第41話おっさんの窮地と悪鬼の誘い
「ここがお前の見つけた薬草の群生地なんだろ?」
ギルドで私を引き倒したリーダーの男がロングソードの切っ先を私の鼻先へと向ける。
リーダーの後ろではゴブリンを縛り付け拘束している3人の仲間の冒険者がこちらをニヤニヤと見ていた。
ヒヤリとした汗が、こめかみから頬を伝い顎へと流れ落ちる。
「なんでここが……」
たしかに森の外からここまで警戒していた。後を追って来るものなどいなかったはず。
「あ?そんなもん斥候だけならお前の警戒なんて無いようなもんだろうが、俺たちはお前が目的地に着いた後でゆっくりここまできたんだよ」
「おい」
「わかった」
リーダーの男が軽装の男に声をかけると、軽装の男がポンっと地面を蹴る。そして、一気に接近しそのままバッグに手をかける。
この素早い身のこなし。かなり優秀なシーフなのだろう。そして恐らくこの男がこの場まで私をつけてきたのでしょうね。
そのまま軽装の男に掴まれたバッグを強引に振られ、尻餅をつくと男はそのままバッグを掴み距離をとった。
「おっすげーいっぱい。バディス!大量だ。ここで間違えねぇ」
リーダーを残し2人の元へと帰った男がバッグを開けると、採取した薬草がこぼれ落ちる。
確認したバッグをバディスと呼ばれる傷の男に見せると、バディスが剣を引いた。
「じゃあな」
「??」
「ギャー!」
同時に2人の冒険者が捕獲し拘束したゴブリン4体の拘束を外し、こちらへ蹴り入れ武器を与える。
剣自体は錆びてボロボロの剣。
しかし私よりもリーチが長いですね。これは厄介です。
短剣をゴブリンに向け構えると、既に4人の姿はない。
失敗しましたね。メイン武器を持たないなんて、この世界で油断しすぎです。
急かされるように森へと来たが、準備不足は言い訳にならない。
今回のこの襲撃は、おそらくあの意地の悪い受付嬢が糸を引いているのでしょう。ギルドから私をあからさまに尾行していたのも彼女の差し金と考えるのが自然なんでしょうね。
あの顔には怒りや憎しみのような物を感じましたから。
「でも何かしましたかね……?」
全く覚えがないんですが。
「うっ!」
考えが纏まらずに、意識がゴブリンから一瞬外れるとその瞬間4体のゴブリンが一斉剣を振り上げこちらへ向かってきた。
逃走用の毒煙を投げ牽制をするが、煙を吸い込む事もなく1体のゴブリンが体当たり気味に剣を振り下ろした。
「グっ!!」
剣先が右腕に触れ、パックリと腕が切られる。出血は少ないものの皮膚を裂かれた際の熱と、裂傷の痛みが脳に響く。
再び襲って来る恐怖心をなんとか抑えつける。
こういう時のために準備をしてきたんです。
「やるしかないですね。」
また恐怖が体全体を包むが、前よりも数十倍濃厚な死の予感がそれをなんとか押しとどめる。
やらなきゃやられる。それだけが張り詰めた心を支える。
バックステップ気味に後ろへさがり、出し惜しみせずに融合した回復ポーションの中で最も効果の高いポーションを右腕に直接かけ治療する。
滴り落ちていた血が止まり、痛みが引くのがわかる。
正直この効き目にはビックリですね。
同じようにこれも効いてくれると助かるのですが。
融合してあった黄色い瓶を取り出す。
これは麻痺薬です。
ゴブリンの長剣を持った先頭の1体が近づくのに合わせて麻痺薬を投げる。
足元で割れた麻痺薬は気化し、前に出たゴブリンが体を完全に硬直させた。
「まずは1体!」
麻痺している魔物を、腰につけた短剣で喉を刺し、殺す。
これで残りは3体だ。
「ギャッ」
「ギャー ギャギャ」
「ギィ」
仲間の1体がやられた事で、3体の興奮度が上がる。
3体のゴブリンが一斉剣を掲げ迫る。
喉に刺さった短剣に血が滴る……。震える手を必死に止め、短剣を引き抜く
「この感触は?」
抜く直前。喉に刺さった剣に僅かに硬い感触を感じる。
魔石?
3体が迫る中そのまま短剣を引き、その魔石に触れると不思議な感覚が走った。
えぐられた喉に見える赤い小指の爪程の大きさの魔石を抜き取り右手に持った瞬間。
ドクンっと体が波打つ。
直感(融合できるが、いつもと違い嫌な感じです)
右手で触れた魔石は、いつものように左手に何も持たなくても『融合』が出来る事を知らせていた。
大声をあげて3体同時に、連携して襲ってくるゴブリンが私を追い詰める。
倒したゴブリンをゴブリン達に投げ牽制しながら、後ろへと下がりながら短剣を振り回すが、ゴブリンの振るう剣にあたり、短剣は地面に弾き飛ばされた。
3体のゴブリンの表情が一瞬だけ歪んだように見える。
碌な装備も身につけていない冒険者が大したことがないというのは、彼らは学んでいる。
だからこそ装備の整った冒険者には殆ど姿を見せないのだ。
しかし武器を失った新人冒険者には、彼らは容赦なくその剣を振り下ろす。
怖い怖い怖い怖い
張り裂けそうな恐怖心が嫌でも状況を実感させる。
殺される。
もう助けてくれる人はいない。
ここでお終いですか……。
ホント厳しい世界ですね。
ごめんなさい。師匠。そして師範。
でも
生きたい!まだ生きたい!
そう思った瞬間右手に握り込む。
(力が欲しいだろう?)
融合しろと誘い続ける魔石の誘いに乗る。
『融合』
その瞬間。魔石が体内へと取り込まれ身体が熱くなる。
取り込まれた『
そして戦う事を拒んでいた体が闘争心で満たされていくのを感じた。
すでに恐怖心はない。
自分とゴブリンの力が融合する。
体が若干緑色になり、頭と額の間が熱くなり、皮膚を突き破るように、小さなツノがはえ、牙がはえる。
身体能力の上がった体で、振り下ろされた剣を避けると、弾かれた短剣を拾い直す。
これは凄い。
これがスキルがある。という事なんですね。
短剣を握った瞬間。訓練すらした事のないこの剣が使えるという確かな実感が体を巡る。
剣を振り回すゴブリン達は、おそらく剣術を持っていないのだろう。その稚拙な剣の取り回しに、楽々と剣かわし、残りの3体を斬りふせた。
3体のゴブリンの死亡を確認した瞬間。すぐに融合されていた魔石が心臓のあたりから排出され、力を失いボロボロと崩れていく。
そして無茶な力の使い方に、短剣も根元から折れ、その折れた刃が地面へと突き刺さった。
本来の融合の使い方では、ないのだろう。
魔石が排出されると、魔力は失われ、全身の筋肉が軋み、激痛が全身を襲い始めた。
「ガッ!あっ!あぁぁぁぁ」
軋む体に悲鳴をあげ、苦しみ悶える。地面を転げまわり、胃から込み上げる胃酸を強制的に吐き出す。
あまりの痛みにありったけの治癒ポーションとともに魔力ポーションを飲み、かけるが効果はない。
「あぁぁぁぁ!!!」悲痛な叫び声が森にコダマした。
「おい!大丈夫か!」
意識が薄れるなか、たしかに聞こえた聞き覚えのある声。
「お前さんが出ていったあとすぐに追いかけるようにあいつらが出て行って、あいつらだけが帰ってきたんでな。嫌な予感がしたんだ。お前さんのバッグを持っていたから拘束して、ここを聞き出したんだ。しっかりするんだ。すぐに街へ行くからな」
そのかけられ続ける声を聴きながら、私は意識を失った。
広い背中ですね。
森の中から街へと背負われる中、一度失った意識を取り戻し、途切れ途切れの意識の中で感じたのは、なるべく揺らさないようにと走る背中の温かさと、必死になって声をかけるポーションをくれようとしていた優しい門兵の声だった。
「死ぬんじゃないぞ!もうすぐ街だからな」
その声を最後にまた気を失った。
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