第62話おっさんの隠し事と匠の技

 生地を見せただけで、手に取ることも無くこの生地がどういうものかを見抜いたサンドラオネエさんが、ジッとこちらを見つめる。


 はい。怖いです。


「経験よ。姉さんの言った通りね。顔に全部書いてあるわよ。ただ肝心な所は隠してる。そんな感じね。ふふっ。いいわ〜その感じ。いい。いいわーもう食べちゃいたい。」


 よし。帰りましょう。

 くるっと出口へと体を捻ると頭をガシっと掴まれそのまま一周……。

 あぁ正面に戻ってしまいましたね。首がもげるかと思いましたよ。


「ふふ。冗談よ。任されたわ。こんな素敵な生地を持ってきてくれたんだもの。あなたの小さなハニーに似合うようにしてあ・げ・る。」


「有難うございます。どのくらい……」


 どのくらい待てばよいか聞こうとしたところで、太い人差し指を一本立て、口を塞がれる。


「ふふっ。野暮な事。き・か・な・い・の」


 そう言うと、腰につけていたエプロンから裁縫道具を取り出し……


「はっ!!」


 野太い声と共に一瞬手先がブレる。


「はい。完成よ。」


「えっ?」


 その間数秒。あっという間の出来事だった。


 なんと言う事でしょう。


 あのただ真っ黒で、なんのオシャレ感もなかった生地が、可愛い襟の付いたフード付きローブに。

 その着心地。匠の技によって小さな女の子の平均的な体型にフィットするよう工夫され、襟のボタンひとつで街中で来ていてもおしゃれに着こなせる逸品に。あなたの小さな恋人に最高のローブをプレゼント。


「はっ!」


 おかしなナレーションが聞こえた気がする。でも確かに感じる匠の技。


 これが高レベルのスキルのなせる技なんですね……。


「すごいですね。可愛いです‼︎」


 これは文句なしの出来です。誰がこの繊細な匠仕事をこの腸詰めほどもある太い指でされたと思うでしょう。


「ありがと。この素材ビッグバットね。素材に付加されていた隠密能力が少しだけ減った代わりに、魔道士用の装備って事で魔力強化(小)が付いているわ。それでもフードをつけてすっぽり被れば、隠密能力は前と同じような感じよん。」


「ありがとうございます。」


「あらいい笑顔ね。毎度あり。また来てね」


 バチん。


 お金を払い出て行こうとすると、力強いウインクで送り出される。たぶんこの人は、スケルトンが来ても大丈夫だったんじゃないだろうか。いや。大丈夫だ。


 ニイナさんから広がる縁に感謝しながら、墓地へと急いだ。


 足早に墓地へと戻ると、先程までいた墓地の近くに身を潜めていたキュリがひょこっと姿をみせ、彼女を見つけることができた。


 どうやら言われた通り、隠れてたみたいですね。


「ただいま帰りました。キュリ。これを着てください。」


 周囲に誰もいない事を確認し、キュリを呼び服を差し出す。


「カッカカ カカカ……」


 骨だけの指を絡ませモジモジとするキュリ。どうやら遠慮しているような意志が伝わる。


「いいからね。遠慮しないで着てごらん。私が使っていたものをキュリの背丈に合わせて作って貰ったんです。可愛く仕上がってますよ。それに気配も隠せますから。」


 押し付けるようにローブをキュリに持たせると、キュリはゆっくりローブを羽織った。


「おっ似合う似合う。」


 その姿はまさに黒頭巾ちゃんといったかんじでしょうか。深々とかぶったフードにより髑髏の顔は隠れ、全身をすっぽりとローブが覆う。これでスケルトンだということは、隠せますね。


 モジモジとするキュリの頭をフードの上からポンポンと優しく叩く。


 小さな妹がいたらこんな感じでしょうか。


「それじゃあ無理はしないようにね。何かあれば強く意識してください。すぐにわかります。私の元に召喚する事もできます。だからくれぐれも無茶はだめですよ」


 コクコクと頷くキュリ。


 ここまで言えば無理はしないでしょう。

 フリナの一件で自分の無責任さは身に染みてます。

 しかしこの街ではリィスやペル、キュリと一緒にいてあげれない。この街では決して目立ってはいけないのです。


 みんなも頑張ってますからね。私も宿に帰って訓練をしましょう。


 次こそは彼との差を縮める為に。

 一緒にいてあげれないリィス達に申し訳なさを感じながら宿へと戻った。

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