第43話閑話Ⅱ:おっさんの女将 後編

「ニイナさん!タクトくんが、重傷を負って運ばれてきます!」


「なんだって!怪我は⁈」


 寮の関係者が扉を開け飛び込んできた。


「いえ。怪我はポーションで消えています。しかし重度の魔力欠乏のような状況のようです。ただ普通の魔力欠乏ではないとの事でした!」


 運ばれてきたタクトを医者に見せると、急激に魔力を消費もしくは奪われた可能性があるという診断だった。

 命に別状はないが、いつ目がさめるかは分からない。


 しかし、幸いだったのは、そのような状況下でも残り少ない魔力が体内を循環し、魔力の乱れを自己修復しようとしていた事だった。


 ジーマ様の教えのおかげだね。


 タクトの取り敢えずの無事を確かめると、その場にいた兵士に問いかける。


「これはどういう事だい?」


 タクトは今日は依頼を受けずに、ギルドで調べ物をすると言っていた。

 しかし見つかったのは森の中。


 タクトを背負ってきた門兵のアグリに話を聞けば、4人組の男達はすでに拘束。


 そして主犯はキャシーという受付嬢で、既に逃走。行方知れずになっていた。


 ゴンっ!!


 あまりの怒りに、拳をぶつけたテーブルが凹む。


 キャシー

 タクトが意地の悪い受付嬢のせいでギルドに行きたくない。そう言っていた受付嬢だった。


 既にこちらから圧力をかけ、今日の夕方には解雇にする予定だった。


「あのクソガキ!」


 甘かった。私が背中を押したばかりに!


 まさか森へとタクトを入らせて襲わせるなんて。


 ならば見せてやろう。

 私の庇護下にいる人間に手を出すことがどういう事なのか。


「ネル!」


「はいママ!」


「聴いてたね。使えるもん使ってガキを捕まえな!」


「お任せあれ!」


 ネルとその部下達の能力ならば、どこに隠れていようがこの街にいる限りどこにいても見つけられる。


 なら私は私の準備をしようじゃないか。


 アグリに礼を言い、仕事に戻すと厨房に立つ。


「私の『力飯』が"力"を引き出すだけだと思ったら大間違いさ。表裏一体。引き出すこともできるならば、封じる事も奪う事もできるんだよ」



 SIDE キャシー


「ふふふ。何が荷物をまとめろよ。」


 今日を持って解雇。

 それが先程言い渡された。


「冗談じゃない!」


 私がこの仕事にどれだけのものを掛けていたと思ってるのよ!それがあの田舎者一人にめちゃくちゃにされてなるもんですか!


 いいわ。

 あの薬草は下手したら最高品質も目指せる薬草。素人であれならば私の息のかかった冒険者と調薬師ならば最高品質のポーションを城に卸すだけで、一生安泰だわ。


 ここは私とあいつしか知らない隠れ家。あとはバディスの帰りを待つだけね。


「あいつは私に夢中。なんだっていう事を聞く駒さ。さあ私に良い知らせを持ってきて頂戴!」


「ねえ?もういいかな?」


 ????!


「なっ!誰⁈ 」


 振り向けば顔に布を巻いた女が立っていた。

 いつの間にこの家に?いえ。いつの間に私の後ろに?


「くふふふふ。もう終わった?おばさんの寸劇なかなか面白かったよ。「さあ私に良い知らせを持ってきて頂戴!」だっけ?残念。それはもう無理だよ。」


 両手を広げ、わざとらしく私の真似をしている女。

 誰なの?無理って何?


「誰がおばさんだ!お前!一体なんなんだ!この家にどうやって入ってきた!」


「くふふふ。内緒だよ。でもね。スススってね入るんだよ。そうそう“おばさん”もういいかな?じゃあおやすみ」


 その恐ろしい笑みを浮かべた眼を見ながら、私は意識を手放した。


 SIDE ニイナ


 ペシ


 ん


 ペシ


 んん


 ペシ


「ん……」


「おや。やっと起きたね」


「ん…あ…あなたは…ニイナ様」


「当たり。さすがはギルドの受付嬢。私の顔は知ってたようだね。」


 ジャラ ガンッ


「え?どう言う。何?なんですかこれは!受付嬢の憧れでもあるあなたが!ニイナ様!」


 細い目をしっかりと見開きキャシーが騒ぐ。

 それを冷静に私は返す。


「私はねぇ。私の庇護下にいる者が傷付くのが一番嫌いなのさ。だからお前さんは一番やってはならない事をしたのさ。忠告したはずだよ。ギルドマスターを通してね。もうあの子には関わるな…ってね」


「あっ……あっ……あーーーーーー」


「おや思い出したみたいだね。そうさ。お前さんを解雇させたのもギルドマスターからの忠告も私からさ。まぁギルド側も好き嫌いで評価に差をつける受付嬢をいつまでも擁護できないからね。何の抵抗もなく同意してくれたよ。」



「離して、離せ、離せ、離せーーーー」


 ガン ガン ガン


「いくら騒いでも無駄だよ。ここは地下。その鎖もどうにもならない。私とお前さんだけの世界さ」


「何なんだ!あの田舎者のクソガキのために、何で私がこんな仕打ちを受けなくちゃならない!」


「はぁ。あんたに少しでも受付嬢として矜持が残っていればね。まぁでもこれで心置きなく仕置ができるよ」


 そう言って私は懐から握り飯を取り出す。

 ジーマ様からネルが聞いた。タクトの大好物だ。


「お前さん。その若さと美貌がたいそう自信なんだろ?なあに殺しはしないよ。そうそう。人にとっての"力"ってどこからきていると思う?筋肉?骨格?」


 怯えて何も言えないキャシーの顔をしっかりを見つめる。


「そうじゃない。若ささ。力とは思考力も社会適応能力も純粋なる筋力もすべて"力"なのさ。若さ故の美貌、体力、思考力。全て歳老いちまえば衰える。だからね。あんたが手にしている美貌を基礎にした今の生活なんて、歳取っちまえばすべて失われちまうのさ。」


「あっあっあ」


「そんな顔しないでおくれよ。殺しゃしないよ。」


 そう言って懐から出した握り飯をキャシーへと差し出す。


「お食べ。これを食べればここから出してやる。この味を思い出して二度と変なことはするんじゃないよ」


 そう言って優しく微笑みさしだすと、助かったという表情を浮かべキャシーが顔を握り飯に埋め、ほうばった。


「これで!これで助かるんですよ……。ね?…えっ歯?いやいやいや!皺が手に、髪が抜け、えっわたし何が…」


 握り飯を食べたキャシーの肌に深い皺が寄っていく、そして髪は白髪になり、歯は抜けそこには先程までの女性ではなく、老婆となったキャシーが鎖につながれた状態で座っていた。


「ふふふ。それがあんたの70年後かい。随分醜いね。まぁ今迄人を人とは思わずに利用してきたんだ。そのまま自分に返ってきたんだよ。そう言う飯さ。ざまぁないね」


 数年に1回しか作れない特別な料理だよ。


 よく味わって食べるんだね。




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