

 彼女の目当ては、破壊された王城から脱出したという王女様だ。

 サムライ少女が何者で、どうして王女様をねらうのかは分からないけれど、僕は彼女に咄嗟とっさうそをついた。

 さっき僕がマヤちゃんたちを救い出した瓦礫がれきの下に王女様はいない。


 それが分かったらサムライ少女は僕の舌を脇差わきざしで切り取ると言い放ったんだ。

 思わず身震いしそうになりながらその言葉を思い返し、僕は足元の地面に突き立ったままの刃物に目を止めた。

 ついさっきサムライ少女が僕の腕を串刺しにしようとした脇差わきざしだ。

 僕はそれを拾い上げた。

 

 脇差わきざしの持ち手であるつかには【腹切丸はらきりまる】という刻印が成されていた。

 腹切り……そういえば聞いたことがある。

 サムライたちは自らの名誉めいよを重んじ、社会的な責任を取るために自分で自分の腹を切って自害することがあると。

 しょ、正気の沙汰さたとは思えないけれど、あのサムライ少女はそのためにこの脇差わきざしを持っているってことかな。

 

 この刃で自分のオナカを……うぅ。

 考えただけでオナカが痛くなってくる。

 そんなことを思いながら僕は脇差わきざしをマジマジと見つめた。

 すると、【腹切丸はらきりまる】と刻印された柄の反対側には、持ち主であるサムライ少女のものと思しき名前が刻印されていた。

 

「東将姫……アナリン」


 それが彼女の名前なんだろうか。

 それにしても東将姫って……彼女はどこかの国のお姫様なのか?

 そんな人がたった1人で刀を振るって、この国の王女様を探している?

 次々と浮かぶ疑問にまゆを潜める僕の目の前で、瓦礫がれきの中からサムライ少女が勢いよく飛び出してきた。

 彼女はヴィクトリアとアリアナの姿を冷然と見つめながら言い放つ。


「邪魔立てする者は何人なんぴとたりとて斬る!」


 アナリンというサムライ少女は気迫のこもった表情で地面を蹴ると、素早くこちらに向かってきた。

 それに応戦するべく、アリアナとヴィクトリアは先を競うようにしてアナリンに攻撃を仕掛けていく。


 アリアナはすばやく動き回りながら10メートルほどの距離を保って、彼女の中距離攻撃スキルである魔法・氷刃槍アイス・グラディウスを連射し続ける。

 アナリンはたくみに動き回りながら、飛来する鋭い氷の刃を避け続けるが、アリアナに接近して攻撃を仕掛けることが出来ずにいた。

 そこにヴィクトリアが羽蛇斧追尾ククルカン・ホーミングで追撃を仕掛けていく。

 アナリンはその両方に対処し切れずに瓦礫がれきの陰に後退していった。


「チッ! アタシはタイマンでケリつけたかったんだよ」


 加勢によって2対1になったのが面白くなかったのか、ヴィクトリアが不満げにそう言う。

 そんな彼女の言葉にアリアナは肩をすくめる。


「あのミランダだってジェネット達と一緒に戦ってるんだから、ヴィクトリアも我慢しなきゃ」


 アリアナの言う通りだ。

 ミランダも本来なら人の手なんか借りずに自分の力だけで戦いたい性分のはずだけど、今はアニヒレートという強大な敵を前に、ジェネットやノアと共闘している。

 それを理解してくれてヴィクトリアは渋々うなづき、アリアナと2人がかりでアナリンを追撃にかかった。


「アル君は今のうちにその子を避難させて!」


 そう言うアリアナに僕はうなづいた。

 あの2人が戦ってくれている以上、僕がここにいたところで足手まといになるだけだ。

 今はマヤちゃん達を安全な場所まで連れていかないと。

 そう思った僕はマヤちゃんの手を引いてその場から離れようとした。


「マヤちゃん。ここはあのお姉ちゃんたちに任せて安全な場所へ……」


 僕がそう言いかけたその時、瓦礫がれきの裏側に身を潜めていたアナリンが飛び出してきた。


「逃がさぬぞ! 雑兵ぞうひょう!」


 そう言ってものすごい速度でこちらに向かってくる彼女に、アリアナとヴィクトリアがすぐさま攻撃を仕掛ける。


「行かせない! 氷刃槍アイス・グラディウス!」

「くたばっちまえ! 羽蛇斧追尾ククルカン・ホーミング!」


 2人の攻撃が襲い来る中、アナリンは刀のさやに手をかけて腰を落とすと、瞬時に刀を抜き放った。

 そして体を激しく回転させながら、まるで乱れ踊るように刀を五月雨さみだれ式に振り回し始めた。


鬼嵐刃きらんじん!」


 すぐに刀から猛烈なつむじ風が巻き起こり、回転するアナリンの体を包み込む。

 そのつむじ風に触れた途端、氷刃槍アイス・グラディウス羽蛇斧ククルカンは鋭い金属音を立てて弾き返された。

 あれは……ただのつむじ風じゃないぞ。

 風の勢いは増していき、徐々に竜巻たつまきのようになっていく。


「刃の風に刻まれろ!」


 アナリンがそう叫んだ瞬間、彼女の体を取り巻いていた竜巻たつまきが放射状に広がって周囲の瓦礫がれきを吹き飛ばした。

 僕は咄嗟とっさにマヤちゃんを胸に抱きかかえて、吹きつける突風に背中を向ける。

 すると……。


「痛っ!」


 肩や腰、そして耳たぶに鋭い痛みを感じて僕は思わず苦痛の声をらした。

 い、一体何なんだ?


「アルフレッドおにいちゃん! 血が出てるよ!」


 僕の腕の中でマヤちゃんが不安げに声を上げた通り、痛む耳たぶに手を触れると、指に血が付いた。

 そして痛む肩や腰の辺りは兵服が切り裂かれ、血がにじんでいる。

 僕はアナリンの発した言葉通り、鬼嵐刃きらんじんとかいうあの竜巻たつまきが斬撃効果のある刃の風を発生させる彼女のスキルだと理解した。

 そして慌てて後方を振り返る。


 辺りはアナリンが巻き起こした竜巻たつまきによってほこりが舞い上がり、視界が悪くなっている。

 ほこりの舞う中に、アリアナとヴィクトリアの姿がわずかに影となって見えるばかりだ。

 

「アリアナ! ヴィクトリア!」


 アナリン本人から数十メートル離れている僕はこのくらいの切り傷で済んだけれど、至近距離でこれを浴びたあの2人はこんな程度じゃ済まないはずだ。

 僕は強い危機感にさいなまれながら前方を凝視する。

 すると巻き上がったほこりが風に散っていき、視界の中に2人の姿がハッキリと見えてきた。


 心配する僕の見つめる先では、ヴィクトリアがアリアナの前に仁王立ちして刃の風から守ってあげていたんだ。

 そのヴィクトリアの体は全身が鈍色にびいろに変化していて、まるで銅像のようにピクリとも動かない。

 あれは……。


「っぷはあっ!」


 そうヴィクトリアが大きく息を吐いた途端とたん、彼女の髪が、肌が、よろいが元の色を取り戻した。

 そしてあれだけ至近距離でアナリンの刃の風を受けたにも関わらず、ヴィクトリアの体はまったくの無傷だった。

 僕は思わずつぶやきをらす。

 

瞬間硬化インスタント・キュアリングだ」


 それはヴィクトリアの中位スキルで、瞬時に体を硬化させる防御技だ。

 彼女が呼吸を止めている間しか効果は持続しないし自分自身も一切の身動きが取れなくなってしまうけれど、その間は物理攻撃も魔法攻撃も受け付けない無敵状態になれる。

 アナリンの鬼嵐刃きらんじんが炸裂する瞬間、ヴィクトリアはそのスキルを発動して自分とアリアナの身を守ったんだ。

 そのおかげでアリアナも無傷だった。


「あ、危なかったぁ。助かったよヴィクトリア」


 ホッと息をつくアリアナの前でヴィクトリアはあらためて嵐刃戦斧ウルカンを構えると、アナリンに向けて雄々おおしくえる。


「おいサムライ女。アタシらはそんな簡単じゃねえぞ」


 それを受けたアナリンは刀をさやに戻すと居住まいを正した。

 そして決然とヴィクトリを見据みすえる。


「そのようだな。貴様らほどの使い手にはそうそう出会えまい。本来ならばじっくり相手をしてみたいところだが、生憎あいにくそれがしには時間がない。少々心残りだが、全力で早々に排除させてもらう」


 そう言うとアナリンは左手でさやを目の前にかかげ、そのさやに巻かれている金色のくさりを外した。

 そしてまるで刀に語りかけるかのように言ったんだ。


永劫えいごう頸木くびきを解き放ち、束の間のうたげに酔いしれよ。黒狼牙こくろうがれつ


 彼女がそう言った途端とたん、その場の雰囲気がガラリと変わった。

 自分の身に危険が差し迫っているかのような、ピリピリとした気配が僕の肌を刺す。


 そしてアナリンの持つさやから薄紅色のもやが立ち上り始め、そのもやの中に見える彼女の容貌ようぼうが大きく変化した。

 彼女の黒い瞳が薄紅色に変化し、冷然としていたその表情が殺気を帯びた好戦的なそれに変わった。

 そしてアナリンの頭髪の間から赤くかがやく2本の角が生え出したんだ。

 彼女のその姿はまるで悪魔がその身に憑依ひょういしたかのようだった。

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