第42話閑話Ⅲ:おっさんの女将 前編
SIDE ニイナ
「ごめんください」
そう言って入ってきたのは、まだあどけなさが残る青年。
その子が誰なのかは、背負っている棒ですぐにわかった。
うちの旦那の武術の師匠でもあるご隠居の紹介で一人の冒険者を泊める事になっていた。
ここ最近弟子は一切取らずに、暇だと一言残し城の掃除夫となっていたご隠居がきたのはタクトが来る3日前の事。
「おーニイナちゃん。放浪中の弟子はまだ帰ってこんのかい。こんなできた嫁を置いて今度はどこに言ってんのかの」
「おや。ご隠居。うちの奴は今頃隣の国に現れた魔人でも相手にしてるんじゃないかねぇ。」
「カッカッカそうかい。そうかい」
ここ最近つまらなそうに毎日を過ごしていたご隠居がやけに楽しそうで、機嫌が良かった。
「どうしたんです?やけに機嫌がいいじゃないですか」
「そうか!そう見えるかの。カッカッカ。ニイナちゃん。正解じゃよ。ちょいと俺の頼みを聞いてくれねえか」
そう。そのお願いというのが新しくとった弟子の面倒を見てくれというものだった。
黒髪黒眼という特徴を聞かずとも、この国に剛棒を背負った青年なんていない。だからすぐにタクトだとわかり、小売連合会本部兼寮としてではなく、普通の宿として接客した。
ご隠居との関係がバレないように。それがご隠居からの頼みの1つだったからね。
それにしてもこの子は、やけに顔に出やすいねぇ。
私の全身をちらりと見たと思ったら少し安心した顔をした。多少余計なお世話と思った事もあったが、まあ全体的には褒めているようね。
まっ若いからね。それはしょうがないが娘に手を出すんじゃないよ。そんときは責任を取ってもらうからね。
あぁでもこの子のほうが心配だね。この子はあの子のどストライクじゃないか。
仕事に行っている娘のネルの代わりに部屋を案内し、夕食の準備に取り掛かる。
この寮には腹のすかせた若いのが他にもいる。その連中の食事の管理を私自らする。
腕を捲りあげ、厨房へと向かう。
旦那の師匠でもあるご隠居に直接頼まれた依頼だ。気合いが入らないわけがない。
ピークが過ぎ、他の寮生が居なくなっても来ないタクトを心配して裏庭に出てみれば、旦那もやっている演武の最後のパートだった。
「ほぅ。これはこれは……」
ご隠居が心踊るのも無理ないね。
あそこまできっちり最後の振り下ろしを止めるなんて、そう簡単に出来るもんじゃないよ。
「面白い。面白いねえ。この子は。情報が何もなかったというのも面白い。久し振りに本気の私を見せてやろうかね。」
物陰で我が娘が醜態を晒しているが、まぁ趣味は人それぞれだからね。
あの子の能力を引き出し、育てたのは私とは言え、こればかりはどうしようもないよ……。
厨房の椅子に腰掛けると、タクトを思い返す。
本当に不思議な子だよ。
私は世間では、未来のS級冒険者に見初められて玉の輿に乗ったと思われてるけどね。
順番が逆なのさ。
私は情報収集のプロ。その私が原石を見つけ私のスキルによってS級にまで登り詰めさせたのさ。
オリジナルスキル
『力飯』
このスキルを使った料理は、食した者の潜在能力を少しずつ引き出す。
このスキルを使って徐々にうちの旦那の能力を引き出した結果がS級さ。勿論娘の能力もね。
そんな私が、嬉々としたご隠居の理由を探らないはずがない。
奇しくもあの城ではまた勇者召喚が行われたという情報が入ったばかりだった。
勇者ヒジリ。
それがその城に呼ばれた勇者の名だ。
ただ報告にタクトと呼ばれる青年の名も、城にいるという情報もなかった。
だからこそ、追加の調査をご隠居が去ると同時にやらせた。万全を期すためにも我が娘に頼んで。
タクトが来る迄には間に合わなかったが、娘の報告には驚くべき報告が載っていた。
『勇者召喚は2人の異世界人を召喚。一人は勇者ヒジリ。一人は巻き込まれし者“追放者”タクト……』
『追放者』
誰もいなかった事にされていた。
知るはずがない。その日のうちに厳戒令が敷かれ、城から出され倉庫住まいとなった青年のことなど。
そして面白い情報がもう一つ。
武術指南としてご隠居の名前だけでなく、魔術指南をした者として、ジーマ様の名前があるではないか。
この街のポーションの供給に一役買ってくれている大恩人だ。
しかも我が娘は直接ジーマ様にタクトの事を聞いたようだ。
武術を極めたご隠居に、魔導を極めたジーマ様。この2人の弟子タクト。
あぁなんていう事だい。勇者なんかよりもよほど面白いじゃないか。
遅れてタクトが食堂に入ってきた。
来た時も思ったがあの子の栄養状態はかなり良かった。
今思えば、ジーマ様も薬膳料理の専門家。あの子の健康は全てジーマ様のお陰だったんだね。
今後はそれを継続。いや。私の力を余す事なく使い、それ以上の成果をだしてみせようじゃないか。
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